No,02:手紙とクレーン
numberとは、と問われて機械であるとかロボットであるだとか言う答えは間違ってる。
いや、実際には半分正解といったところなのだけれども正確に言うと疑似生命体。
試験管ベイビーというものをご存じだろうか。100年ほど前までは作れたとしても寿命は短く、また筋力や知能などが備わっていないために完全なものには程遠かった。
しかし100年後の今現在の科学技術では、完璧なものとなった。
人工DNAに始まり、人工知能、筋力生成のための電気信号制御装置、などなどが相次いで新たに作られ、試験管ベイビーなどは優に作れるようになってしまった。それでも人間にはできない。
人工知能は機械。各部の関節なども機械に頼っている部分もある。よって、人間ではない、人の形をした作られた生命体なのだ。それは時を経てnumberと呼ばれるようになった。
今では先ほどあげたような『人間ではない』という言葉を使おうものなら人間によって罰せられる。
極端な話だが、人間とニアイコールなのである。話が矛盾しているのだが、生き物である以上そして作られたものとはいえ知能や感情を持っていること、最後に基盤は人間であることから人間自身が考え方を改めたのだ。
感情があって神経もある、知能もある。機械部など全体の10%しか占めていない。
肉体があって傷つけば出血だってする。ほとんどと言っていいほど人間と同じなのだ。
そこで本題なのだが、何故numberは作られたのか?
食糧不足が悩まれる近未来に向けての対策にはどうも結びつかないと思わないだろうか。
numberは人間とほとんど同じだと先ほど言ったが、そのため食事だってする。
政府のとった行動はわからないことばかりであった。numberは将来的にそのほとんどが科学者となりその知能で食糧問題について考えていくのだと聞いたことはあるのだが、それだけでは何も変わらいないのではないだろうか。
しかしこうも考えられる。
一家に子供は二人までという政策と、numberの政策により人口爆発は防ぐことができる。
それに人口が一定に保たれるのだ。今はそれで一時的に足止めをしているだけなのだろうか。
それならば理解はできる。だが、それを表向きに発表していないのは何故なのかという疑問がまた湧き上がってくることだろう。
まだよくは分かってはいない。
今日の授業がすべて終了した。
俺は部活に入っているわけでもないので、早々と帰る支度をする。
「さ、今日はゲーセン行くんだっけ?」
耳元で囁くように気持ちの悪い声が通り抜けて行った。
背中に悪寒が走り、鳥肌が腕に大量発生する。
「行かないから、というか気持ちが悪いから。蓮」
帰り支度を終えて後ろを振り向くとファッション感覚で髪を茶色に染めた不良によく間違えられる友達がいた。
実際はそんな奴ではない。
「え、いかねーの? クレーンゲームやろうぜ?」
「なんでクレーンゲームなんだよ。つか、最終的にお前は商品が無くなるまでやるから嫌だ」
「そういう遊び方だろ?」
全然違うと思う。ちなみにこいつはクレーンゲームを愛しており、そして極めている。
100円で一つの商品を取っていく。腕はプロ以上と言っても過言ではない。
そんな蓮はついこの間近所のゲームセンターで一つのクレーンゲーム機の中身を必要最小限の金額で空にして、店員を泣かせていた。
当の本人は、ものすごく楽しんでやっていたそうだ。
ついていっても俺が面白くない、勝手にクレーンゲームに熱中しはじめるからだ。
「そういえば………月乃は?」
「お前のお仕えするお嬢様はさっさと帰りましたよ、っと」
蓮は鞄を肩にかけなおす。あの膨らんだスクールバックの中には何が詰め込んであるのだろうか。
「んだよその言い方。俺が下僕みたいじゃないかよ」
あ、下僕かも。
「なんでもいいからゲーセン行こう、というかクレーンゲームやろう。家にクレーンゲーム機欲しいな………」
本気でそんなことを呟いているので、知らんふりをした。かかわってはいけないと体が拒絶を始めていたからだ。
それにしてもおかしいことがある、いつもなら授業が終わった瞬間月乃が『帰るわよ』と声をかけてくれるのだが今日はさっさと帰ってしまっていた。まぁ、それはそれでいいのだけれども一言ぐらいあってもいいと思う。今までこんなことはなかったから知らずのうちに動揺しているのかもしれない。
「亮君、亮君」
声のした方向からは油で顔がてかてかになったザ・ドM、谷枝がこっちに歩み寄ってきていた。
なんで汗かいてるんだろう、と真剣に疑問に思いながら少し距離をとる。
「なんで離れるのさっ!」
「いいからそこで喋ってくれ」
「……………」
谷枝は黙ったままポケットから『女王降臨!』と書かれたハンカチを取り出して汗をぬぐう。
あえて突っ込まないことにする、正直言えばあまりかかわりたくないのだが。
「鵜川様は………彼氏ができた! のだろう。 ………おそらく、たぶん、やっぱり嘘かも」
「わりぃ、マジで意味不明だし腹立つから。殴ってよい?」
「男の子からは暴力は受け付けない! そこには苦痛しかないからね。女の子なら僕は喜んで受けとるよ! それにゴミを見るような眼をプラスされるなら喜んで───────」
ろくな奴がいなかった。
真面目な奴がいないことにいまさら気がついて自分の友好関係の狭さを思い知った。
自分自身でそんな真実を発掘しておいて傷ついていた。馬鹿みたいだった。
いつも通りではない放課後にはかなりの違和感を感じられずにいられなかった。
金髪の髪を揺らしながら美少女は商店街を歩く。行く人はその可愛いとも綺麗とも取れるその容姿に目を惹かれていた。二つの金色の尻尾を揺らしながら彼女は歩く、考え事をしながら。
だからだろうか、道行く人と肩がぶつかってしまった。ラフな格好をした短髪の青年だった、大学生にも見えるその体格はスポーツをやっているようだった。
「す、すいません」
彼は急に顔を赤く染めておどおどしながらシュバッと頭を下げてきた。
大丈夫です、と一言言ってから歩みを開始させた。同様に思考も。
自分が容姿がいいとは散々言われてきた。頬に刻まれた製品番号ありにしてもそう言えるのだろうか。よくわからなかった。今までなんども手紙というものを受け取ったことはある。でも内容は外見のことばかりだった。性格については何一つとして書かれてはいない。それはそうだ、『男』とかかわることなんて亮を除いて全くと言っていいほどないからだ。性格云々関わったことのない奴に分かるはずがない。だから今回も気にしないつもりだった。
なのに。
気になった。相手はどんな人か知らない、だけど気になった。
手紙の内容、はどうでもよかった。字が気にかかっていた、下手でも一生懸命に書いた字。
今までのは本当に取り繕ったかのような字で、気持ちなんてものは微塵も感じなかった。
今回は会ってみようかな、と思わせるような感覚だった。上から目線だろうか、でも結局は会ってみようかなでおさまる程度だった。それは決まっていた。
「あ、………亮置いてきちゃった」
それほどまでにこの手紙に心を惑わされていたのかもしれなかった。
だが、すべては明日だった。明日の放課後のことだった。
「クレーンゲーム楽しかったなぁ、亮?」
ビニール袋いっぱいにクレーンゲームで取った商品を詰め込んだものを両手に提げた蓮はにやにやしていた。ちなみに使用料金はたったの2000円。商品は二十個、100円で一個取った計算となる。
いつの間にか人だかりができていたので、俺は自動販売機の置いてあるほうに避難していたわけだが。
店員も白い目でこっちを見てた。
「いや、楽しかったのはお前だけだろ………。毎回人だかりができんのは仕方ないけど俺が暇になるんだよ」
「だから一緒にクレーンゲームやろうぜ」
「あれは一緒にやるもんじゃねぇんだって」
夕日に染まりつつある町並みはすべてが茜色にコーディネートされていた。
そのなかでギランと茜を反射している女の子がいた。
「あ、亮。…………と蓮」
月乃だった、買い物袋を提げているあたり近くのスーパーにでも行っていたのだろう。
「今帰りなのか? なら一緒に帰ろうぜ」
俺、蓮、月乃の三人は同じマンションに住んでいる。蓮と月乃は国から提供されて、俺は親父が使っていたものを譲り受けて住んでいる。学校からもほど近く、スーパーもコンビニも娯楽施設も近くに存在する。なかなかの良い立地条件なのだ。
「とりあえず亮は私の荷物持ってくれるらしいし、いこっか」
俺に目線で合図してくる。今日こそは、と反撃を試みてみる。
「いつもいつも俺に持たせるんじゃなくてさ、たまには自分で持ったほうがいいぜ? 体力もつくから」
「え、………亮は私の荷物持ちをよろこんでやってくれるんじゃなかったの?」
「あるかそんなこと! 間違いなくお前の脳内でねつ造されてるよ!」
「………」
上目づかい完璧な下から見上げる角度四十五度で迫ってくる。
これは可愛いとかのレベルじゃなく、常人でも悶え死ぬレベルの攻撃だった。
しかし俺はこれが演技だと知っている、知っているのだが………。
「し、仕方ないな……」
勝てない。
「やった、流石は亮ね」
そう言って軽い足取りでマンションまで歩いていく月乃。金色の尻尾が二本、揺れ動いていた。
「甘い、甘いぞ亮! ここで甘やかせてはいけない気がするんだ、俺なら悶え死ぬけど!」
「死んだら駄目じゃん………。てか蓮だって負けてんじゃん」
「それが男ってもんだろう!」
「いや、そんな目を輝かせて言われても……」
のろのろと二人は月乃の後を追うのであった。
『これはこれは、どうされましたか?』
「俺ダよ、覚えテねぇのかァ?」
暗闇にひっそりと構える100年以上も前の過去の産物、電話ボックスの中に長い髪の少年がいた。
片目に眼帯をし、顔立ちは整っているものの身に纏う服などは汚れいていた。
『その喋り方………。あなたでしたか、どこに居られるのですか? 我々が全力を尽くして探しているというのに』
心配している様子は微塵も感じられなかった。そこには少量の焦りが含まれていたと思われる。
「全力で探しテ3年もかかるのカぃ? お前らは使えない奴ラだよ、本当ニ」
『言語能力が制御されているのは私たちの仕業だということは分かっていますか? あなたにだけ有効な障害電波を流しているので』
「ナるほどな、何もしてなかったわけジゃねぇンだな」
『今は動きを止められるような電波を作らせてます。あなたの発している電波で逆探知もできるようにも進めています。捕まるのも時間の問題です』
さも自信ありげに、完璧な予告を電話の主は言い放った。
だが、予期せぬ言葉に電話の主は息を飲むことになる。
「逆に俺らがこの3年間逃げ回っていると思ったか? そんなもんは解読済みだよ」
『貴様っ…………、言語能力低下プログラムはっ……』
「馬鹿だよお前は、これから何が起きるのか思い知ったほうがいい。俺にあんな仕打ちをしたお前に、な」
ガシャン、と乱暴に電話を切る。少年は口が裂けそうなほどに笑っていた、しかしそれも束の間だった。
小さな声で言う。
「今はまだ、だがな」
世界の裏では何が動いているのかわからない。それは表の世界に生きる者には欠片も感付かない。