No,37:【核】
夏休みに入りました!
更新速度の変化は………どうでしょうか?
消えた人影の謎は置いておいて、俺は再び鵜川を探すことに決めた。
今になって考えてみると、あの影こそが鵜川だったのではないかと疑えるのだが多分そんなことは無いと思う。
詳しくは覚えていないが、影のシルエットが女性的なものではなかったというのが一つの理由だ。
それと、靡くほどの髪の量がなかった。
男かもしくは短い髪の女。そんなところだと思う。
確信に至るものが無いから言い切ることはできないけども、多分そうなんだろうと勝手に想像しておく。
「にしても……静かすぎるな」
当たり前のことだが、思わず口に出してしまう。
なんだか心もとなくなってきた。
腰に付けたホルスターの中に収まっている拳銃に触れてみるが、安心はできない。
ちょうど三階もほとんど見回ったことだし、亮のいる一階にでも行こうかと考えていた。
二階は眞守さんが探しているから問題は無いだろうと思ったのだ。
そう言えば、一般生徒どころかテロリストの姿さえ見当たらない。
一体どこに居るのだろうか。
そう考えていた時、自分の横を誰かが横切った気がした。
後ろを振り向いて見るが、誰もいない。
でも、確かに何かが通り過ぎたような気がしたのだ。
気配と言うものが感じ取れる力が自分にあるのであれば、それは間違いなく何者かの気配だった。
「誰か、居るのか?」
問いかけるが、自分の声はむなしく無人の廊下に響くだけだった。
なんだか薄気味悪くなってきた。
急いで階段を駆け下り、一階まで来た。
と、そこで誰かが窓から飛び出して、外へ出ていくのが見えた。
「誰だ?」
その誰かはすでに校舎の裏に回って、姿が見えなくなってしまった。あの方向はたしか、体育館裏に続いていたはずだった。
追いかけるかどうか、そんなことを悩む前に蓮は違う問題に直面していた。
「おいおいおい………なんですかあれ」
不格好すぎる体格。身体はがっしりとしているはずなのに腕は女性的で細くて長い。 足に至っては両方の長さがそれぞれ違うものだから、歩くたびに身体全体が傾いている。それに合わせるかのように角度を調整して付けられたかのような頭は、後頭部が変形して歪んでいた。
まるで、もともと別々だった何かをツギハイデ作られたかのような人形だった。
悪趣味すぎて、愛でる要素が欠片も存在しない何か。
嫌悪感と恐怖を植え付けるにはもってこいの姿だった。
テロリストによって作られたのだろう。片手には拳銃を握っていた。
一階には亮がいるはず。
こいつは間違いなく見つけたイキモノを殺すだろう。
亮に会わせる前に、俺が潰しておかなければならない。
そんな考えが、蓮の頭の中には浮かんでいた。
「先手必勝!」
一撃で仕留められるように、と盛り上がった後頭部を狙って拳銃を発砲した。
だが、その音に反応したのか継ぎ接ぎ人形は、グルンッ! と首が捩じ切れんばかりに回し、こちらを向いた。
形相、歪んで笑う。
弾丸は避けられ、廊下の奥に消えていった。
「アァ、イイッ! 部ガイ者、発けン、 殺ス」
ノイズが入り混じった声で、そう呟いたのが蓮の耳にはハッキリと届いた。
すぐに危機を察知して、曲がり角に隠れる。 ズガン、ズガン、と廊下の壁に穴を開けながら、人形は迫ってくる。
発砲を続けながら迫ってくるのだ。
俺の姿が見えていないにも関わらず、人形は発砲を続ける。 弾が無くなれば、次はこちらが一気に攻める番だった。
それまで待つ。奴の直線状に立たないようにして逃げればいい。ただそれだけのことだ。
俺は、やれる。
蓮はそう思っていた。その時は、まだ。
選択肢は限られていて、それが全て絶望への道につながっていたとしたら大抵の人はどうするだろうか。
あきらめるだろうか。あるいは狂ってしまって、もうどうにでもなれと放棄するのか。
限られている中で最善の策を見つけ出し、幸せになろうと考える者はいないのだろうか。
おそらくは、いない。
だが、ここにはいる。
大切なものが懸っていてあきらめきれなくて、どうしても守りたくて、失くしたくなくて。
やっとみつけた本当の気持ちだったから、それは絶対に大切なものだったから。
選択肢を全て潰して、他の道に回る。
それが出来るのかどうかはわからないが、絶望した選択肢をわざわざ選んで滅びたくはなかった。
廊下を走る。後ろを振り向くと、彼女が追ってきていた。拳銃は片手に握られたままで、発砲する気配はなかった。おそらく、月乃の身体では振動に耐えられないのだろう。走った状態であればなおさら撃てるわけがなかった。
だが、俺はこの追いかけっこの意味が分からなかった。
彼女は職員室へと戻ることを望んでいるはずだった。俺を追いかける必要はないはずだった。
職員室の場所を吐かせるわけでもない、彼女は俺を殺そうとしていたし、俺もそうだろうと思っていた。
「な……んで俺を追いかけてくるっ!」
走りながらも声を上げ、彼女に問うてみるが返事は返ってこない。
彼女は俺のことを屑と言った。体育館に集まっている人たちのことを屑と言った。
眼中にないレベルで存在を否定し、路上の石のように人間たちに関心がなかった。
だが、彼女は俺を追っている。人間を殺すためにテロリストに協力している。
何か、矛盾を抱えているような気がしてならない。
人間は屑、関心などない。
だがそれと同時に憎い、自分を作った奴らが憎い。
殺すのか、無視を貫き通すのか。どちらも今の彼女には出来ていない。
俺を追いかけているのが一つの理由になるのではないのだろうか。
「録武ナナっ、止まれぇっ!」
俺は腰から拳銃を抜き、彼女に当たらない程度に銃口をずらして発砲した。
案の定弾丸は彼女の横を通り抜けて行き、どこかへ消えてしまった。だが、彼女は目論見通りに立ち止った。
「反撃、してくるんだ。へぇ、そう。そうか、そりゃあ自分が死にそうになったらねぇ。見捨てるか」
彼女は感情の抑揚を一切見せずにそうつぶやいた。
俺に向けて言っているのか。いや、実際そうなのだが、彼女は虚空を見つめている。
「そこの屑に訊くけどさ、あんた何のためにこの子を助けようとしているの?」
唐突に、彼女はそんなことを言った。
「なんで、そんなこと」
「この子に言ってたね、助けるだとか支えるだとか。私は意味が分からない、あんたたち屑はすぐに変わりを用意するのでしょう、なんでこの子にこだわるのか分からない」
「俺は、今お前の言っていることの方が分からねぇよ……」
「質問に答えてよ。あんた、なんなの」
「何って……」
質問の意図が分からない。彼女はどんな答えを欲しているのか、俺の純粋な気持ち? そんなものあいつが聞いたところでどうなるっていうんだ? もしかしたら世間一般論が欲しいのか、それも分からない。
「ただ、守りたいって思ったから助けるって言った。それだけだ」
「スペアはいくらでも存在するのに」
「月乃は今ここに居る月乃しかいない。その身体と、歴史と、知能をもった月乃はここにしかいないから。その月乃を好きになったから、だから、言ったんだ」
「へぇ、熱いね。 じゃあさ、私が───────────」
彼女は腕を上げ、頭の高さまで持ってきた。その手にはもちろん、実弾入りの拳銃を握っている。
「こうしたら、どうする?」
ニィィ、と彼女は笑い俺を試すかのような目でこちらを見ている。
「馬鹿なことは止めろ……。そんなことすればお前だって」
「私は残念ながら滅ばないよ。 どうせまた屑どもが躍起になって直すに決まっている。だってそうしないとこの国が消えるから」
「は……? 何を」
「私のカーヌルブレインは直されてまた他の誰かに移植される、そしてその子はまた私という別に存在する意思に怯えて生きていく。いくら技術が発達したからと言っても、何故か私のことは消せないのよ」
「だから何を言っているんだよ!」
「つまりは、」
彼女は拳銃の引き金に指をかけて、
「おい、止めろ!」
「この子が死んだって私はいつまでも生きているってこと。じゃあね、私はまた何年後かに目覚めるよ」
その指を引いた。