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No,25:血塗りの過去

「おはよう」

生まれて初めて聞いた言葉がソレだった。

『赤子』という存在から始まるのではなく、彼は少年から始まった。

全長160cm程度のその身体は妙にだるく、到底動けそうもなかった。意識もぼんやりしていて視界も霞んでいてよく見えない。なのに、言葉だけは何故か聞き取れていた。それは透き通るような綺麗な声だったからだろうか。

次に目が覚めた時には起き上がることができるようになっていた。立ち上がることも歩くことも、走ることだってできるようになっていた。頭の中は空っぽだったが、狭い部屋の中で隅の方を避けて走り回っていた。

次第に知識が知らずのうちについていき、感情というモノも持った。言葉だって話せるようになった。

そこで部屋の隅に居る彼女に話しかけた。

「ここ、どこだ」

彼女はほんの少しだけこちらの顔を見て、微笑を浮かべてわからない、と答えた。

右を見ても左を見ても、もちろん上も下も後ろもコンクリートで塗りつぶされていた。唯一、前方のみがコンクリートではなかったが、天井から床にかけて柵が張ってあった。

牢獄、とどこで知り得たかもわからない単語が頭に浮かぶ。知能を持ったころから逆に分からないことが増えて、彼は困惑していた。

自分はなんでこんなところに居るんだろう。彼女は誰なんだろう。自分のことさえ分からない。

柵に触れ、顔をのぞかせる。

暗い廊下が左右に広がっていた。点々と赤いランプがついているのが分かるが、それ以外は情報は無かった。

再び彼女に話しかけようと後ろを振り返るが、彼女はいなくなっていた。

おかしいな、と思い目をこする。彼女はいない。辺りを見渡してもいない。

「どうしたの……?」

彼女の声がして、驚いて柵に背をぶつける。ギィン、と音がした。彼女は目の前に先ほどと変わらない体勢でそこにいた。

「?」

彼女は疑問符を浮かべるが、それ以上に彼は困惑していた。

確かに先ほどまで居なかったはず。

そんなことを考えているうちに、人がやってきた。

「出ろ」

白衣を纏った男は彼の手を強引に掴んで牢獄から出し、暗い廊下を進んでいく。

彼が男に手を引かれた瞬間、彼女はとても悲しそうな目をしていたが、それは彼には分らなかった。

暗く長い道を歩いていると、色々な声が聞こえる。

『いやだっ、いやだぁぁぁぁぁっ!』

『ぐっ、ぎぃぃやあああああぁぁぁぁぁっ!』

『やだ、やめてよぉ……いやぁっ!』

これは声ではない、と否定する頭があった。これは断末魔というのであると答えを出す頭があった。

これから自分が何をされるのか、それが今彼の脳内を占めていた。



目が覚めた。アレは夢などではなく、現在進行形で続く現実だった。

「大丈夫? はーど」

横たわった自分のとなりに彼女が立っていた。

「はー……ど?」

「そう、あなたの名前」

「名前……」

物や人物に与えられた言葉のことで、それらを識別したり呼んだりする際に使われるもの。自分の知識にはそうある。

いわゆる、呼び名。

「お前の、名前は?」

「くりあ」

「クリア?」

「そう、くりあ」

彼女はクリア、というらしい。なかなか感情を表に出さない彼女は不思議な存在だった。

と、身体に激痛が走る。

「ぐあぁぁぁぁぁっ!」

いきなりの理不尽な痛みに対して顔をしかめつつ、首だけを動かして自分の身体を見渡す。

腕に、胸に、足に、亀裂が入っていた・・・・・・・・

そこで彼の記憶が実験の情景を写し出した。

『切断に対する耐久性はどこまでが限界だと思いますかね、教授』

『そんなことは実験すれば分かることだ。感情データの方も忘れずにな』

何やらよくわからない箱に入れられた。

そのあとに全方位から刃物が飛び出してきた。

単純な、ごく単純な実験。刃物の飛び出す速度や刺すまでの力、それを徐々に数値を変えて実験するのだ。

痛い、なんてものじゃなかった。

死に近い感覚が圧し掛かってくるようなものだった。

痛みの次には怖さが襲ってくる。後何回同じことがあるのか。連れていかれていた時、他の部屋から聞こえた断末魔の正体が今判明した。

「ぁ…………」

声が出ない。

意識も、遠のいていく。



実験は、終わることは無かった。

切断、圧力、衝突、貫通、感電、高熱、冷凍、さまざまな耐久実験が何回も繰り返し行われた。

その度にもがき苦しみ、喉を枯らし、感情が固められていった。

ただ一つ、変わらなかったのはクリアだけだった。

彼女はよく観察しないと笑っているのか、悲しんでいるのか、怒っているのかが分からない。喜怒哀楽といった感情は持ち合わせているもののあまり表には出さないのだろう。

白を基調としたワンピースを着ながらも裸足であり、流れるような長い髪に綺麗な顔立ち。だが、彼女は存在が希薄だった。

心身共に腐り果てボロボロになった少年は、恐怖ではなく次第に怒りを覚える。

何故自分がこんな目にあうのか。あの白い白衣を着た奴らは何を考えているのか。いつまでもただの実験道具ではいられない。

「クリア、あいつらは何なんだァ」

「人間っていうの」

「俺たちとは違うシュゾクって奴だなァ……腐ってやがる」

「でも、私たちは人間から造られた」

「それが何だってんだ、俺はいつまでも実験台でいるわけにもいかねぇんだよ」

彼は実験を繰り返すたびにとある力を手に入れていた。

『皮膚硬化現象』、脳内からの電気信号を自ら操ることによって皮膚を硬化し鋼のように固くすることができるのだ。

「これで、あいつらを殺す。そして明日、ここから抜け出す」

「はーどはここから出たいの?」

「何言ってやがんだよ、出るに決まってんだろぉが。 気味がわりぃ、何よりも気にくわねぇ。殺して殺す以外の選択肢が見つからねぇな!」

「そう、」

そういうと彼女はすっ、と霧がかかったように見えなくなった。

どういうわけか、クリアはたまに消えるときがある。もしかして俺が幻覚を見ているのか、それともあいつにも特殊な力があるのか………。腐った研究員が誰一人としてクリアの名前を出さないということは前者の可能性の方が高いのだが。



次の実験の際。彼は暴れることを決意した。

両腕に手錠、目隠しをされいつものように暗い廊下を引かれながら歩く。最近ではめっきり断末魔がなくなり、廊下は静かになっていた。

「オイ」

「黙れ、貴様は口を利くことは許されん」

「いいから教えろよ、最近声が全然聞こえねーんだけど?」

「っ、はははっ。大方死んだか使い物にならなくなったか精神崩壊したかのいずれかだろ。あるいは玩具にされていたりな………お前は結構長く持つな」

いつも以上に饒舌な研究員。何かいいことがあったのだろうか。最後に聞いてみる。

「なんかいいことあったのかァ。ずいぶんとおしゃべりじゃねぇか」

「はっ、貴様に言っても分からんだろうがその玩具が手に入ったんだよ。今から楽しみでならない」

研究員は鼻息を荒くしてそう答える。

そうか、それはよかったなァ。しかし、いいことの後には大抵、悪いことが起こるだろぉ?

「残念だったな、オモチャで遊べなくてよぉ」

ゴリッ、と丸いものを弾き飛ばす感覚が手から伝わってきた。

ちなみに今、硬化している。

手錠を強引に引き千切り、目隠しを取る。床には眼鏡をかけた研究員が鼻血を流してあがいていた。

「オマエが死亡第一号だな」

グシャ、と何かが潰れる音がした。


次に向かったのはいつもの実験室。試験部屋ではなくモニター部屋のドアを蹴り飛ばし、中に侵入する。

「なっ、貴様っ!」

「逃げ出しやがったか!」

一人の研究員が銃を持ち出し発砲する。そんな物は効かない。

「オマエらさァ、俺にどんな実験してたか忘れたわけじゃねーよなァ。なんで効かねぇって分かんねぇんだ? 動揺してんのかァ!」

なんだか知らないけれど、楽しくなってきた。

相手の口に両手を突っ込み、上下に引き裂く。

「ほがぁっ、っぎぃやぁぁぁぁっ!」

もう一人の研究員は、骨格が変わるほどに殴りつけてやった。

ガンゴンギンゴッ、

それから、わけのわからない機械を破壊して回った。

さまざまな場所をめぐって、ドアを開けて、破壊した。

色々な部屋があった。死体廃棄場、新たなる被験者製造場所、資料庫。

その中に、ネームプレートがドアにはめ込まれていた部屋があった。研究室のようでPCや資料が乱雑に置かれていた。資料に見覚えのある写真が貼ってあったのを見つけた。被験者資料、らしい。

壊れない実験台ハード』、『存在希薄クリア』……それ以外の資料には×が書かれていた。

あの研究員が言っていたことを思い出す。

断末魔を上げていた奴らは死んだのか、声だけしか知らないとはいえ何だがおかしな気分になってくる。

資料を破り捨て、奥に進む。一番奥にはデスクが鎮座しており、妙に片付けられたそのデスクの上には一通の便箋があった。

どこかの会社名が書いてあった。だが、それだけで本質はしっかりと理解できた。

同業者だと。

その時彼は、腐った会社を潰して回ろうと決めたのだった。

ここは燃やしてしまおう。そう考えてからクリアを探すことにした。


だが、彼女はどこにもいなかった。


「んだァ……やっぱり幻覚なのかァ」

しかし、彼女は自分に触れていた記憶がある。幻覚は触れないはずだ。それに、彼女は俺が生まれたときいや、意識を持ち始めた時からいた。それに資料があるではないか。


再び探し始めたが、牢獄にも、実験室にも、どこにもいない。

走り回るのに疲れ、叫ぶ。

「クリアっ! どこに居やがるっ!」

しかし、答えは返ってこない。

その時、ゆらりと白いものが動いた。

クリアのワンピースかと思い、それに近づいていく。

妙に左右に揺れるそれは、おかしいくらいに歩みが定まっていない。

「オイオイオイ、死んでねーのかよ」

「しぁしあ、こんにゃことでじんげんはじなーぇよ」

それは先ほど口を引き裂いた一人の研究員だった。

血をだらだらと流し、まともに話せていない。ずっと血濡れた歯が見えている。

「くりあ、とぜっしょくしでいだらしぃな………」

「あ? クリアがどうしたって?」

「おでのべやに……ごうぞくしだ。 あではおれのげんぎゅうだいじょうだったがらだ、……でぁが、もうびぃ。ごごをがぐばじで、ぎざまどどもにじんでやる!」

爆破、だけがかろうじて聞き取れた。

研究員は懐から取り出したスイッチを押し、携帯端末機で何かを操作し始めた。すると。

ゴゴゴゴゴゴゴッ! と地面が揺れ、後方が火の海にのまれた。何かが爆破された。

「ヴぁっ………ごれで、ぎざまもおでもおばりだ!」

研究員は倒れ、意識をなくす。それでも彼はもう一度顔面を踏み砕き、殺す。

ここが倒壊する前にクリアを探さなければならない。




タイムリミットは、あまりにも短かった。












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