No,29:校内放送
昨日はなかなか寝付けなかった。だからこそ、朝の寝起きは最悪だった。
それでも決まって朝はやってくる。
いつも通りの日常がやってくる。
学校も通常運営しているらしい。
曰く『テロなんてどこで起こるか分からない、だったら危険度はどこでも一緒。であれば、一日を無駄にすることはない。学校を普通どおりに動かそう』
ということらしい。うちの校長の話だ。
制服に着替え、適当に朝食を口の中に押し込んでから家を出た。
マンションのエントランスには、いつも通りに月乃が立っていた。
「何? その目は。 まだ寝ぼけているんじゃないの?」
「無理、してないのか?」
「私が質問しているの」
「ぅ………。 あんまり寝付けなかった、でもそれより月乃」
「私なら大丈夫だから」
そうきっぱりと言い切ると、彼女は踵を返した。
いつも通りの制服に身を包んで、いつも通りのツインテールで、いつも通りの態度で。
何も変わらないままで、居られるのだろうか。 しかし月乃は、俺に何も話してくれない。
では、これでよかったのだろうか。
後は警察なり軍隊なりに任せて結果の収集を待てばいいのだろうか。 そのあとはどうなるのだろうか。
月乃に残ったしこりはどうなるのだろうか。
いやいや、俺がこんなことを考えてどうする。 月乃に異常なんてない。だからこそ月乃は平然としていられるのだし、普段通りに登校しようとしている。俺が奴の言葉を信じてしまってどうする。 そう、何も心配することなんてない。何も。
「早く来なさいよね。 学校に遅れるわよ」
「お、おう……」
そしていつものように、月乃うしろについていく。
生徒は思ったより少なかった。学校が通常運営していようがお構いなしという状況だった。クラス構成人数の半分も来ていないのではないのだろうか。
やはり、不安なのだろう。
「おい亮! 鵜川! お前らテロに巻き込まれたってマジかっ」
教室に着いてからの第一声がそれだった。
蓮だ。 茶色に染めた髪を乱しつつ、俺たちに迫ってくる。 月乃はうっとおしそうにその場から離れ
て自分の席に着く。俺は、蓮に肩を掴まれて動けなかった。
「いや、そんな大したことは無かったよ。怪我はなかったし」
「怪我は? 他になんかあったのか」
どうして、こんなときにだけこいつは鋭いのだろうか。
今、多分言うべきことではない。それにアレはデタラメなのだから、気にすることなんてない。
だから俺は真実を語った。
「眞奈美さんが助けに来てくれた」
「っっっっざけんなっ! ずるいぞ亮!」
「何がだっ、つーかお前はまだ狙ってのか。 この間簡単にあしらわれたばかりだろ?」
「まだ、まだだっ。 まだ………終わらんよっ」
「悲しいけどこれ、現実だから」
「くっそぉぉぉっ、図ったな!」
「まぁ、何を? とは問わないけどさ、もう先生が教壇に立ってるから」
「あー、まぁ。 後から話そうぜ」
そういうと蓮は先生にいやー今日はいい天気ですねぇうんたらかんたらと話し始めた。
どうやら注意をそらそうという目論見らしい。 授業が嫌いなので適当な世間話で授業時間を削る。それが蓮流の勉強回避術らしい。
俺はそれを苦笑しながら眺めつつ、席に着いたのだった。
日常の崩壊はすぐに訪れる。
とある旧都市の廃ビルの一角、そこで新たな生命が生まれる。いや造られた。
そいつはどこかで見たような銀髪とどこかで見たことのある女性的な顔、それに加えてもう一つどこかで見たような特徴を兼ね備えていた。
縫合の術は素晴らしいもので、もともと三体だったということを忘れてしまいそうなほど完璧だった。
ただ、精神状況………心情のコントロール、心の制御は上手くいっていないようで、おかしな言動におかしな行動をとっていた。
では、脳を破壊してプログラムで埋めようか。と考える。実行する。
彼──────────────彼女は、いや、捉えようによってはどちらでもないかもしれない。造られた。
「さぁて、座学の時間は終わりだァ。 実技の勉強へと行こうじゃねぇか」
少年の呟きが廃ビルに響く。
他に2人、そこに居るはずなのだが反応を示さない。
なぜならこれからは、本格的に攻め入る。
休日ではなく、夜でもなく、昼時に攻め入る。アイツを回収し、一気にクニを叩く。
そこまでいってこの計画は終わるのだ。力がつくまで、知能が追いつくまで、仲間が集まるまで練りに練ってきた計画がもうじき始まり、そして終わる。
計画が終わるときはこのクニが終わるか、自分が終わるか。
後者はあり得ない。
憎しみだけを滾らせて生きてきたこの数年。腐った種族を根絶やしにすることだけを考えて生きてきた。
平和ボケした人間どもが俺たちを止められるはずがない。
ハッキリと見えない『裏』に使われている警察、機動隊は疑問の中戦い続ける。戦場において余計な考えは身を滅ぼす。結局は何だったのか。使われるだけの人形には意味など与えられない。
それは、俺たちに対しても。numberを与えられなかったことと同意義である。
もう、終わりにしよう。
彼らは立ち上がり、最後の計画のために動きだす。
「なんか……おかしくないか?」
そう呟いたのは蓮だった。
今は昼休み。購買で二人して買った焼きそばパンをほおばっている時に蓮は呟いたのだ。
「何が?」
俺は紙パックの牛乳のストローを咥えつつ訊く。
「ほら、校門のところ……なんで第二門まで閉まってんの?」
うちの学校には門が第二段階に分かれて存在しており、よく見かけるような牢獄に近いような柵を模したものが第一門、隙間なく城門のような厚い門が第二門である。後者の門には電子ロックや何やらで色々よくわからなくて外からは開けられないようになっているものなのだが、本来あれは外に不審者や危険人物が徘徊している場合に生徒を守る形で使用されるのだ。
「第二門が閉まる時は必ず職員放送が入るはずなんだけどな……」
蓮は外を眺めながら言う。
確かにそうだ。それに、不審人物が徘徊しているだなんてニュースでも聞いていない。
「もしかしてテロ対策かも?」
「なるほど、亮は鋭いな~。だから学校は通常運転なのな、確かにあれなら家より学校の方が安全率高そうだもんな」
勝手に蓮は納得して頷いている。
しかし、俺は少しだけ違和感を覚えていた。
第二門のが完全に閉まるまでは多少の時間がかかるのだ。それは誰もが知っていることである。
それならば、何らかの理由で職員放送より先に門を閉めなけれはならなかったとして、閉め切るまでの間に放送することは可能ではなかったのだろうか。
≪ポーン、職員放送です。 現在、不審人物が街を徘徊しているとのことですので第二門を閉めることとしました。 生徒の皆さんは気にすることなくいつも通りにお願いします。 放送を終了します≫
放送された。
今考えていたことだけに、神経質になってしまう。
門を閉めると実行した時間と今放送されたこの時間。その間の空白の時間は何だ?
いつもなら気にしないだろう。いつもなら。
あいつの言葉が何度も頭を過る。
月乃は……いる、たった今教室に入ってきたところだった。
何かが起きたと疑っておくに越したことは無い。とりあえず月乃の元へ─────────────。
≪ぽーん、職違ほ─────────ガガッ、ブツ…………はぁーい、皆さんこんにちは。どうも始めまして、テロリストと申します。 生徒の呼び出しを行います、録武ナナさん。ただちに職員室まできてください。あ、他の学生さんは近くの教室に詰まっていてくださいねー。以後、廊下に影を見つけた場合には射殺しますので、お気をつけ下さいー。 もう一度言いますが、録武ナナさーん。ちゃんと来てくださいね、私たちは同じ仲間です。乱暴な真似はしないのでご安心をー………ガガッ……≫
なんだ、今のは。
ワンテンポ遅れて生徒の悲鳴が上がる。みんながパニックに陥り、廊下に逃げ出すもの、おとなしく教室で震えるものと分かれる。
これは、非常に危険な状態だ。
「みんなっ! 教室から出るなっ!」
叫ぶが、止まらない。
「待てっ、ちょっとお前らっ!」
蓮は素早く俺の言った言葉から意図を読み取って、逃げ出そうとする生徒を止める。
月乃は、月乃は──────────。
すでに、この教室にはいなかった。