No,26:始まりの始まり
GWきたーヾ(●゜ⅴ゜)ノ
いない、いない、いない。
どこを走り回って探しても彼女はいない。
砕けて肉片になった研究員は言っていた、『俺の部屋に拘束してある』と。
いや、実際にはそう聞きとれていな方ので違うのかもしれない。だが、あいつはそういうニュアンスで話していた。現に部屋という単語だけは聞き取れたからだ。
所々で赤ランプが回転しつつ甲高い警報音を鳴らしている。ここはもうとっくに研究所ではなくなっていた。火が舞い、排気管から熱風が噴き出している。うかつにドアを開けるとバックドラフトが起き、爆発が起きたりもする。
いくら頑丈とはいえ、死ぬ時は死ぬ。燃やされても死ぬ時は死ぬだろう。外部からの打撃斬撃等の直接攻撃に値するものはほとんど無視できるのだが、電気、熱、火などには弱いことは実験によって自分でももう理解することが出来ていた。だからこそあの研究員は火事を起こしたのだろう。
そこでふと思う。この施設はどこに建てられているのだろう、と。
こんなことをしているくらいだから人目に付く場所ではないことは確かだ。だが、遅かれ早かれ救助隊なるものが駆けつけてくるのではないのか。
それに、心配するところはそんなところではない。出口が分からないことの方が危惧すべきだった。
俺はこの施設から一切出たことがないうえに牢獄から実験室までの通路しか知らない。
今いるこの場所でさえどこなのかが想像がつかない。その前に、まずここは地上にあるのか? 窓が一切ない。機密の研究室であれば地上に建ててあってもそういうことがあるかもしれない。しかし、ここが地下だとすれば? 窓なんて必要もないし、機密性もばっちりだろう。
だんだんとある感情が雪だるま式に大きくなっていく。
不安、ではない。怒り、だ。
どこまで理不尽でメンドウなのかと。出ることすらも許されず、あいつらの思うままにまた操られて死ぬのかと。自分勝手な理由で造られ、自分勝手な理由で殺され、どれほどあいつらは偉いのだろうか。偉いわけがない。人間というものはそういうものだ。腐ってやがる。殲滅させなければゴキブリのように増え、自分勝手に世界は喰い荒らされていく。俺たちはその道具として一生使われる。そんなことは願い下げだ。だからこそ、逆にこちらが自分勝手になってやろう。
クリアのことなどどうでもよかった。ここから抜け出し、他の研究機関を潰す。彼には大きな目標が出来たのだ、こんなところでぐずっている暇はなかった。
彼は上を目指し、走り出す。
地上に出た時、思わずもれた感想は『空が青い』などそんなものではなかった。『やはり地下だったのか』というそれだけのものだった。知識の中にある単語と今の風景を照らし合わせると、森という表現が一番に合った。
山奥の、森だった。
彼が一歩踏み出した時、研究施設があったであろう一帯が地盤沈下のように沈んだ。
火は見えなかったが、黒煙が立ち上り、終わりを示していた。
クリアも死んだのだろう。どこかの部屋で。
彼女は最後まで謎だった。何の実験台にされているのかもわからず、感情もあまり見えない。もしかしたら俺が助けていればその謎は謎ではなかったのかもしれない。俺は彼女──────クリアを裏切ったのだ。
前日に抜け出すと言いながらも彼女を連れ出さなかった。
これは立派な裏切りだ。
だが、それがどうした。俺は今からたくさんの人間を殺す。姿形が同じモノを殺す。
こんなところでは立ち止ってはいられない。
ここから彼が始まった。
忌々しい回想から覚め、現実問題を直視する。目の前に居るのはやはり存在希薄だ。
これは真実。しかしだとすると彼女は生きていたのか、それともまた俺は幻覚を見ているのか、それが分からないから確かめる確かめるために彼女に触れる。
しっかりとニンゲンのような感触があった。体温が感じられた。
「はーど、………冷たいね」
「オマエが温かいだけだろ」
彼女の頬から手を離し、彼は尋ねる。
「生きてたのか」
「死んではいないよ」
「捕まってたんじゃあないのか」
「アレは研究員の嘘、私は最後まではーどを見てた」
「っ………。何故姿を現さなかった」
「目の前に居たけどあなたが気付かなかっただけ」
彼女はハッキリとそう告げた。
存在希薄───────研究所の資料にもあったように存在が希薄なのだ。あの火事であるという状況下の中で彼女の存在を認識するのは不可能だったのかもしれない。
ただ、今ここで謎は謎ではなくなる。
「オマエはあそこで何のための研究に使われていた?」
「………そんなことより、はーどは何をしようとしているの?」
疑問に質問がぶつかり、火花が散って沈黙が訪れる。
彼女の存在は周りの喧噪によってかき消されそうになっていた。それでも見逃さないよう壊れない実験台は目を凝らす。
やがて口を開いたのは彼女の方ではなく自分だった。
「チッ、国家反逆だよ。 クニを潰すんだよ、だからこうしてテロしてんだよ」
彼女には敵わなかった。黙り合いとなると彼女は真に力を発揮するのではないだろうか、沈黙というのは自分を守る最大の柵となり得る。情報を一切もらさない、声を発しないので声色から感情を読み取ることも不可能、自分の中身を守ることにおいて彼女は最強だったのかもしれない。
だか、それは当時の俺が思ったことだ。
「こっちはイライラしてんだよ、情報は少なくてもあったほうがイイ。ただ目の前に現れただけなら邪魔だ、失せろ」
威嚇は必要がない、彼女には効き目がないだろうから。しかし、用件は伝えないと意味がない。
別に彼女を殺したって構わない、もともと死んだものだと思っていたからだ。謎もそれほどに興味がなかった。だが、今このタイミングで現れたのには意味があると踏んでいる。
だから、欲する。
けれど彼女は壊れない実験台の言うとおりに視界から消えた。
あなたの思惑通りには進まない、そんなことを暗示しているかのようで無性に腹が立った。
彼は一人、ガスタンクを蹴り飛ばしてさらに地下街裏出入り口を炎上させた。
機動隊に周りを囲まれ、俺たちは動けないでいた。
盾のようなものの隙間からは銃口がいくつも見えていて動いたら撃つと言わんばかりに標準が俺たち二人を離さなかった。
「待った、どうやら一般人のようだ。 君たち、ここに眼帯をした少年が来なかったかね」
銃口が一斉に下を向き、身の安全は確保された。しかし矢次に繰り出された質問に対してまともに答えることはできなかった。
混乱していたのだ、月乃が世界最古のnumberだとかカーヌルブレインがどうだとかで明らかにいつものようにふるまえなかった。
機動隊の一人が訝しげにこちらを見据える。疑っているのだろうか、それとも危機迫るこの状況で真剣になっているのか。どちらも今の自分では読み取るどころか把握も出来ない。
だけど、注意を促すことはできる。
「う、後ろ! 危ないですっ」
先ほど壊れない実験台に殴り飛ばされて顔面がひしゃげた殺人鬼が機動隊の一人の背をずっぷりと刺していた。
「くぁ……ごふ……」
ガタンッ と盾を落とし、自らの身体も地面に落とす。そこから殺人鬼は銃を取り上げすぐさま乱射する。
「君たち、下がりなさいっ!」
銃撃戦が目の前で繰り広げられ、発砲音が耳に響く。こちらには盾があるので一方的に砲火が可能だった、しかし撃てども撃てども殺人鬼は倒れない。まるで何かに取りつかれたように機関銃を撃ち回し、その身に銃弾がめり込もうと倒れはしない。狂っていた。完全に人形として使われていた。
あれは、殺人鬼ではなく殺人兵器だった。
銃撃戦を収めたのは一つの発砲音だった。
スーパーの入口から聞こえてきたそれのあとに殺人兵器は床に倒れた。そしてそのスーパーの入口で銃口から煙を上げさせていたのは生徒会長の姉、若くして警察となった錠越眞奈美さんだった。
「亮君、また巻き込まれちゃったみたいだね」
彼女は涼しげな表情のまま格好よくそう言い放った。