No,06:平和の欠片と黒
桜参亮………この物語の主人公。科学技術者の父を持つ、差別を許さない。人間
鵜川月乃………金髪ツインテールの美少女であり、亮の幼馴染。ドSである。number
岩沢蓮………茶髪ツンツンの亮の友達。チャラく見えるがお洒落なだけ。number
桃川俊太………学校になかなか来ない生徒。名前が可愛い。
いつも通りの時間に家を出て、いつもの通勤時間、いつもの信号待ち、何もかもが普段と変わらずに動いていた。
いつも見る顔ぶれ、ハンカチで丁寧に汗をぬぐうサラリーマンにケータイをいじる女子高生に大人たちに混じって信号待ちをしている黒いランドセルをしょった小学生。
車体一面に広告を貼り付けた大型バスに、静かな音を立てて飛び立つ飛行機。
そう、普段と何も変わらずに世界は動いていた。
動いていたはずだった。なのに、
「なっ、………う、あ」
じわじわと腹部に熱が伝わり、痛覚も遅れてやってくる。刺されたと気づくのは時間を要した。
人や人や人で影になる信号待ち。その中に紛れて無差別に刃物は振るわれていく。
横断歩道の信号が青になり、叫び声が上がる。
血だらけの刃物は地面にこぼれる。返り血で赤く染まった奴は、笑う。
「くくく………あはははっ………あーっはっはっはっはぁ!!!」
一瞬にして、清々しい朝は悪意によってなぎ払われた。
≪臨時ニュースです。つい一時間前、中央駅前の信号待ちで男が刃物を振り回すといった事件が発生しました。怪我人は多数いましたが、重傷者は出ていないということでした。≫
登校途中、ケータイでニュースを眺めていたらそんな記事を発見してしまった。
もちろん隣には月乃が歩いている。なんだかこれが日課になってしまったようだ。
それにしても今のこの時代でもこんな堂々と朝から犯罪を起こす奴がいるのか。
逃げられるはずもなく捕まることは確定しているのに。
「どうしたの? 変な顔して。最近蹴られていないからストレスが溜まってるの?」
「その台詞に違和感を抱こうか。明らかに蹴られる方がストレスだよね!?」
「そうなの? って、さっきから何ケータイいじってんのよ」
「えっとな、ついさっきのことなんだが事件が………」
「朝にテレビで生放送してたわね、何を考えて刃物なんか振り回すのか分かんないわ」
そうこう言っているうちに学校が見えてきた。
所詮自分の関係のないところで起きている問題など重視はしない。
こちらが平和であれば、危険なことなど起こるはずがない、と信じ切ってしまっているのだ。
近くで事件があった。それに巻き込まれるかもしれない、だけどそんなことはないだろうと心のどこかで勝手な安心感を抱いているのだ。
この事件は始まりであり、終わりである。
どうか自分たちには被害がありませんように、と。
教室に入った時、いつもは空いているはずの机が埋まっていた。
そう、その席の生徒が登校してきているのだ。机の上にはスクールバックが無造作に置いてあるが、本人はその席には座っていない。
辺りを見回してみてもそれらしい人物はいない。
トイレか?と考えつつも自分の席へ向かい、ホームルームまでの時間をどうつぶそうかと考えていた。
と、後ろから。
「ねぇ、亮。あそこの席の子、今日は来てるんだね」
月乃もどうやら同じようなことを思っていたようだ。確かに2年生になって初めて登校するはずだからな。
「そうだな、桃川 俊太って名前だったか?」
「ふふっ、可愛い名前ね。病弱だったのかしら?」
「名前で判断するのはどうかと思うが………、まぁ俺もそう思った。今は保健室とかどっかかな?」
他愛もない会話を繰り広げていたら、廊下から複数の視線を感じた。
バレバレなのだが、相手は隠れているつもりらしい。月乃に好意を寄せている奴らだ。
それに気づかない月乃は、自然に俺に話しかけてくる。
「ねぇ、どうしたの亮? 」
「うぇ? なんもないけど……」
「ふふふっ、何その反応っ」
あれ? おかしい、月乃ってこんなキャラだったか?…………はっ、まさか廊下の連中に気づいていながらも俺に話しかけることで俺が後からどんな目に合うかを見て楽しむ気だな!? なんというドS!
「亮? なんかさっきからおかしくない?」
「………」
嘘をついているようには思えない、しかし月乃に『幻想の演技』(勝手に命名)があるからな………。
分からん、考えれば考えるほどに。
「ねぇねぇ、亮? 」
肩を掴んでゆっさゆっさと揺さぶられる。
その瞬間、ズアァァァァァッと廊下からの殺気が俺に突き刺さった。
み、見える。今の俺には見える、なんか黒と紫の入り混じった刺々しいものが。
「つ、月乃。作戦通りかっ!」
立ち上がって後ろを振り返る。月乃はぽかん、と口を開けて目を丸くしていた。
それでも可愛いのは月乃の特権だろう。
「え、………? 何それっ………」
なんでか知らないけど不機嫌になっていっている月乃がいた。
それと同時に廊下からの殺気の大きさも拡大していった。
し、しまった。読み間違えた、しくじったぁぁぁぁぁっ!
体を硬直させて、月乃からの攻撃に備える。が、しかし。
「ふん、……もういい」
なんだか不機嫌なまま拗ねてしまい、そっぽを向いてしまった。
その時には廊下からの殺気の雨も止み、人の気配もすでに消えていた。
ホームルームが始まってもなお、『桃川俊太』の席は空いたままだった。先生はその席をちらりと見ると、
「桃川は今日は来てるのか………。トイレか校舎裏か最早学校外か」
トイレ、校舎裏? 病弱少年にはまったく似合わない単語がずらずらと流れ出てくる。
不審に思っていたその時、教室のドアが開かれた。その先にいたのは真っ黒な黒髪をツンツンに立てていて、制服のボタンを2つも開けている、おそらく病弱ではない男子生徒。
まさか、とは思った。
俺の考えを肯定するかのように先生がその男子生徒の名前を呼ぶ。
「おい、桃川。ホームルーム始まってんだから早く席につけ」
「っ、うるせーな」
声変わりのしていないかわいらしい声だった。それに思わず吹き出しそうになる。
ぎろり、と桃川と目があった。
「おい、お前。今笑っただろ?」
「い、いや………そんなことは、ふぐっ………くくく」
「今も笑ってんじゃねぇか! ふざけてんだろお前!」
「やめてくれっ…くくく、その声で切れないでくれ………っ。や、やべ、ツボった!」
「よっしゃ、お前ふざけけてるな? 俺切れていいんだよね?」
「誰に聞いてっ………ふくくくっ」
「うっしゃあ! オモテでろやお前、一対一だ!」
片方だけヒートアップする会話に、先生が割り込んでくる。
「はいはい、いいから桃川は座ってろ」
そんな担任の言葉に渋々従う桃川俊太。その間にも、目線は俺に向けられている。
と、その目線がずれて、後ろの月乃に向いた。
桃川の顔にはこう書いてあった、『可愛い』と。
月乃は『うげ、』という顔をしたが、それもまた可愛い。どんな顔をしても最強である月乃には桃川への誤解の笑みしか与えられなかった。
それから放課後までずっと桃川に見つめ続けられていた月乃は、限界とでも言うように俺の袖を引っ張って教室を飛び出した。後ろからは声変わりのない声で、
「あ、ちょっと鵜川さん!? なんでそんな男と!?」
と聞こえてきたが、放課後の喧噪によって一瞬でかき消された。
下駄箱でドタバタしながらも、ようやく校門へとたどり着いた時には二人とも肩で息をしていた。
「ちょっと、あいつはなんなのよ! 気持ち悪いっ」
「おそらく月乃サンのことが好きなのだと」
「ふざけんなっ」
ビシィと乳酸が溜まっている足を蹴られる。
は、肺が空気を欲しているというのにこの子はなんてことをっ………。
もがき苦しみながらも月乃の言葉を耳にする。
「あいつは無視することにする。 私はああいうのが一番嫌いだって知ってるでしょ!」
誰に言うでもなく、高らかにそう宣言した。
「もしもーし? どうだった、俺らからの贈り物は?」
『っ………やはり貴様らの仕業だったか。欠陥製品なんてものをどこから……』
「負傷者、15人か………。警察はなかなか行動が早かったな」
『無人警官が配置されていることぐらいわかるだろう? 』
「まだまだ甘い、か? 今回は小手調べだ。この程度だったら………」
『だったら、なんだ?』
「ふん、会話を引き伸ばしても無駄だとわかっていながらも、か。やり取りをするのはこれが最後だな」
『っ、………待ってくれ、貴様のいや貴様たちの望みは何だ。何をしようとしている』
「くは、馬鹿かお前らは。考えれば理解できんだろ?」
少年は乱暴に受話器をたたきつけると、100年も前の産物、電話ボックスを片手で破壊した。
ゴァシャ
「あーあ、またあんた壊したの?」
暗がりの奥から少女の声が聞こえた。
「もう連絡を取るつもりはないからな。 それより、調子はどうなんだ」
「欠陥製品? ああ、3匹は集まったわよ。あとどれくらい必要かしら?」
「十分だ。それだけで町の一つは簡単だろう。まずは序章」
少年は楽しそうに、深く笑みを作った。
闇に吞まれた一瞬の笑みは黒く黒く、誰もが背筋を凍らせるものだった。
THE DARK