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第三話 生霊ジェラシー(2)



 あの事件の後、正式に柊兄弟が入部したという『自然科学研究部(略してシカケン)』の部室に、和希は一人で訪ねていった。完全個人主義だというシカケンの部室兼生物室には、顧問の如月きさらぎと部長の斉藤、そしてお目当ての柊兄弟の姿しかなかった。他にも部員がいるはずだが、和希は一度も見たことが無い。

 如月が淹れてくれたビーカーコーヒーを丁重に断って、和希が柊兄弟に事情を説明すると、兄のあきらに何か耳打ちされた碧衣あおいがじーっと和希を見つめ、その後くんくんと匂いを嗅ぐように和希の体に身を寄せた。

「な、なんだ…?」

「………悪霊の臭いは、しない」

 わかるのか!! というか臭い!? という和希のツッコミはさておき、柊兄弟がそう断言するのだから悪霊ではないのだろう。

「会長に悪霊が憑いているわけじゃないのは確か。でもそうなると、実際に見てみないことにはわからないな」

 とは翠の言葉。

「その、床に落ちてた髪の毛っていうのも気になるし。会長の彼女とか、家族とかのじゃないことは確か?」

 とは碧衣。

「あ、ああ。家族の髪はみんな短いし、髪の長い女を連れ込んだことは無い」

「ほほう。ってことは髪の短い女なら連れ込んだことあるんだ~。やるじゃん会長」

 にやにやと笑う翠に、うっと言葉を詰まらせる和希。

「…翠、あんまりからかうなよ」

「ごめんごめん、つい面白くって。というわけで会長。確実に原因を掴みたいなら俺達をその場に居合わせることが一番だけど、会長ン家、三人くらい泊まっても大丈夫?」

「あ、ああ助かるが…。三人?」

 疑問符を浮かべる和希。彼等だけが来るのではないのか?

 双子はそろって、にいっと笑った。


「「最終兵器を連れて行くからさ」」






 柊兄弟の言う、『最終兵器』こと森永明治もりながあきはるはどうやって言いくるめられたのか、柊兄弟と一緒に駅で和希を待っていた。一旦帰宅した彼等は、和希の自宅の最寄り駅で落ち合うことにしたのである。

「面倒に巻き込んで悪いな、森永」

「いいえ。気にしないで下さい」

 やれ力の制御のためだ修行だと、柊兄弟や彼らの父である柊雲寺しゅううんじの住職に様々な怪奇現象へ巻き込まれる日々を送る明治だ。これくらいはもう迷惑の内に入らない。

 和希の自宅は最寄り駅から徒歩十分ほどの場所にある、二十階建てのマンションの一室だった。和希は後輩三人を、「生徒会の用事で泊りがけで作業をすることになった」と両親に説明し、共に夕食をとった後は明治達を連れて早々に自室に戻った。

「…それで、どうするんだ?」

 和希は母が用意した食後のお茶を後輩達に配ると、勉強机の椅子に座ってふーっとため息を吐いた。柊兄弟は我が物顔で和希のベッドに座り、明治は遠慮がちに床に座っている。

「視線や女の泣き声は、会長が一人で居るときにしか現われないって言ったな?」

 と翠が再確認する。和希はこくんと頷いた。

「だったら、俺達がここにいちゃ意味が無いんじゃ…?」

 明治が、不安げに双子を見上げる。確かに彼等がいたのでは、ここに例の怪異は現われないかもしれない。

「だから、相手に俺達の存在を気付かれないようにしなきゃいけない」

「そんなことできるの? 翠」

「できなきゃ来ないよ。碧衣」

 翠が弟の名を呼ぶと、碧衣はカバンからごそごそと三枚の札を取り出した。

「なんだそれ?」

 和希が疑問符を浮かべる。声には出さなかったが、明治も同じ疑問を抱いた。

「結界の符。これを持っていると、その人間の存在が感知されなくなるっていう便利アイテム」

 翠がそう説明し、碧衣がその『結界の符』を翠と明治に配った。

「これを持っていれば、俺達の存在は感知されず、相手には会長がいつも通り一人で居るように見えるってわけ」

 そして双子はベッドから降りて、布団をぽんぽんと叩いた。

「「さあ、横になってよ。会長」」



 いつもより随分早い時間に部屋の明かりを消し、柊兄弟に促されるまま和希はベッドに横になった。

 ベッド横の床には、後輩達三人が札を持って今か今かと怪異が起こるのを待っている。まったく、変な事態になったものだと和希は癖のようにため息を零した。

 文化祭の前、あの不思議な事件に巻き込まれるまで、和希は幽霊とか妖怪とかとは無縁の存在だった。幽霊の存在には否定的でもなかったがどちらかというと関心が無く、あの事件がなかったら今自分に降りかかったこの怪異も「気のせい」だと片付けていたかもしれない。

(人生、何が起こるかわからないものだ…)

 そう思って、薄暗い中閉じていた瞼をゆっくりと開く。

 こんな時間に寝る習慣が無いから、もちろん眠気は無い。

 というか、傍に後輩が三人もいて様子を伺っているかと思うと、余計眠れない。

(…これで今日例の視線が現われなかったら、あいつらにまた来てもらうことになるのか…? 面倒だな……)

 そして彼等にも申し訳ない。和希は初めて、例の視線が早く現われてくれることを心から願った。


   ……るい……


(……ん?)

 その時である。


 和希の耳に、はっきりと女の声のようなものが聞えてきたのは。


   …ずるい……


 今まで、女のすすり泣きにしか聞えなかった声が今日はやけにはっきりと聞えてくる。

 そしてその声は、確かに「ずるい」と言っていた。

(ずるい…って、俺のことか? 俺が何かしたのか…?)

 和希はゆっくりと身を起こして、伺うように後輩達に視線を移した。

 彼等は皆、一様に和希の上、天井を見上げている。

(なにが……!!??)

 同じく天井を見上げた和希は、驚愕に言葉を無くした。

 和希のちょうど真上。空に浮かぶように、長くうねる黒髪の女が恨めしそうにこちらを見つめている。

 こんなものが今まで自分を睨んでいたのか。ぞっと凍るような悪寒が和希の背筋を走る。

「明治!! 今だ!!」

 翠の声が響いて、明治の手が女の髪を掴む。

 髪はまるでそれ自体が意思を持っているかのように蠢き、明治の手首を締め上げようとする。

 しかし明治は、それでも髪の毛を放さずに諭すように叫んだ。

「これは夢じゃない!! 帰って!! 君が居るべき場所はここじゃない!!」

 すると女は、はっと弾かれたように明治を見た。

 それまで鬼の形相のように思えた顔が、みるみる普通の、若い女の子の顔に変わっていく。

「さあ帰るんだ。帰り道は、わかるよね?」

 こくん、と女が頷くと、その姿がさあっと消えていく。

 唯一、明治の手に絡まる髪だけが、あの女が確かに今さっきここに存在していたことを証明していた。

「…どういうこと…なんだ? あれは…幽霊…なのか…?」

「会長、あの子は…」

 明治が言い淀む。

 その先を紡いだのは、立ち上がって部屋の照明を点けた翠だった。


「あれは生霊だ」






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