No,28:彼女⇔彼
テスト死にry
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機動隊や錠越眞奈美さんに保護され、テロ現場から脱出した俺たちだったが気分は晴れない。
月乃は先ほどから一言も話さず、何かを考えているようだった。俯いたその顔は髪が邪魔してうかがい知れない。
悩み考えている内容は、やっぱり壊れない実験台が言い放った言葉だろう。
世界最古のカーヌルブレイン移植者、録武ナナという人名、そんなものが自分の知らない世界で自分に関与しているという。知らなかったことは、まさに自分に関することだった。しかしそれは最悪のベクトルで、だ。
彼女は今何を思い、何を考えているのだろうか。
感情と言うものはいつだって相容れない。人の心なんて知り得ない。だからこそ言葉で伝える。しかし、そのときに具現化される言語が存在しなかったら? 沈黙が常だったら?
人の心なんて1%も理解できないだろう。ただ、話してくれさえすれば。そうすれば力になることだって、支えることだって、理解してやることだってできる可能性と言う者が増える。それは決して無駄なことではないと思う。可能性と言う不安定なものにすがりつくようだが、それは言い方を変えてみれば、視点を変えてみるのであれば、その人に助けを求めると言いかえられはしないのだろうか。
だから、俺は月乃が話してくれるまで待つ。
頼られたいから。助けてやりたいから。
こんな小さな人間が何を出来るかなんて分からないけど。俺は。そう。
月乃が───────────。
「何見てんのよ」
か細い声で彼女は言う。
瞳は揺れ動いていて、虚勢でも何でも俺に構ってきた。いつもの自分を保とうしていた。
そんな彼女に。
「いや。月乃にはさ、俺がついてるから」
「っ──────────」
「って、しまっ」
つい口が滑ってしまった。考えていたことが言語化されてしまっていた。
月乃は目をちょっと見開き、俺はしまったと口をパクパクさせ、沈黙は訪れた。
気まずい、というかなんだか視線が痛い気がする。怒らせてしまっただろうか。
こんな雰囲気で何をふざけているのか、と怒っただろうか。言ってしまった後だから言うが、俺は少し本当のことを言っただけだったのだが。
ギシッ、と座っていたパイプ椅子が悲鳴を上げる。
そうだここは警察の取り調べ室──────────よりは幾分かましな個室だった。
警察はやはり情報が欲しいのだろう。だからこそ、俺たちを保護した。
そしてこの部屋に入れられてから数分、取り調べの人間はまだ来ない。外が騒がしいのは部屋の中からでも分かった。きっとテロの収集などに忙しいのだろう。
その余計な待ち時間のせいで、俺は余計なことを言ってしまったのだろう。
月乃は何も言わない。
ふぅ、と息を吐いて俺は天井を見上げる。真っ白な蛍光灯と目があった。チカチカする。
机2つにパイプ椅子5個だけがある実に簡素な部屋である。
取調室のようなものだからそれは仕方ないか、と再び溜息をはく。
「ねぇ」
いつものトーンで月乃が言う。
「な、なんだよ……」
「さっきの、どういう意味……?」
「どういうって、言葉通りの意味だけど…」
「そう」
落胆したのか歓喜したのかどちらともとれない声色で彼女はつぶやいた。
何だったのだろうか。俺の気持ちに気付いた、のか?
いやでも、そういうのは全てが終わってからーとか、問題が片付いたらーとかそんなときに自分の口から言いたいような気もする。
死亡フラグのようにも聞こえるけど。
あれこれと考えていると、取調室のドアが開かれて眞奈美さんが入ってきた。
「ごめんね、ちょっと今ゴタゴタしててね。 お話聞きたいんだけど、いいかな?」
「待たせておいて許可なんて取る必要があるんですか? どうせ帰さないつもりだったくせに」
速攻で月乃が噛みついた。その口ぶりに俺は驚き、そして少し恐怖した。
『世界最古────────』
あいつの言葉だ。
「つ、月乃。どうしたんだよ! いきなりそんな……」
「あっ……。ご、ごめんなさい」
月乃はすぐに謝った。まるで自分が無意識のうちで言ってしまったかのように。
「いや、いいのよ。 精神的に疲れているんでしょうね。あれほど大きなテロだったものね……、その点桜参くんは強いわね」
眞奈美さんはパイプ椅子に腰かけながらそう言ってくる。手元の資料を何枚かパラパラとめくりつつ。
「拳銃、撃ったのね。 いい判断だったけど当たらなかったようね」
なんで、知ってる?
一瞬、眞奈美さんの眼光に恐ろしいものが潜んでいるかのような錯覚を覚えた。
「あのスーパーの監視カメラ、解析してもらっていたのよ。 だからこそあなた達を救えたわけだし、敵も引き上げていったんじゃないかしら? ごめんなさいね、でもこれ以上テロは起こされたくないしね」
勘違いだったのか、彼女の瞳にはいつも通りの優しげな光が灯っていた。
なんだか、違和感を感じるのは今自分がテロの中心地から抜け出して敏感になっているからだろうか。
だけど、監視カメラで見ていたというのであれば、取り調べは必要だろうか?
現在の監視カメラ技術は正直言ってすごい。
画質の向上はもちろん。どれだけ拡大しようが解像度は低くならず、顔認知システムもある。例えば、監視カメラに指名手配犯が映ったとする。その時、監視カメラはすぐにその人の顔を認知して、警察や近くの無人警官に通報するのだ。
それによって、この国で犯罪を犯して逃げ切れることはほぼない。
次に、録音システム。
その場の状況を作り出す【音】を鮮明に録音するのだ。
会話、効果音、その他に至るまでを全て録音する。
もちろん、音声認知システムが内蔵されている。
この以上から考えるに、あの状況下で起きたことは全て警察────────────眞奈美さんに筒抜けである。
それなのに何故、取り調べを行おうというのだろうか。
俺の考えが正しければ。いや、誰でもそう考えるかもしれない、この状況なら。あの異質な会話の後なら。
「結局、本題を言ってくれないと分かりませんよ。眞奈美さん」
俺は、手に汗を握っていた。
「じゃあ単刀直入に言うわね。 鵜川月乃さん、あなたに関することよ」
「テロの実行犯とも言われている彼が言っていたあの言葉、どういう意味なのかしら?」
愛玩用は次のテロ実行地には親近感を覚えなかった。
それは『普通』とは違う人生を歩んできたからであって、そもそも知識など最初から詰め込まれていたから必要なかったのである。
それでも、憧れはあったかもしれない。
平凡。
誰もが楽しそうに暮らす。仲間たちと過ごす。もしかしたら裏で苦しい思いをしている者もいるかもしれない。それでも憧れていたかもしれない。
それは一つの集合体、それは一つの社会、それは一つの………クニのようだった。
その答えにたどり着くのは実に簡単だった。
集合体、社会、クニの中で人間はどう動くのか。それを壊れない実験台はシュミレーションとして活用したかったのかもしれない。
それとも、別の思惑があるのか。
でも、なんでもよかった。
彼のそばに居られるのであれば──────────。
「ちょっと、眞奈美さん! あんな奴の言うことを信じているんですか!?」
月乃が何を言うのよりも早く、俺はそう口にしていた。
「信じているかどうかは、五分五分ね。 考えに至った要素としては、テロ実行犯の心情の変化、国の対応のしかた、あとは………このことを国に報告した時の態度かしら」
淡々とそう告げていく眞奈美さん。 その声からは真剣さがうかがえたが、俺はそんなことは気にしなかった。
「あんなのはあいつのデタラメだ! 月乃は月乃であって他の何でもない、世界最古がどうだとか録武ナナが誰だとか何だとかはどうでもいいだろ!」
机をたたいて立ち上がる。何故みんな意味不明なことを言い始めるのか。いつから月乃の存在はこんなにも曖昧にされるようになってしまったのか。
あの眞奈美さんでさえ半分は疑っているという。こんなのはおかしい。
「落ち着いて、桜参君。 私だって別に彼女をどうこうしたいつもりはないのよ。いえ……今日話すというのは無理があったかしら。 今日は帰っていいわよ、また後日お話を聞かせてもらえるかしら? 」
その問いに、俺は素直には答えられなかった。
中心街を全て見渡せるほどの高層マンションの30階の一室に男はいた。
もうかかってくることのない携帯電話を握りしめながら映画のスクリーンのような大きな窓からこの街を見渡す。
床には資料が散らばっており、男はいつも清潔に整えている髪を少し乱しながら呻いていた。
「くそっ……機動隊を導入してまだ捕えられないか……なんと言うことだ。 それにアイツ、何故に録武ナナを知っている。 アレは国のそして俺たちの始まりともいえる存在だぞ。俺が考えている以上に事態は最悪かもしれない……」
彼はドンッと窓をたたく。
静かな室内では音はよく響く。
「最悪の事態が起これば……この国の大半のnumberが機能しなくなるぞっ……」
男の呟きも大きく反響した。