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第一話 人食い幽霊と夜の番犬(1)

     


     それはこの街に、最近広まっている噂話。

     夕暮れ時、誰もいない通りを歩いていると、人食い幽霊が現われる…。




 秋も深まる夕暮れ時。

 太陽はわずかに赤く燃える姿を晒すのみで、周囲はもう暗くなっていた。

 古い墓石が林立する墓地に、明治あきはるは一人で立っている。

 さっきまで手を合わせていたのは、不思議な縁で出会った二人の青年の墓。

 明治が友人と共に閉じ込められた夜の学園に囚われていた、水城晶みずきあきら鈴木眞一郎すずきしんいちろうの墓だ。

 眞一郎の遺体を水城晶の墓に埋葬して以来、明治は時折ここを訪れる。

 明治が通う高校から水城家の菩提寺であるここ柊雲寺しゅううんじまでは、徒歩20分。ちなみにひいらぎ兄弟の家でもある。

  不思議な力を使う柊兄弟―法力だと彼等は言う―の父である柊雲寺の住職は、ずば抜けた霊感を持つ(らしい)明治を大層気に入り、墓参りに来る度に明治を本堂に招いては茶菓子をご馳走してくれた。

 明治にとっても、突然自覚した力の使い方や制御を丁寧に教えてくれる住職の好意は有難かった。いわく付きの土地に行くたびにあの時のような事件に巻き込まれるのではやっていけない。

 しかし、今日はもう遅い。寺に借りていた手桶を返すついでに挨拶だけして帰ろうと、明治は本堂に向かって歩き出した。



 柊雲寺から駅までは、徒歩でさらに10分ほど歩く。

 たまに墓参りに付き合ってくれるじゅんが一緒だと短く感じる道も、一人の今は長く感じられた。大通りから外れているせいか、人通りも無い。ただ横に立ち並ぶ銀杏並木の黄色い葉が、風と共にカサカサと揺れるだけ。

 ふいに、強い風が吹いた。

 ザアアァァァっと雨音のように銀杏の葉が散っていく。

「うわっ!」

 一瞬、視界が黄色に染まった気がした。

 カバンを顔の前に翳し、風に舞い上げられた葉と砂埃から目を庇う。

 一瞬のうちに吹き抜けた風が過ぎ去った後は、また元の静かな並木道だった。

「びっくりしたなあ…」

 パンパンと、カバンについた砂埃を払う。

 髪にも銀杏の葉が付いている。それも取り払ってよし帰るかと一歩踏み出すと、背後でカサっと乾いた音が響いた。

 それはまるで、誰かが銀杏の葉を踏んだような音。

 自分の他にも誰かいるのだろうかと、振り返る。


 しかしそこには、誰もいなかった。


「?」

 聞き違いだったのだろうか。

 再び駅に向かって歩き出す明治。しかしまた、背後で足音が響く。

(? やっぱり誰かいるのかな)

 疑問符を浮かべつつも、今度は振り返らなかった。

 ストーカーに狙われている女性でもあるまいし、一々過剰に反応することもあるまいと思ったのだ。


  はぁ  はぁ


 背後から聞える、誰かの荒い吐息。


「…………………」

 これも気のせいだろうかと、無視する。

 しかし、


  はぁ  はぁ


 それは徐々に近付いてきて、


「っ!?」

 はあっと、生暖かい吐息が耳元を撫でた気がした。

 背筋を這うような悪寒が走り、明治はばっと振り返る。

 しかし目を凝らしても、そこには誰もいない。

 なにも、いない。

 だが、それでも明治の動悸は治まらず、悪寒が体を震わせる。

(闇、が…)

 濃くなっていると、明治は思った。

 何かがいるのだ。何か、悪意を持ったものがそこに。


  …い…たい…


 じっと闇を見つめる明治の耳に、地を這うような声が響く。

 それは、聞き取れないほど小さく。


  喰…た…い…


 しかし徐々に、声が近付いてきて、


『喰わせろ…』


 明治の耳元でぞっとするような声が響いた瞬間、そこにいたのは血に塗れた黒い顔の男。いや、顔が黒いのではない。

 顔が闇で塗りつぶされて、わからないのだ。

 その時明治は、男が持つ鉈が自分に振り下ろされるのを呆然と見つめていることしかできなかった。

(殺される!?)


  ワンッ!!


 犬の鳴き声!? と思った瞬間、

「うわっ!!」

 突然真っ黒い犬が飛び出してきて、明治の目の前にいた男の腕に噛み付く。

『はなせ…』

  グルルルルルルッ

 しかし、黒い犬は放さない。

 抵抗して男が犬の頭を殴っても、犬はけして男の腕を離さなかった。

 業を煮やした男は、犬の首根っこを掴み無理やり引き剥がす。そしてそのまま、犬の体を地面に叩きつけた。

  キャンッ!!

 犬が悲鳴を上げる。明治はとっさに犬に駆け寄った。

 しかし犬は、震える体を懸命に起こしてなお男を見据える。

 まるで明治を庇うように、男と明治の間に立って牙を向き威嚇する。

 すると男は、忌々しげにちっと舌打ちしてそのまま闇に解けていった。

 そう、

 まるでそこには最初から何も無かったように、すうっと消えていったのだ。


「…幽…霊…」


 呆然と、明治が呟く。

 幽霊を見たのは、これが初めてではない。

 けれど何度見ても、慣れないものだ。


「あっ、犬」

 はっと、明治は自分を助けてくれた恩人―恩犬というべきか―の存在を思い出す。

 しかしそこには、もう犬の姿は無かった。

「…どこにいったんだろう…?」

 あの犬も幽霊だったのだろうか。

 それにしても、

(…あの男、俺のこと『喰いたい』って言ってた…。それってもしかして…)


「…人食い幽霊…」






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