表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/42

No,38:解は後ろに

目を瞑ることしかできなかった。

それは俺の限界であり、あきらめた証拠だったのかもしれない。

速度。

追いつけないものは絶対に追いつけず、ただ引き離されるのみ。

だから俺は、目を瞑った。

絶望と憤慨を混ぜ合わせた黒に近い色をした心を抑えつけてなお、そんなことしかできなかった。

だって、ただの人間だから。

限界は超えられないら。

どうしようもないことなんてこの世にはたくさん溢れているから。



一向に銃声の鳴らないことに不思議に思った俺は、固く閉じていた目を開けた。

彼女はそのまま変わらぬ場所に立ちつくしたまま驚きに目を見開いていた。

何も起きてはいなかった。

現場は止まった。それをチャンスだと思った俺は彼女に向かって駆けだす。そのまま彼女に向かって手を突き出し、彼女を押し倒した。

拳銃を取り上げ、廊下の奥に投げ捨てる。

「は、なせっ! 人間ごときが私に触れるな!」

「くっ………月乃! 月乃を返せ、録武ナナ!」

廊下に転がりこんで彼女を押さえつける。それに対抗して彼女は腕を振り回し、足をバタつかせる。

だけれども俺は離さない。

もし、離してしまえばこんなチャンスはもう巡ってこないだろうからだ。

なんとかしてこの状況で、録武ナナを月乃に戻す。

だが、方法は?

今は何も考えていない。ただ、彼女を離さないようにすることで頭がいっぱいだった。

そもそも思考に気力を裂いていることすらも厳しい状況だった。

女とは思えないような力で彼女は俺から逃れようとしている。対して俺も出来る限りの力で応戦している。

あまり月乃の身体を傷つけたくないのだが、先ほどのようなことがあっては困るのだ。

「私を、汚すな………。屑が!」

ぐらんっ、と頭が揺れる。

殴られたと分かるまでに数秒を要したが、彼女は離さなかった。

マウントポジションにいる俺は体重をかけるだけで彼女を押えることができる。ただ、それゆえにスタミナの消費も馬鹿にならない。気が抜けないのだ。

この状況が長引けば長引くほど俺には不利だった。だからその前に何とかしたかった。

彼女の両手を押え、動きを完全に封じる。

両方とも息が上がり、体力の限界だった。彼女は急に腕の力を抜き、ぐったりとしはじめた。髪の毛が顔を覆い、その表情はうかがえない。

「亮、……ごめん。私また迷惑、かけちゃった」

「月乃……? 大丈夫か」

人格が月乃へとシフトしたのが分かった。

「やっぱり、みんなのところへは行けないよ。こんなの」

「………」

俺は、何も言い返すことが出来なかった。

実際に起きてしまったこの状況。録武ナナとして動いている時も彼女の記憶と映像は持続している。

だからこそ、だ。

月乃は苦しくて、でも動けなくて。そんなジレンマの中で一人戦っている。

なんとか元には戻れないのだろうか、どうしても駄目なのか。

月乃自身が制御できていない。どちらかと言うと、録武ナナに主導権を握られているような感覚だった。

「苦しいよ、助けてよ。 私、おかしいよ」

「大丈夫だって、月乃。俺が、俺が……」

そんな、曖昧な言葉で濁すことしかできない。

自分が嫌になる。

「一つ、お願いがあるの」

月乃がかすれた声でそんなことを言った。

「何?」

「今、私が私であるうちに、この階から落としてよ。そうしたら、私と録武ナナは─────────────」

「駄目だ! そんな事したって、何の解決にもならないじゃないか!」

「なるよ。 私がいたから、こうなっているんでしょ? 学校のみんな巻き込んじゃってるんでしょ? もうどうしたらいいか分からないの。もう誰にも迷惑をかけたくないの。だから、だから、お願い……だよ。私のお願い聞いてよ……亮」

「だって、そんなの。あんまりじゃないか……。聞けるわけないだろ。月乃に死んで欲しくなんてないんだよ……」

「どうして、亮はそこまで私のことを構ってくれるの……?」

「どうしてって……そんなの、そんなの、……好きだからに、決まってるだろ」

こんなときに、こんなことしか言えない。自分のことしか考えていない。

今の状況で、言うべきではないのに。でも、伝えるしかないと思った。

どうしようもなくなる前に伝えたかったと思っている自分がいる。

すでにもうあきらめかけている自分がいる。

必死に隠していたのに、必死に押さえつけていたのに、崩れてしまった。

そうするともう、限界だった。

「どうしようもなく好きだから、死んで欲しくなんてないんだよ……。どうしたって居なくなるなんてことは考えられないんだよ、いつでもそばに居てほしくて、いつでも話していたいんだよ」

「うれしい。でも、」

月乃が何かを言いかけた時、廊下の向こうから誰かが歩いてきたのが分かった。


それは、絶望を報告する足音だった。





発砲する音が消え、奴の足音のみになって静かになった廊下に蓮は躍り出た。

「部、ガイ者、ハッケン。殺、コロ、ス」

カチカチカチと弾の無くなった拳銃の引き金を引いている。壊れた玩具のように何度も何度も引き金を引いている。その銃口からは何も放たれることはないのに、何度も。

「馬鹿なのかよぉっ!」

対してこちらは拳銃を構え、発砲する。硬質ゴム弾が奴に向かって飛び、眉間へと吸い込まれていく。


はずだった。


またも捩じ切れんばかりに首を振り、弾を避ける。

弾丸を避けると言った行動を二度も見せつけられ、蓮は驚きを凌駕して感心すらしていた。

「何だよお前、どんだけすげーんだよ」

だが、内心は恐怖していた。

理由は弾丸の残り数。驚くことに後一発しか残っていなかった。

考えなしに撃ったことも最早この状況では覚えていない。

焦りを感じ始め、これからどう対処するべきかも悩みどころだった。

蓮は一度拳銃を腰のホルスターに留め、継ぎ接ぎ人形に向かって駆けだした。

拳を作って振りかぶり、的確に相手の顔面を狙って放つ。

ガツン、と骨の感触が伝わってきて、蓮は顔をしかめたが、本来顔をしかめるべき相手は笑っていた。

血の気が引き、頭の中心部が危険信号を鳴らす。

だが、殴った反動で蓮は動けない。 全体重を乗せた拳だったのだ。

それなのに奴は笑いながら蓮の空いた腹に、振り回した腕を叩きこんだ。

肺から空気が絞り出され、さらに壁に叩きつけられる。

ほとんど転がるようにして倒れ込んだ蓮は、この危機的状況でまともな思考をしていなかった。

言うなれば『白』。 要するに何も考えられないくらいに混乱していた。

何が起きたのかもわからず、どこが痛いのかもわからず、どこに居るのかもわからなくなていた。

死の文字だけが浮かび上がってくる脳から逃げることもできず、どうしようもなくなっていた。

「アァ、ギ、死」

鮮明に聞き取れる死の言葉。

うつぶせに体勢を変え、なんとか立ち上がろうとするが、力が入らない。 どれほどの力で飛ばされたのか、足が痺れている、腕が痺れている。

「ふざけっ………。死ぬわけないだろ。 体力だけが取り柄なんだからよ……」

痺れる手足に活を入れる。 ガクガク震えながらも立ち上がる。腰の拳銃を確認。あった。

とりあえずは逃げて休息を取る必要がある。

または、誰かと合流するか。

痛む身体を引きずって何も深くは考えずに二階へと上がることにした。

階段まで何とかたどり着き、一段ずつ確実に上っていく。


何かおかしかった。


二階まで来て第一に感じたことがそれだった。

人の気配と言うものがまるで感じられない。 そして、何か水の滴る音が聞こえる。

自分の身体のことも忘れ、よろけながらも走り出す。

何かが見える。廊下の遠くの方に何かが。

赤。赤。水たまりが赤かった。

そしてそこに座り込んでいるのは生徒会長、だった。

「眞守さん!」

「………」

彼女は返事をしない。近くには髪を薄い赤に染めた少女が倒れていた。

まさか、こいつと戦って?

近くにはナイフ、そして硬質ゴム弾も転がっていた。

相討ちには見えなかった。

硬質ゴム弾はあくまで気絶させるものであり、殺傷能力は低い。 代わって眞守さんはナイフで刺されたのであろう、出血がすべてを物語っている。

もしかしたら、大量出血で死んでしまうかもしれないのだ。

ここにきて問題が増え、蓮の頭はパンクしそうだった。

どうすることができるのか、どうすればいいのか。そんなことをこの状況でまとめることはできなかった。

だけれども、答えを導く助けがあるのであれば、切り抜けることは可能であろう。

そう、仲間がいればよいのだ。

だが、仲間の一人はここで血に塗れ、もう一人は校舎の外にいる。

そんなことを考えているうちに継ぎ接ぎ人形が廊下の角から姿を現す。

なにか、この状況を打破する回答の導き手が無いのか。

あるいは答えにたどり着くための公式の一部でもいい。

「ギィィ。殺す、コロス」

奴は迫ってきている。

どこからか取り出したナイフを掲げながら迫ってくる。



だが、そんな中で答えにつながる方程式は奴の後ろにあった。












評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ