No,19:彼女の話と彼女≒
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ところで皆さん、地震は大丈夫でしたか。
こちらは平気でしたが……恐ろしいです。
これ以上被害が拡大しませんように。
彼女は小さなころ、やっぱりどうして? と思っていた。
だって他のみんなはお母さんもお父さんがいるのに自分にはいないのだから。
いるのはただ、白衣をまとった先生、教授、そして同じ集合体の仲間だけだった。
肉親と呼べるものはおらず、先生や教授達は特に感情を向けてくれるわけでもなく彼女たちを流し目で見るだけだった。
触れられても温かさを感じない。だってただの検査だから。障害が無いかを知るためだけの行為だから。そこに感情は一切介入しない。彼女たちはnumberだから。
それでも、頭の中のどこかには外に出れば国の保証の元で自由になれるという考えがあった。
今思えばそれは刷り込まれた潜在意識で、自分の考えではなかったのだ。
numberは大抵どこかの夫婦に引き取られたり孤児院のようなところで過ごしたりして生きながらえ、成長を続けていく。そしてやがては社会に出て一人暮らしを始め、子を作り育てていく。そんな循環方法だった。
彼女が目を開けた時は無機質なベットの上で、淡い光に照らされていた。
周りからは何か驚きのような感動のような声が聞こえてきたのだと思うけどよく理解できていなかった。
それから間もなくして孤児院に送られ、そこで彼女は一人の少年に会った。
その少年はすごく活発で太陽のような存在だった。その孤児院のみんなは彼のことをリーダーのように慕い、そして親友のように接してきていた。
そんな輪の中に彼女を入れてくれたのはその活発な少年で、彼女はすぐに孤児院のみんなと打ち解けていった。
その少年には『兄』のような存在がいて、その人はもう社会人だった。
たまに孤児院にやってきてはみんなと遊んでくれて、夜になると帰っていくという、みんなにしてみればよく遊んでくれるお兄さん先生のような存在だった。
彼女ももちろん遊んでもらっていたし、いい人だとは思っていた。
ときには活発なその少年と彼女とお兄さん先生の三人で孤児院の外へ遊びに行ったり、遊園地へ行ったりもした。
そんな一時を過ごすことで本当の家族のように思えて。
しかし、ある時だった。
お兄さん先生が帰りだんだん暗くなってきて就寝時間になった頃、自分の部屋に一通の書置きがあることに気がついた。
それはお兄さん先生からのもので、これからある場所で待っているよ。といった類のものだった。
彼女はまだ遊び足りなかったのもあって、本当はいけないんだけども夜に抜け出して孤児院の外へでてしまった。
月の光を浴びていつもと違うように見えたお兄さん先生は心も行動もいつもと違った。
いきなり抱きつかれ、髪に顔を埋めてきて荒い呼吸を繰り返していた。
逃げ出そうともがくけれど子供の力ではどうしようもなくて、彼女はされるがままで………。
もういっそここで死んでしまいたいと思っていた。その時思えば、始まりからおかしかったし自分の記憶すらもなかったのだから自分は何のために生まれたのか分からなくなっていた。
神様を恨んだ。涙を流しながら恨んだ。
この人は偽の仮面で取り繕っていた。
彼女をだますことに見事成功した。
騙された彼女が悪いのだろうか。違うだろう、彼女が何かしたのか。
親の愛が無いように、神様も彼女には愛をくれないのだろうか。
きっとそうだ。
そうだ。
もう。
───────────────その時だった。
聞き覚えのある声と、地面を蹴る音が聞こえてきた。
目を見開くと、歪んだ呼吸の荒い男の顔。遅れて鈍い音がゴゥイィィンと聞こえてきた。
彼女は地面に放り出され、男はうろたえ、見覚えのある少年はスコップを握り締めていた。
逃げようとしたのだろう。その社会人は。
方向もろくに考えず、安全なんか放り捨てて、男は車のエンジンをかけてものすごいスピードでこの場から去っていった。
見覚えのある少年は苦しいかのような顔をしていて。
遠くですごく大きな音がした。
その次の日に孤児院内は泣き声と涙でいっぱいに包まれた。
院長がお兄さん先生が事故で死んでしまったことを告げながら涙を流していた。
他の人は嗚咽を漏らしながらも悲しみに耐えていた。
他の子どもたちは泣き叫び、孤児院内は悲しみの空気で一杯だった。
だけどたった二人だけ、泣いていない子供がいた。
片方は裏切られ死んだような目でただ床に座り込み、もう片方は右手を振るわせ悔しさと申し訳なさに震えていた。
これを機に。彼女と彼は関わることが無くなった。
いくら近くに居ようとも、言うことは何もない。
月乃がとある女の子の話をし終えたときにはとっくにお椀の中の具材は冷え切っていた。鍋の煮える音だけがこの部屋で唯一変わりなく音を立てていた。
塩埜さんは考えるように目を伏せ、俺はもう考えることを半ば放棄していた。
numberが施設出身だったりするのは知っている。しかし、でも、こんなことは誰が予想できたのだろうか。塩埜さんだって読めていなかっただろう。
それだからこそ簡単に踏み入って、その箱を開けたのだろう。
「えっと」
そんなとき、塩埜さんが口を開いた。
「その彼女は彼に申し訳ないって思ってるんじゃない? 彼も同様におんなじこと思ってるんじゃないかな」
「………」
「彼女は『自分が耐えれば彼は裏を知らなくてよかった』『間接的とはいえ、彼に殺人を起こさせてしまった』って思ってるし、彼は『自分の信頼を置いてる人が彼女を傷つけてしまった』『自分がこんな人を紹介しなければ、仲良くさせなければよかった』って思ってるんだよね?」
塩埜さんはあくまで月乃に問いかける。
「私に聞かれても分かりません………これは彼女の話ですから」
「そうだね。……じゃあ最後に聞かせてよ。その彼女は今幸せそう?」
次はまっすぐと月乃を視線で射抜き、塩埜さんは問いかけた。
視線は交差しない。月乃はずっと煮えたぎる鍋を見つめている。
「幸せなんじゃ……ないですか?」
ふぅっ、と塩埜さんは息を吐き、一旦緊張を解いた。そして自分のお椀の中の具材を口の中に掻き込んで
から言った。
「じゃあその彼女にもし会うことがあったら言っといてよ」
──────────────それは嘘だねって。
塩埜さんに似合わず小さな声だった。注意していなければ聞き逃してしまうようなほどの。
「じゃ、鍋ご馳走さまー。 私明日早いからさ、先にお暇させてもらうよー」
さっ、と背を向けて玄関まで歩いていってしまう。俺は反射的に塩埜さんを家の玄関まで送っていった。
靴を履きながらつぶやくように俺に向かって塩埜さんは言った。
「後は亮くんの役だからねー。任せたよ」
何を? と聞き返す前にその姿は玄関から消え、目の前は無機質なドアのみとなった。
リビングへ戻ろうとしたとき、その扉の前に月乃が俯きながら立っていた。
その姿はいつもより小さく見えた。
まるで、あの時と同じように。
「どうした。帰るのか?」
さし障りのない言葉で話しかける。明らかに様子がおかしいのは見てとれた。
幽霊のような足取りで近づいてきて、ゆらり、ゆらりと俺と月乃の距離は縮まっていく。
髪の毛が垂れ下がっていて表情は読めなかった。
「おい、月乃───────────」
トン、と力なく月乃は俺に寄りかかるようにして抱きついてきた。
「おっ、おっ、おい…………」
「…………」
「月乃!? 月乃………? 月乃サン……?」
わけが分からない、自分の顔が熱くなっていくことだけが分かる。
月乃の匂い、柔らかさが俺の理性を刺激してくる。
おっ、落ち着け俺。これはアレだ、いつもの作戦的なアレだ!
騙されない。これは試練だ、負けはしない。こ……れ、は……っ!
そんな理性を保とうと格闘する俺に月乃のか細い声が聞こえてきた。
「ちょっとだけ………ほんの少しだけでいいからっ………」
いつもより格段にトゲが少なく、いつもより格段に甘い声。俺はそんな月乃を愛おしく思った。
でも、そんなことだけでは大きな傷を癒せない。
それでも、自分にできることはある。
どんなに小さくても、どんなに少なくても。
きっと月乃のために出来ることはあるから。必要とされていたいから。
その時リビングではニュースをやっていた。
中央街外れにある寂びれたビルが倒壊したということを題材にしていた。
犯人グループの証拠は何一つとしてなく、そのビルに居て生き残った者はいない。
彼らはまだ、本当の絶望を知らない。