No,39:無名のヒーロー
諸事情により早い投稿です。
最終話まであと少し、がんばっていきたいと思います。
いつものように、遅れて学校に来た。
そう、いつものようにだ。 それなのに周りの世界はいつも通りじゃなかった。
分厚い正面の門が閉まっており、学校の敷地内に入れないのだ。 この学校の門は、普段は絶対に閉まらない。閉まることがあるとすれば、緊急事態が発生した場合のみなのだ。
例えば、この街にテロリストが練り歩いているだとかそんな感じの。
しかし、そんな起こってもいない心配事にすぎないことは俺には関係がなかった。だからいつも学校を途中で抜け出すために使っている抜け道から校内に入ることにした。
学校敷地を表すフェンスをぐるりと迂回し、学校のちょうど真後ろまで来た。
そこのフェンスの一部分は、人が一人通り抜けられそうな穴があいている。だからと言って簡単には抜けられない。 切り取られたような跡のフェンスの部分は針金が突出していて、下手をすると制服が破れるどころか切り傷を大量に負ってしまうのだ。 だからここを抜けるにはポイントがある。
しばらくしてフェンスを抜けることに成功した。
様子がおかしかった。
いつもならば昼休みの喧騒に包まれているはずのこの学校がまるで息をしていないかのように静まり返っているのだ。
今日は休講だっただろうか、いや、あの校長のことだから間違いなく学校はやっているはずだった。
しかし、正面の門のことが気にかかった。
緊急事態時にのみ閉まるといわれている正門。
アレが閉まっていて、しかも今学校は沈んでいる。何かがあったのだと疑わない方がおかしいだろう。
とりあえずは近くの窓から侵入し、学校内を見回ることにした。
おかしかった。
誰もいない、荷物は存在している。まるで、人だけが全て消失したかのような感覚でみんながいなかった。
三階まで上がっても、誰もいない。
何が起きているのか分からないなまま三階をぶらぶら歩いていると、足音が聞こえた。
その時抱いた感情は、人がいたという喜びという感情ではなく何故か驚きだった。 どうしてか自分でも分からなかったが、とっさに化学実験室に入って隠れてしまっていた。
次第に足音は小走りになり、何度も立ち止っては走りを繰り返しているようだった。
何かを必死になって探しているような心理状況がうかがえた。そんなことは心理学などを知っていなくても分かる。明らかに焦っているように思える。
しかし、それはこちらも同じだった。 この化学実験室は他に外に通じる道が無い。
要するに、自分から袋小路に入ってしまったということになる。
ベランダがあるのだが、それもどこにもつながっておらず、さらに言えば、地面はコンクリート。 まともに着地なんてできるわけがなかった。
怖い。
何故だかそんな感情を抱いていた。
最近のテロ事件、正門の閉鎖、静まる学校。
さまざまな出来事がぐるぐると頭の中を回り、嫌な方向にしか思考が働かない。
例えば、この学校がテロリストに占領されてしまい、教員生徒全員が殺されてしまった、とか。
学校にテロリストが侵入してくるという妄想は何度かしたことがあったが、現実問題ではこれほどまで恐ろしいものだとは思っていなかった。
だが、まだこれは決まったことじゃない。
もしかしたら、ドッキリだったとか。 もしかしたら本当に休講だった、とか。
だけれども、胸の内の不安は拭い去れない。
薬品置き場へとつながる扉を開き、移動する。 それから薬品棚に手を伸ばし、手近にあった瓶を取る。
それを抱え、どうするべきかを考える。
この意味のわからない薬品をどうするのかは自分でも分かっていないが、とにかく安全なところから今のこの状況を把握してから色々と考えるべきだとは思った。
安全なところから、状況を把握。
これが肝である。要するに、誰にも見つかってはいけないという枷が付く。
これは自分が勝手に決めたことだが、胸の動悸がすさまじいことに事態が良くないことは分かる。
これが嫌な予感、というものなのかもしれない。
覚悟を決めた俺は一度窓から顔を出して、地上までの距離を目測で計る。
高い。
三階に居るのだからそれは当たり前のことだ。だが、感覚ではもっともっと高いのではないかと考えてしまう。
だが、移動しないと始まらない。
その時、ガラッッ と化学実験室のドアの開く音がした。
誰かが入ってきた。
緊張が高まり、叫びだしそうになる。 誰かも分からない、ひょっとしたら先生なのかもしれないが、得体の知れない存在に今恐怖しているのだ。
不安になって仕切り一枚の壁の向こうを振り向いたとき、降りる方法を見つけた。
カーテンだ。
カーテンを縛り、ロープのようにして蔦って下まで降りればいいのではないだろうか。
最悪、二階までの距離に降りて、そこから飛んでもいい。むしろ、時間が無いからそうするしかないだろう。
カーテンを一枚剥ぎ取り、吊られたままのもう一枚とから結びをして強度を確かめることなく掴んで飛び降りた。もちろん、片手には謎の薬品が入った瓶を抱えて。
おそらく、それと同時に薬品置き場の扉が髪を茶に染めた男子学生によって開かれた。
飛んだときに目に入ったのは、二階のベランダだった。
落下防止のためか、三階より少しだけスペースの広い二階のベランダにギリギリ着地できた。
なんせ、落下防止策一枚分しか違わなかったため、カーテンを使わず普通に飛んだだけでは足を引っ掛けて、顔面から地面に叩きつけられていたはずだった。
カーテンのおかげで、三階の落下防止策が滑車のような役割を果たして、なんとか内側に来れたのだ。
高いところに懲りた俺は、ベランダから教室へ、教室から廊下へ移動し、一階に階段で降りることにした。
一階まで来ると、どこかで声を聞いた気がした。
だけれども、よく聞こえなかった。 それが言語なのかすら分からなかったのだ。
ふと、向こう側の校舎を見るとそこには、まるで人の各パーツを継ぎ接いで作ったようなヒト型の何かが歩いていた。
その瞬間全てがつながり、背筋に悪寒が走り、吐き気をもよおし、恐怖で身体が凍りついた。
何が何なのかが分からない、そんな言葉を使うのも否定されるくらいに現実はぶっ壊れていた。
このまま校舎をうろついていたら間違いなくあいつと鉢合わせる羽目になる。 それに、あちらは一人ではないように思える。たった一人ではない、可能性の問題だった。
過大評価していた方がのちになっていいこともある。
もちろん、逆の場合もあるがそんなことは言っていられなかった。
一階の廊下の窓から外に出て、中庭を走り抜ける。それから何か方法を考えるとしたら?
まずは、逃げることを優先する。校舎外ならほとんど見つかることはないと思う。
体育館側には回らず、逆に向かってあいつの背後を取ろう。
そして、この薬品をぶっかける。 先ほど落ちついて薬品の表示名を見たところ、『硫酸』と書かれていた。こんな危険なものを持ち歩きながら色々していたと思うと、びっくりする。
転んで自分にかかるだけで大変なのだ。それゆえに、武器としては心強い。
しかし、あいつを倒したり、撃退したりする必要はあるのだろうか。
いや、倒さなければならない。
このとき、彼の頭の中には危険因子を排除しようとする考えしかなかった。
実行を開始する。窓から出て、中庭を一気に走り抜ける。
そんな彼の影を、一階を探索していた彼が視線の端に捉えていた。
外に出たから安全が確保されたわけではない。これからがむしろ本番と言っても差し支えがないだろう。
まずは、この状況をどうするか。
おそらく、この学校に人はほとんどいないと思われる。 だから、俺が出来ることは何だ?
警察に報告? それとも学校内にいる生徒の解放? それともテロリスト退治?
ヒーローで無い者に以上のことはできない。
そう、俺はヒーローなんかじゃない。なりきりで不良を演じてみて、意味のわからないことに試行錯誤しているただの一般人。 ただの人。
だから、ここは一般人らしく。逃げて、一人だけで安全なところに行くべきなのである。
警察に連絡するのはそれからでいい。
もとはというと俺は今日学校に来るつもりはなかったのだ。
月乃さんに会えるのであれば別として、教育機関が好きではない。
だから正直、このままテロリストのような奴らにここをつぶされてもいいんだ。
結果、俺は自分のことしか考えられない。
昔夢見たヒーローにはなれない。どう考えたって自分を犠牲にして他人を守るなんてことはできない。
ザリッ、と靴の底が地面の砂を捉える。
駄目だ、やっぱり。
人には出来ないことがある。どうあがいても無理なことは存在する。
あきらめが、肝心だとは思わないだろうか。
その時、向こうの窓に走る影が見えた。先ほど自分が出てきた窓のところだ。
見たことがある。アレは、確か同じクラスの岩沢蓮。
よく見ると、その彼の後ろにはあの継ぎ接ぎ人形が迫っていた。
拳銃を乱射し、岩沢に迫っている。
それを見て、俺が最初に思ったのはすごいという称賛の言葉だった。
やっぱり次元が違った。ヒーローになれる者は素質から違った。
行動できるか否か、そこがすでに分け目だったのだ。
じゃあ、自分は諦める?
彼が吹き飛ばされ、壁にぶち当たるのが見える。
立ち上がる彼を見る。
ふらふらになりながらも、立ち上がる彼を見る。
自分は、何が出来る?
その問いの答えは、この瓶の中にあるのかもしれない。
化学実験屋から持ち出した硫酸の瓶。
投げるだけでいい。それだけでいいのだ。そうすれば彼がこれ以上どうなることもない。
俺も俺で、ジレンマから解消される。
果たして、動けるか。
「ああああああっ!」
蓮は確信していた。その方程式が成り立つものだったと。
少し上ずったクラスメイトの声を聞いた継ぎ接ぎ人形は一瞬硬直する。
首だけを回転させたことが奴にとっての最悪だったのであろう。何かが入った瓶が投げつけられ、それが割れる。中から液体が散布し、それがすべて奴にかかる。
一目で危険なものだと分かったのだろう、奴は地面をのたうちまわりあがいていた。
その隙に眞守さんを抱え、奴との距離を取る。
瓶を投げた少年は息を切らせてこちらにやってきて、急に座り込んでしまった。
「お前だったか、桃川」
「んだよ……名前知ってんのかよ。前会った時は……馬鹿にしてたくせに」
変声期を越えていないかのような声で彼は返事をよこしてくれる。
「アレは、何をぶちまけたんだ?」
「硫酸」
「おぉう………。なんだ化学実験室に居たのはお前だったのか」
「なるほど、俺も今合点いったわ」
ぐらり、とよろけながらも継ぎ接ぎ人形は立ち上がる。
額からは機械部が見え隠れしていて、それに加えて顔は爛れてしまってさらに酷くなり、笑みが永久に張り付いたようにして口が不気味に曲がりっていた。
それは形容するに、『狂』としか言い表せなかった。
「ぎっ、ジュ。 ゴr………ゴロズッッズズズ!」
一直線。向かうは蓮の真正面。
継ぎ接ぎ人形は腕を振り上げ、ナイフで蓮を切り裂こうと迫る。
その行動に対して蓮は全く冷静だった。
「ラスト一発。これなら当たるっ!」
最後の一発の弾丸を継ぎ接ぎ人形の額へと向けて放った。
いつも読んでいただきありがとうございます。
この小説、Puzzlingly Number’sはもう少しで最終話です。
只今、新作を絶賛執筆中なので次にご期待下さい!
Puzzlingly Number’sが最終話を迎えた時に投稿する予定です。
また、気がついたら読んでくださるとうれしい限りです。
では、また次の後書きでお会いしましょう。