No,22:被害拡大
警備隊の一人は目の前の現状に困惑していた。もちろん、多くの訓練を積んでいるのでこんな場合の対処法などはいくらでもあることが分かっていた。だけど、それでも、彼は困惑していた。
なぜなら。
無人警官が何故こんなにも簡単に壊されていくのか分からなかったからだ。
外部からの耐久性は世界一とまでいわれたこの材質の壁をいとも簡単に取っ払ってみせるなんて人の技ではない。異常、明らかに異常である。そんな場合の対処法なんてものはテキストのどこにも載っていない。ゆえに、敵の制圧方法が分からない。何故あの頬に傷のある少年が無人警官に触れるだけで内側から破裂するようなことが起こるのだ?
あの黄色の髪の少女は何だ? どうして彼女の周りには鉄くずが集まっていく? それによって形成されたアレは何だ?
最後に一番先頭に位置する銀髪の彼は?
どうして硬質ゴム弾が効かない!? アレは大の大人でも当たっただけで悶絶するような威力だぞ!?
意味が、分からない。世界に何らかの歪みが、いや秩序が乱されている!
「うぉわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
彼は連射モードに切り替え、硬質ゴム弾を辺り一面にばら撒く。
頬に傷のある少年は無人警官を盾としている。黄色の髪の彼女は鉄くずを盾と変化させている。銀髪の彼に至っては防ぎもしない。
馬鹿なっ………!
そんなとき、無線から許可が下りた。
彼は迷わなかった。実弾を使うことに。
「次こそ、次こそっ………」
実弾を連射。全ては銀髪の彼に当たる。血飛沫が上がり、糸の切れた人形のように地面に転がる。
死んでしまったのかもしれないけど、彼はそれでもよかった。頭の中の何かが危険信号を発していたからだ。殺さないと殺される。
ふと、違和感に気付く。
おかしくはないだろうか。仲間からの無線でのやり取りが先程から一切ない。それに後方援護がなく、実弾を乱射しているのは自分だけだった。
最悪な場面を思い浮かべながら後ろを振り向く。嫌だ、嫌だ。そんなこと、あってはならない。
エリートの警備隊なのだから。自分たちは。
後ろには。
四肢を切断された仲間、無理矢理何かで貫かれた仲間、重量のある無人警官の下敷きになっている仲間………がいた。いや、そこに『モノ』として転がっていた。
「ぜんっぜん、感じねぇ」
警備隊の彼は視界が暗くなる寸前に銀色の流れ星を見た。
全てをモニターを通して見ていた使い捨ては柄にもなく満足していた。警備隊なんてこんなものかと今なら嘲笑出来る気分だった。機動隊レベルの人員を持ってこないとあの三人は潰すことは不可能だと確信していた。だからこそ、後ろの人物の存在に気がつかなかったのだが。
「誰だ」
「………」
相手は何も返事はしない。しかし、敵意は感じられない。注意を払っていないと隣に居ても気付かない程度の存在感だった。自分よりも身の隠し方に長けていると一瞬で負けを確信した。しかし、殺し合いとなれば話は違う。自分の方が確実に場数は踏んでいるはずだった。
使い捨ては振り向くと同時に拳銃を発砲した。
バガァン! と中央制御室の壁に穴が空いた。
そこには誰もいなかった。
「まさか……」
そこで前に壊れない実験台が言っていたことを思い出す。
あいつは誰だ、と。
だが、そんな些細なことは忘れることにする。今のは自分の勝手な妄想だ。多分気が高揚していたのだろう。
そんなことよりあの三人に撤退命令を出そうと無線機に手を伸ばすが………、モニターに不審なものが映った。機動隊の動員。いつの間にか到着していたのだ。
「ふぅ、どうしましょうか……ここはあの三人の力を見せてもらうべきでしょうか」
どうせ壊れたって大した問題にはならない。貴重な能力だが、サンプルはもう取れた。壊れない実験台がなんと言うかは分からないが、そんなことは気にしなくていいだろう。
彼はまた、誰かを使い捨てにしようとしていた。
西口にはあまり人は集まっておらず、やはりシャッターが降りていて出ることはできなかった。
歩き疲れたので適当なベンチに座って休憩をとることにした。しかし、どうしたものだろうか。
この調子であればおそらく東西南北全ての出口は閉まっていると考えられる。北口では今頃爆破されたリニアの消化活動などが行われているのだろうか。だが、何か引っかかることがある。
この間のテロとは少し違う点が見られる。それは、怪我人の数だ。
確かに、走って転んだり地下街に閉じ込められた人同士の喧嘩などで怪我をしている人はいるかもしれないが、決定的にこの間のテロとは重体の頻度が弱い。何か他に目的があるのだろうか。人々を傷つけることが目的なら、テログループの人間がこの地下街にいなければならない。しかし、それではもし救助隊が来たときにどう対処するのだろうか。自害? 巻き込んで自爆? どれも合わない気がする。同一犯なのであれば自分たちは安全で、的確に素早く破壊を行ってくるはずなのだが……。
そんなとき、天井が揺れた。
「な、何? 地上で何が起こっているの……?」
テロか、もしくは救助隊が出口を爆破したか。……いや後者は考え難い。出口に密集している人間も吹き飛ばしてしまう可能性があるからだ。何が目的なんだ……?
「多分、救助隊が到着したんじゃないかな」
「どうでしょうね。……内部と連絡が取れないのに危険を冒してまで出口を開けるの? 開けるにしたって爆弾とか……」
月乃はやはり分かっていた。それならば考えることは一つだろう。
「他の出口を探すしかないんじゃないかな……」
「亮もそう思ってた? ………一応私、思い当たる節があるんだけど……」
「出口の?」
「そう、だって考えてもみてよ。明らかにこの駅地下の構造っておかしいじゃない。十字路になってるんでしょ? 物資を運ぶ時はどうしているの? わざわざ東西南北のどれかの入口を使って運んでくるの? そんなの手間がかかるだけじゃないの?」
「そうか……物資を供給するための専用通路があるかもしれないって?」
「うん。だってさっきからおかしいとは思っていたのよ。ほら、従業員があまりいないでしょ?」
思い返してみる。南口まで行った時も確か一般の人だけだった気がする。
店の人は自分たちだけで逃げたのだろうか。……普通こういうのはまとめてくれたり、声をかけてくれたりするのではないのだろうか。
「亮の思っていることは分かるけどさ、その脱出出来た人たちが救助隊を呼びに行ってくれてるかもしれないじゃん」
「そうだよな………?」
そうは思うが、何かが引っかかる。呼びに行ったのなら戻ってきてもいいのではないだろうか。戻ってきて出口に殺到している人たちに呼び掛けてくれたりはしないのだろうか。
しないのではなく出来ないのだとしたら。
物資運搬用の出口がどうにかなっている、もしくは出ていった人たちがどうにかなっているのではないだろうか。
暗い考えは捨て、今はただ助けを待つだけだった。
ファーストフード店で働いていた青年は血を噴きながら地面を這っていた。場所は物資運搬専用通路。この坂道を上がっていけば工場地帯に出られるはずだった。
ここで勤めている者たちの話し合いでは一旦ここから外に出て、救援を呼ぼうというものだった。
そのはずだったのだが、道が阻まれた。
前方から歩いてきた眼帯をした少年。それと数人の男達。
少年の目の焦点はしっかりとしていたのだが、男たちはどこか虚空を見つめているようで気味が悪かったのを覚えている。
少年が命令すると、男たちは一斉に発砲してきた。
店長が撃たれ、バイトの子が撃たれ、自分が撃たれ、……容赦はなかった。彼らは殺す気で来ていた。
何も出来ずに倒れた。
そんな俺たちに眼帯の少年は言った。
『自分たちだけ逃げようったってなァ………醜いな』と。
違う、そうじゃない。俺たちは、ただ助けを……。
結局、彼も何も出来なかった。