No,24:多方向
多少の心配はしておくことに限る。それはどんな事態に対しても柔軟に対応できるようにするためだと私自身は思っていた。
私の名前の由来は、使い古されるものではないものから来ている。
割り箸と似たようなものだっただろうか。そんな時代に生きていない私には理解できない代物だが、その程度のものだったのだろう。しかし、生きる上ではそんな存在ではいられない。
いや、社会的には存在していなかったとしても、認識的には存在していたのだ。そのうえで生きていくにはやはり使い倒されるだけでは駄目だと理解できていた。
だったら、逆に。
そういう動きを逆に相手にしてやることで存在価値が出るのでは?
この世界に居るために、自分はそういう動きをしないといけない。
近くのモノから、順番に。
自分が君臨するためには動く。
彼はモニターを見ながら呟く。
「相討ちだろうとは………思っていましたが。 廃材回収は欠陥製品にでも任せましょうか」
モニターには廃材共が映っていた。
おかしい、と彼女は思っていた。
確か中央街の外れにあったビルを制圧した時は完璧なる作戦で、途中参加した警察やそのほかの部隊もよくあしらえていた。この人たちは本気で国を制圧しようと考えているのだと理解できた。
それなのに今、どうしてこんなことになっているのだろうか。
最初の警備隊はよかった。簡単にあしらえた。次に機動隊が現れた時、明らかに雰囲気が違った。
相手は殺す気で向かってきていた。
私は磁力を発動して弾丸をずらしたり、鉄屑などを集めて叩き下ろしたりこちらも殺す気で行った。
しかし、相手の行動もまた違った。
捨て身。
守りつつ戦うのが警備隊、機動隊の常識なのだが攻め重点でやってきた。
倒れるものは見過ごし、攻められるものは攻める。
鬼気迫るものがあった。
だが私たちに与えられた作戦は『殲滅せよ』とのことだった。
作戦を組み立てた人間が変わったとしか思えなかった。
そう気付いた時にはもう遅く、私は空を仰いでいた。
隣には熱量上昇が転がっており、痛覚無視はいなくなっていた。
私たちは使い捨てられたのではないか。そう言えばそう呼ばれていた奴もいたような気がする。
瞼が下がってくる。身体が動かない。またあそこに戻るのだろうか。
直後、機動隊の面々は弾け飛んでいた。
しかし彼女はそれを理解する術がもうなくなっていた。
「意味が分かんないよ………私が、何?」
月乃はおびえていた。確かにそうだ、いきなり頬の製造番号に触れられ、哂われ、終いには頭の中身が自分じゃない? それは不安になって当然だ。
「お前さんはオマエであってお前さんじゃねぇんだよ。世界最古だよ、初代numberだっていってんだろ!?」
「お前………適当なことばっかり言ってんじゃねぇよ!」
「適当じゃねぇよぉ!」
彼は両手を振り上げ笑って答える。
「世界の表に生きている奴が何を言える? 俺は裏だからこそ知っている。第一、顔に製造番号なんてモンを刻む奴がいるかァ? 居ないだろうなァ、なんたって表の世界じゃあ憲法にまで食い込んでいるんだろう? 人間とnumberは同等だってよ。最悪区別のために製造番号を付けるにしたって見えない場所にするもんだろぉ? 」
彼は続ける。
「つうか、製造番号なんてものが必要なのかァ? 平等だと言って回っていることに対して矛盾してねぇかァ? そういうもんだよ、この世界は狂ってやがんだよ。実際問題、俺はnumberだ。だが、製造番号がねぇ。それは要するに秘密裏に造られたってことだろ? 私利私欲のためだけにだろう?」
悪意が噴き出し、俺は混乱する。
世界の裏、なんてものは知らない。
「オマエはみただろぉ、あの時俺に起こったことを…よぉ」
あの時、一回目のテロのことを指しているのだろう。はねのけられた拳銃が目に入る。
「あ……」
そうだ、確か晶さんが撃った拳銃からの弾丸が逸れた……?今俺の目に入っている拳銃から放たれるのと同じ硬質ゴム弾が当たったはずなのに逸れた。これが示すことは?
「俺がクニに作られた理由は実験台だ。ネーム、『壊れない実験台』」
「壊れない実験台……?」
「そうだ、人間様のためだけに生み出さた。わざわざ感情のオマケつきでよぉ。感情データ、耐久データを取るためだけにな」
ナンバー製作の裏側、だった。紛れもなく体験談だ、そう感じさせるものがあった。先ほどまでの殺気とは違う、なにか底から湧き上がって来るかのような悲しみとも怒りともとれた。
「まぁ、俺のことはいいだろう。それよりお前さんだよ……キニナルナァ。何のために何で作られたのかもわからねぇ…くくくっ、ぎゃははははははっ!」
「お前…本当は知ってるんじゃないのか!」
「知らねーなぁ、知らねぇ……おっと、上も終わったらしいな。次の目的も変更だなぁ」
彼はそういうと踵を返してスーパーの奥に入っていってしまった。レジに突っ込んだ欠陥は未だに動かない。俺は彼を追えなかった。
それより月乃のことが心配だった。
「おい……月乃?大丈夫か!」
「……」
「月乃っ!どうした、月乃っ!」
「うるさいなぁ……大丈夫だって……ば」
どうしても大丈夫には見えない。無理をしている。
「あんな奴が言うことなんて嘘に決まってるじゃん……っ。その前になんであいつ捕まえないわけ!」
「つ、捕まえるって、あいつには拳銃が効かないんだよ…」
「そんなの知らない!追うわよ…」
月乃は俺の手を取って走り出そうとする、そこで
「動くなっ!」
機動隊らしき防具をまとった面々がスーパーの入り口に現れた。
余計なことを話してしまった、と少なからず壊れない実験台は思っていた。
しかし、自分のことなどどうでもよかった。結局テロの動機がどうだからと言ってそれで何かが変わるわけではない。それだけは揺るがない真実だった。
「あの女………」
まさか本当に実在しているとは思わなかった。世界最古のnumberのカーヌルブレインを移植された者が。しかもそれが正常起動しているということはもっと驚きだった。やはりこのクニは面白いことをしてくれる。アレは一体何の目的があって造られたのか。それがキニナル。
いや、本当のところは目的などないのかもしれない。またはただの実験なのかもしれない。
numberを作るのには金がかかる。それはそうだろう、何から何まで用意しなければならないのだから。
そこで彼は思いつく。もしかしたら、と。
『number再利用実験』そんな言葉が頭の中に浮かぶ。
死んだnumberの脳の部分。つまりカーヌルブレインのみを再利用し再びnumberを生み出す。もしそんなことが可能なら必要資金はぐっと減るのではないか。
それはかつて生きていた者の身体の一部を初期化して再利用するということで間違いない。
numberと人間は同等だとほざいているクニ。今、どれほどおぞましいことをしているのか分かってるのか………。
壊れない実験台は、スーパーの裏手から非常用階段を上り、地上に出た。
そこで見てしまった。彼女を。
ここでの彼女は月乃のことを指しているのではない。
顔は作り物の人形のように美しく白いワンピースに身を包み、長い長い白髪を風に靡かせて裸足でそこに立っている彼女だ。
アノカノジョ、ムカシニデアッタカノジョ、オレガウラギッタカノジョ。
そいつが今、目の前に居る。
「は………っ、なんだァこれは。幻覚か、俺の妄想かァ………それともクニの奴が俺に電波ジャミングをかけてんのかァ」
口ではそう言うも、彼は本心では分かっていた。彼女がそこに在ることを。
今、まさしく実体のあるもので逆らいようのない現実なのだと。
「久しぶり………はーど」
彼女は無表情のような顔の中に少しの笑みを混ぜて彼の名を呼んだ。