No,32:多々他
テスト終了(σ・з・)σ
更新率をいつも通り週一に戻します~
いくつもの立方体がそこに鎮座していた。
それらは等間隔に並べられているわけでもなく、積み上げられているわけでもなかった。
乱雑な配置。
よく見るとその立方体にはいくつもの線が入っていた。澄んだ色をした青。ライトブルーの線だった。
それが儚く光り、鼓動している。 まるで血管のように光が流れている。
そこに男が一人居る。 立方体の一つに腰を下ろしにやにやと微笑んでいる。その目は虚空を見つめて。
─────────遅すぎた。
男は呟く。
小さな声で、しかし語りかけるように呟く。男の役目は、そういった呟きを残すことだった。
どのような感覚の上でそう呟くのかは男以外には分からない。ただ、必要なことだった。
そのひとつでも、重要なことには変わりはなかった。
頭の中をフル回転させる。 彼は再び呟く。
そんなことが繰り返されているうちに、だんだんと時間が過ぎていく。それでも彼は動くことなく、鼓動する立方体の上で同じく行動を起こす。
そんなとき、少女が姿を見せる。
真っ白な穢れの無いワンピースに、同じく白く長い髪。整った顔立ちは神様が与えてくれたかのように美しく、そして何人たりとも触れることを許されないような白だった。
「また、視てるの………?」
彼女がそう訊くと、男は目の焦点を戻した上ににやにや笑いを取りやめて彼女の方を向いた。
ぼさぼさの黒髪に加えて目の下にクマが出来ている。 これが男のデフォルトである。
「正確には、視ていない。 言うなれば思っていた。以上」
「それで、どうだった………?」
彼女がか細い声でそう訊いた。
立方体のある部屋は広く、それでも彼女の声は反響した。
音は、この場所では声以外は発生しない。それを彼女たちは知っていた。
「少年は死んだ。 だから、答えは右折。以上」
男は淡々とそう語った。 これで方向性は再び定まったのだという。
「そう」
それに対する彼女の答えも淡白だった。 結果を知っても、何も表情には出さなかった。
実際のところ、本当に何も思っていないのだろう。
だって。
だって、そういう風にしないといけないから。
そうじゃないと、まともではないから。
誤差が発生するだろうから。
「ところで、記述者はどうした。以上」
唐突に男がそう訊いてきた。
「彼は今、外にいる……」
「そうか、ならば伝えろ。方向性が決まってしまった、とな。以上」
「分かった……」
彼女は一つ返事をして、その部屋から出ていった。
男は再び虚空を見つめ、またにやにや笑いを始めるのだった。
─────────あぁ、遅すぎた。
シャンデリア、座り心地のよいソファー、高級なワイン。 その他最高と呼ばれるものはほとんどそろっていた。そんな中で男は苛立ちをつのらせていた。言うまでもなく、壊れない実験台によるテロのせいである。
ついにかかってこなかった携帯電話はゴツゴツした質感をもつ机の上に無造作に置かれていた。
男はグラスを傾け、ワインを口に含む。
どうしたものか、と男は考えている。
自分が作ってしまった玩具が今この街で暴れ回っているのだ。予想以上に知能を持ってしまったソレは、自分では止められないような位置まで上っていってしまった。
ただ、本当に止められないのかというとそうでもない。おそらく、今までの電話でした会話から音声を解析し、number特有の超微弱な電波を探知するよう新たなモノを作り上げる。ただ、時間がかかる上に、この国の他の上層部の人間にばれてしまうかもしれない。そう、あいつらの存在が。
自分が行ってきたことは、犯罪行為である。
そして、犯罪を犯したことによって作られた犯罪品は製作者と同じように犯罪を犯す。
この絶ちきれない連鎖によって膨れ上がった負が、玩具を回収したと同時に自分に降りかかってくる。
部屋を見渡す。
今まで築き上げてきたこの生活を失うわけにはいかなかった。
どう対策を練ろうか────────、と考え始めた時部屋に備え付けてある電話が鳴った。
「私だ、どうした」
『匣縞さんに会わせろ、と警視庁から錠越と名乗るものが今エントランスに来ているのですが』
「っ、仕方ない。ここへ呼べ」
『了解いたしました』
短い会話を打ち切って、再び部屋には静寂が訪れる。
よりによって警視庁。よりによってこのタイミング。
もしかして、アレの情報がもう出回っているのか? だとすると非常にまずい。
男に考える時間を与える暇もなく、部屋のドアがノックされる。
来た。
錠越、と名乗ったその女性はとても若くそして警官には全く見えなかった。
しかし、裏を返せばその若さで警官であり、そしていち早く自分の元へたどり着いた。
「匣縞さん、まずはこれを見てもらえますか」
そう言うと彼女は封筒から数枚の写真を取り出した。
そこに鮮明に映っているのはまぎれもなく、自分の作った玩具、壊れない実験台だった。
冷静を装い、その写真を彼女に返してから言葉を紡いだ。
「この少年が、どうかしましたか?」
「ええ、不思議なんです。この少年、国のデータバンクに情報が一切ないんですよ」
スッ、と彼女と目が合う。
その目から、読み取れることはたくさんあった。不安、焦り、使命感。いくつもの感情の中で一番大きかったのはおそらく、疑惑 だろう。
「それが、どうかしたんですか」
「おかしいじゃないですか。人間、numberともに生まれたらすぐに国のデータバンクに情報が行くんです。だからこそ消費食糧の量だとか、人口増加率だとか、犯罪率だとか、キッチリとこれまでほとんど思うままに調整してこれたんです。 でも、データバンクに情報がない人間やnumberがいたとしたら、今までのことはただ、誤差を見落として喜んでいただけじゃないんですか。………言いたいのはそういうことではないんです。 アレは、何なんですか?」
ド直球に質問を投げかけてくる彼女に関心すらした。
確かに彼女の言うとおりである。全ての情報を網羅したうえで厳密な計算を経てそれでやっと成果が出る。これを人類を生きながらえさせるために用いるのならば、いや、支配するために用いるのであれば、厳密な結果を要するのだ。誤差は認められない。何故なら命にかかわる問題だから。
だが、それがどうした。
100年前にでも人間は生きていられたではないか。 食糧危機に陥ろうが、こうして新たな対策を練っているのではないか。
いまさら生きるためのパーツが壊れたところで、何を怯えている? 新しく作りかえればいいだけの話ではないのか。
人間はみな、完璧を求める。
だが、完璧など存在しない。
なんだって老朽化し、崩れ去っていくものなのだ。
データバンクからの計算結果を完璧として、それにミスが生じるだけで大慌て、だ。
イレギュラーなんてものは、どこにでも存在する。
この、自分のように。
「何、とは………? アレはただの玩具ですよ」
「っ……。アレは、まともじゃなかった。 匣縞さん、あなたはなんてモノを作ったんですか!」
「やっぱり分かっていたのですか。 私が関与していることについて。 まぁ、確かに間違っていませんし、だからこそここに来たのですよね」
「体内から発信される電波もおかしかった。 微弱すぎることに加えて国で作られているnumberと全く波長が違う。 それに内部機構と、………銃弾を跳ね返すこと」
「折角だし、教えておきましょう。 壊れない実験台は、私が数年前に作った最高傑作です。名前の通り、実験用モルモット……いえ、実験用numberと言うべきですかね。私欲のために一から作りました。ですからオリジナルですし、製品番号だって存在していません」
男は広い部屋の中を歩き回りながら話す。
「ある日、研究を行っていた研究チームがソレによって潰されましてね。研究所も滅茶苦茶にされたものですから消息不明になってしまったんですよ。ただ、テロの始まる最近になって電話がかかってくるようになりましてね。 脅しのようなものでした」
男はスクリーン大の窓の外を眺めながら、目を細めて。
「まさか、自分の玩具がここまで行くとは正直思ってもいませんでした」
「そのnumberのスペックは?」
「ふぅ……。 カーヌルブレインからの電気信号制御によって特殊性の皮膚の硬化が可能です。 だから彼は拳銃に撃ち抜かれないし、ナイフも刺さらない。 言うなれば岩石の塊みたいなものですかね」
「対処法は?」
「今のところはありません」
「今のところは? 」
「そうですね。あなたがこの事実を知っている間はありませんね!」
ズガンッ!
男は素早くスーツの内側から拳銃を引きぬくと、錠越警官に向けて構えた。
だが、
錠越警官の手の内にはもうすでに拳銃が握られていて。
先端の発射口からはすでに煙が上がっていて。
「な………に……」
男の太股は撃ち抜かれていた。
「とりあえず、残念でしたー。 私のこと、見くびってたんでしょ?」
先ほどとは明らかに違う口調で彼女は話す。
「知ってた。 匣縞さんのところに来る前に、他の関係者のところを回っていたから」
床でのたうちまわる男を目で追いながら、近づいていく。
「今、ピンチなんだ。 それはすっごいヤバいほどに。私の妹の友達もね、大変なんだ。……対策法、あるんでしょ?」
「あ、あるっ!」
「それも知ってる。 でも、警察の技量じゃ出来ないんだよね。 だから、さ」
彼女は満面の笑みを浮かべて、さらに男の撃たれた部位を踏みつけて、こういった。
「さっさと電波混線装置、作ってね」