No,27:受動
今回は短めです;
怒り、という思考はいつ生まれたのだろうか。少なくとも他の感情よりは早く生まれたと思う。
原動力となり得るもの第一位、争いの種となるもの第一位、諸悪の根源となるもの第一位。少なくとも俺の中ではそういう位置づけとなっている。だからこそそれを崇める強める則る。
光の刺さない廃ビルに差し掛かったところで中から声が聞こえた。哂い声だ。
「あァ?」
暗がりの奥に進んでいくと、小さな光がともされていた。
そこには愛玩用、使い捨て、感情規制が集まっていた。
誰が笑っているかと思えば使い捨てだった。それに対して愛玩用は怪訝そうにそれを眺め、感情規制は目を閉じたまま黙っていた。
「わりぃ。遅くなった」
「おや、やっと来ましたか」
いつもよりかは幾分か調子の上がった声で使い捨てが答える。
何かあったのか。いや、そんなことはどうでもいい。早く全員を集めて次のテロ現場へと向かわせなければいけない。
「おい、全然人数足りてねぇじゃねぇか。あいつらはどうした」
確か俺の出した命令では機動隊は全撃破しなくていいから撤退することが先だというものだったはずだが。どこにも彼らは見当たらない。
ガシャ、と何かを踏みつけた。それはさまざまな色の線が束ねられていたものだった。これは……numberの腕部分の神経線だ。
「あいつら……ですか。私の思い通りに潰れてくれましたよ」
「は………?」
使い捨てが、急に声の調子を上げてしゃべりだした。
「おかげで最高の合作が出来ましたよ! 電磁放出、熱量上昇、痛覚無視を合わせた最高の兵器をね!」
「何言ってんだオマエ……カーヌルブレインが汚染されたのかァ」
「その言葉! あなたにそのままお返ししますよ。今、私はもうあなたに縛られる私ではない。最近のあなたの作戦は確かに完璧です。ですが……ぬるいんですよ」
「なんだと……?」
「犠牲者はほとんど出ない。出たとしても欠陥製品のみ。テロには犠牲がつきものなんですよ? 何故あなたは攻め一点張りで行こうとしないのですか? 私の名前、知っていますよね。使い捨てですよ。しかし、これは受け身型ではありません。私が使い捨てられるのではなく、私が使い捨てるという意味での名前なんですよ!」
両手を広げ、語る。
自分の名前の由来とテロに関する無意味な感想。つまりこいつは、そうか。
あれまで無表情だった彼がこんなにも顔を歪めて熱気をこめて話すことなんざ大したものじゃねぇ。
少なくとも、俺にとっては。
「で、どうするってんだ?」
「私はあなたを使い捨てます。ただ固いだけの人形なんていらないんですよ!」
「へぇ、殺すって。どうやって?」
「電波で、です。あなたを内部からグッチャグチャにしてあげますよ!」
彼はパラボラアンテナのようなものをこちらに向け、コンピュータに何かを打ち込んでいる。
次の瞬間、ガクンッ と膝が折れた。
地面に跪き、頭から割れるような警報が鳴る。
実際は、奴の電波が流し込まれているだけなのだが、俺にとっては致命的だろう。
「あっっはっは! 脆いですねぇ。こんなものですか!」
「ちょっと! あんた本気で壊れない実験台を殺す気なの!?」
愛玩用が叫ぶが、そんなことは気にも留めない。うれしそうに次々とキーボードを叩いている。
俺を殺す、か。
いつもの俺なら死んでいたかもしれない。しかし、俺は今イライラしているんだ、怒りを覚えているんだ。嫌がらせのようにたび重なる出来事に対して、だ。
だから、運がなかったと思え。
ガィィン、とパラボラアンテナが歪む。
「なっ………何を!」
壊れない実験台は拳銃でアンテナを狙撃していた。
アンテナが歪んだことで電波は拡散し、効力はなさなくなった。これでもう壊れない実験台を縛るものはなくなった。
「邪魔してくれやがって………誰に刃向ってんだよ屑が!」
彼の肩が壊れない実験台に殴られ10cmほど沈む。ギチギチと嫌な音を立てて千切られる。
そこからはもう、独壇場だった。
顔を歪ませ相手の顔をも物理的に歪ませる。四肢は引き千切り、口の中に押し込む。無理やり押し込む。
意識が無くなり動かなくなった後も彼の攻撃は止まない。殴り続け、顔面はもう原形をとどめておらず、スクラップされたかのように平べったくなっていた。
「っ………!」
愛玩用はそれを青ざめた顔で眺め、感情制御は冷たい目で見降ろしていた。
廃ビルにはただ、金属同士を打ち付け合うかのような音だけが響いていた。
スクラップになった残骸にはもはや用はないと言わんばかりに蹴り飛ばし、彼は二人に歩み寄る。
「邪魔物は消えた。これから次の行動に入る。………が、優秀な情報担当がいなくなった」
先ほどまでは、居た。
「おい、感情規制。オマエ、コンピュータは弄れるか?」
「出来ないことはないが、どうする」
「やってもらいたいことがある。もちろん、次の作戦の場でだ。……国家牽制はこれで最後にする。この作戦が終わったらクニを破壊しに行く」
「そうか、」
感情規制はそれ以上何もいわない。愛玩用は話せない。
なんだか誰もが焦っていて、疑心暗鬼になっていて、まとまらない。そんな雰囲気の中で危機を感じていた。
地下街作戦は成功したというのに壊れない実験台は全然楽しそうではない。何かがあった。私たちと別れてからの間に何かが。
余計なことは考えたくなかった。これで終わるのだから。
長かった計画もここまでだから。
残った人数は、私、感情規制、壊れない実験台それと残骸と化したかつて生きていた者が残した破壊された仲間たちをツギハイデ作った一体。
4体で、4人で、
この腐ったクニを終わらせる。