No,35:資料と対価
近々新作を発表するかもしれません!
みなさま、楽しみにしていてくださいね(σ・з・)σ
彼女は夕川町西の高層ビル街の下道道路上を運転していた。
匣縞の会社からいくらか資料を貸し出させてもらった。
その中でもやはり、録武ナナという人物名が上がっていた。 number開発において成功例の第一体目。要するに、世界最初のnumberなのだ。
だが、それがどうしてテロストたちに必要なのか。それには驚くべき真実が隠されていた。
時にnumberはどうして自己嫌悪感に襲われないのか分かるだろうか。彼、彼女たちは自分が作られた存在だと理解している。まずそこに疑問点がある。何故、そのようなことを知らされているのか。身体のどこかに製造番号が存在するから? では、製造番号の意味とは?
個体数を確認するためにつけられている製造番号。それの必要性は十分に理解できる。それ一つで彼、彼女らのことについての情報がすぐに手に入るからだ。
これで、numberに知らされているといった疑問はかき消される。少なくとも表上では。
では、自己嫌悪感について。
作られた存在だと教えられ、自暴自棄になった者がいるといった例はいまだかつて報告されていない。
それに、進んでnumberから何か事件を起こしたということもない。一見numberだけが関連していると思われていた事件も全て裏にはヒトがいた。
人間と同じように作られたにもかかわらず、悪意を持って事件を起こす行動を見せないのは何故なのだろうか。悪意と言う感情が存在しないように作られたから? いや、違う。脳は一部カーヌルブレインだが、他はれっきとした人間の脳である。それは人の細胞から作られているのだからそうだろう。
numberの機械率はおおよそ10%、残りの九割は生きた細胞のため、ほとんど人間と言ってもおかしくないのである。
なので、悪意だって存在するし、嫉妬や他の感情も抱くように出来ている。
それでいて事件を一件も起こさない理由。全て録武ナナが関係していた。
録武ナナは、numberの抑止力となる中心であったのだ。
彼女から放たれる微弱な電波は、他のnumberへと伝わり、そのnumberからさらに他のnumberへとだんだんその電波が拡散していくのである。
その電波の効果は、悪意の消却。
人間に対しての不満、怒り、嫉妬など、それらの感情を消し去るのだ。
正確には全て消すわけではない。日常に支障のない程度に、行動を起こすか起こさないかの境目あたりまで感情を押えさせるのだ。
だから、録武ナナは悪意を操作できるリモコンだと言ってもいい。
テロリストたちはそれを利用し、国家転覆を企んでいるのだろう。
持つべき技術で電波内容を変えることだってできるだろう。録武ナナの電波を受け取っていない、いや届かないようにしている彼らならたやすいことだろう。
彼らには電波が届かない。ゆえに、悪意が蔓延ったのだ。
だがこれで、テロリストの目的が見えた。学校占領に至るまでの経緯も分かった。
だがそれと一緒に、この国の裏まで彼女は知ってしまった。
そう、ただの警察官にすぎない錠越眞奈美は知ってしまったのである。
一方、その頃彼女の妹は戦っていた。
その姿には一切似合わない拳銃を手に、校内を走り回って戦っていた。
「当たらないよ、そんな乱射してたら」
廊下を走りつつ、彼女は振り向いて言う。 後ろからは、薄い赤がかった髪の少女が追いかけてきている。距離は30メートルほど開いている。
「下手な鉄砲数撃ちゃ当たるって言うでしょ!」
そんなことを口走りながらも発砲する。だがそれは、眞守には当たらない。
少女ほどの細い腕では、まともに拳銃を打てない。ましてや走りながらなのだ、先ほどから弾丸は壁や天井などに穴をあけている。
少女は一つ舌打ちをし、拳銃を投げ捨てた。どうやら弾が無くなったらしい。
これを好機と思い、眞守は立ち止って拳銃を抜き構える。
「動くなっ!」
だが、少女は驚くべき速さで迫ってきていて眞守は引き金を引く余裕がなかった。
どっ、と掌底を鳩尾に受け、後ろに飛ばされる。
廊下を転がって距離をとるが、吐き気が収まらない。モロに受けたようだった。
「あまり舐めてもらってちゃ困るんだよね。 年齢はおんなじだけどさ、ただの学生とは違ってこっちは本職なの」
どこからかナイフを取り出し、手で弄ぶ少女。
近づいてくる恐怖に耐えながらも、必死で呼吸を整える。 余裕を見せている今がチャンスだった。
この瞬間を逃せば次はないだろう。
ゆっくりと近づいてくる少女、眞守の手には拳銃が握られている。
「へ、へぇ……あなた。悲しいわね」
「何が?」
「そんな風になってしまって、よ。 あなた、普通の世界に生きていたら結構モテたと思うわよ?」
「普通の世界で生きていたら、ね」
彼女は立ち止まる。時間を稼ごうと言葉を放ってみたことが、逆に仇になってしまったのかもしれない。
呼吸は整っても、距離がある。
ここからではおそらく、彼女に硬質ゴム弾を当てられない。
「言うだけなら簡単だよね。表の世界に生きているあなた達は、ほんっとうにイライラさせてくれるわね」
彼女の雰囲気が一変した。
先ほど見た、あの雰囲気だ。教員たちを撃った時のアノ雰囲気。
「そんな風になって?私が望んだと思う? 望むわけないわよ、こんな命なんて。 汚されて汚されて汚されて汚されて汚されて汚されて汚されて汚されて汚されて汚されて汚されて汚されて汚されて、それで生き抜いてきた私に対して今度は不幸ねって言葉を? そんなものがいまさら何になるの? 全てをあきらめた私のどんな糧になるの? 同情だって同じこと。何も知らない癖にかわいそうだなんて馬鹿?」
ギリリッとナイフのグリップ部分が音を立てる。
「私のことを分かっているのは私の仲間だけ。 彼だけ、だからこそ生きてた。彼が助け出してくれたから生きてた。 何一つ同情せず、何一つ言葉をかけず、何一つ聞かなかった、そんな彼が私の世界の全て。狭い世界に生きている私にはそれにしか縋れない。だからこそ、あなたみたいに邪魔をするのは許せないの。彼の好意でこの学校の生徒が生きているのに、動かなければどうにもならないのに、好意を踏みにじるあなた達が憎い」
溢れだした言葉は止まらない。止まらない。
少女は、いつしか泣いていた。
その時がチャンスだった。チャンスだったのが、立ち上がることはできてもどうしても眞守には撃てなかった。
少女が涙を流していることに自分自身気付いていなかったからだ。
簡単に言うと、同情してしまった。
眞守は彼女のことを何も知らない。それでいて、同情してしまったのだ。
彼女が言うように、いまさらどうにもならないだろう。 ましてや赤の他人の自分がどう動いたところで。
それが悲しかった。
個人には個人なりの目標があって、悩みがあって、周りと折り合いをつけながら生きていくのだ。
そんな悩みだらけだった彼女がやっとつかんだ目標。 平和な私たちにとっては逆のベクトルの話だが、彼女はそれを遂げようとしていた。
自分を助け出してくれた『彼』とやらに。
もし。
もし本当に、彼女が普通に生きていたとしたら。
私は。
「分けわかんないよ………」
「何がぁ? ………もう、疲れた。あんた殺して録武ナナ探しに行くからさ、動かないで」
少女は頬に涙の跡を残したまま歩み寄ってくる。
少女の生きる糧の目標を潰すのは、錠越眞守。自分だった。
だから、一発は受け入れよう。
眞守との距離が残り数歩になったところで、少女は加速した。
ナイフを低く構え、突進するように。
ヒュッと空を裂く音が聞こえた後、少女はナイフを逆手に持ちかえて眞守の心臓を狙った。
その時、眞守は身体を少しずらしただけで、ナイフを避けはしなかった。
「なっ───────────────」
グシャ、と肩にナイフの突き刺さる感覚。
「なんで、避けなかった……?」
「一発は一発っ………。これで、文句なしねっ……くっ」
そのまま両腕を突き出し、その手の中心にある拳銃の引き金を引いた。
少女の額に弾丸が吸い込まれていった。
残るは、静寂。