No,18:四者四様
「中央街外れのとある寂びれたビルが倒壊したらしいのですが………。あなたが何かしたのでしょうか」
表情を変えることなくPCのディスプレイに目を向けていた彼は小さな声でそう訊いてきた。
それは質問というより、『あなたがやったのでしょう、何のつもりですか』と言っているようだった。
結局知っていた。というより、あんなに大騒ぎになっていたら誰だって気付くだろう。誰がやったのかは置いておくとして。
「あぁ、俺がやった。 ナァニ、だだの暇つぶしだ問題なんて発生していないし、アレは自然倒壊だ」
「自然倒壊……?」
「はっはっはァ! 存在しないはずの俺たちが何かをしたとなればそれは自然、だ。 存在しえない現象が起こった、それだけだろゥ? 最高の自虐だね!」
「そういうことですか。それでは………新入り達は使えましたか?」
そこだけはチラリ、と目を向けて聞いてきた。気になるだろう、それは気になるだろう。
なんと言ったって自分たちと似た境遇の者の能力だから。
どれだけのことをされていたのか、ということが気になって仕方がないのだろう。
「AA十万十か……思った以上かなァ。仲でもアイツ、銀髪のヤツ。なんて言ったかなぁ……昨日カオ合わせたはずなんだけどなァ」
「痛覚無視のことですか。ちゃんと覚えておいて下さいよ、作戦を立てる上での支障になります。今から私が自ら誰が誰なのかを説明しておきましょうか」
「そいつだ! ってかメンドウだな……覚えることがすでにメンドウだ。 言え。記憶してやるからよ」
このとき壊れない実験台は感じていた。いつもと違うこの空気を。
言わなくても理解できる。あいつは急いでいる。なにをそんなに焦ることがあろうか。
「短髪黒髪の頬に切り傷のある彼は熱量上昇。あなたが今話題にしていた銀髪の彼が痛覚無視。黄色い髪の彼女が電磁放出。最後に茶髪メッシュのあの方……核とか言ってましたが、感情制御です」
「あぁ、ご苦労さまだなァ。覚えた覚えた。……んで痛覚無視のことだ。あいつは相当イカレてんな。スゲェよ」
「想像以上だった、と?」
「アレはあぶねぇな! こっちがぞくぞくしたぜ」
と、そこでビルの入口に影が差した。
シルエットから大体誰かは予想できたが、特に今重要な話は無いので声はかけないでいた。
その影は一向に近づいてくることは無く入口でずっと立ち止ったままだった。
髪と思わしき影は風に吹かれ揺れ動き、地面を流れていた。
その不自然さに気を引かれふと入口の方に視線をやるとそこには予想外の人物がいた。
いや、予想外の人物といってもその人物の名を知っているのではない。まったく知らない者がこんなところに存在していたから予想外だったのだ。
少女だった。
見た目は愛玩用と変わらないくらいの幼顔だったが、目が違った。
長い髪と同じ色の黒く綺麗な瞳は全てを飲みこんでいた。
唐突にその目が歪み、水分量が一気に増加した。
「………と………」
彼女は声をこちらに届かせるつもりが無いかのようにか細い声で何かをつぶやいた。
「あ?」
仲間にあんな目をした奴はいなかったはずだ。そして欠陥製品には女性体は無かったはずだ。では、アレは誰か。答えは分からない。
「おい、使い捨て。アレは誰だ」
「………?」
「眼ぇ腐ってんのか。入口に立ってんだろーが」
「その言葉をそのまま返してもいいでしょうか」
振り返るとそこには少女の姿はもうなかった。
幻覚? そんなわけはない。しかし、ここに人間が来るはずはない。人間にしては生気が無さ過ぎたような気はしたが。
「まぁ、なんでもいいか……。俺は寝るからな」
number崩れといえど睡眠は必要不可欠だ。面倒な作りになっていると思う。それなりにnumberを弄ることが可能になったらフル稼働にしてやろうと自分のことを考えていた。
そのためにはまた一台、実験台が必要となるのだが。
目が覚めた時にはもうすべてが終わっていて、確かあの日もそうだったとぼんやりとした頭で考えていた。視界がハッキリとしてきて、辺りの物がしっかり捉えられるようになったころには記憶もよみがえっていた。またやってしまったのか。度々壊れない実験台には感謝しないといけない。
どこかで拾ってきた簡易ベットの上だということにいまさら気付いた。
そしてこれもあの日と同じで、まるで何かを暗示しているかのようで気味が悪かった。でもこれは壊れない実験台の嫌がらせなのだろうとすぐに気がついた。
じゃあ、私を縛るものはもうなくなってしまったのか。
私が立ちあがった理由はあの頭の狂った奴らを一匹残らず叩き潰すため。それが今もうこの世には存在しないとなったのだから私の存在理由も消えたのだろうか。そう考えると胸に穴が空いたような感覚に陥り、今までにない感情がわき出てくる。これは何だ。
「終わってねーだろォ?」
暗がりの向こうから彼の声が聞こえてきた。どうやら今から眠りにつくらしい。こちらまで歩いてきて私を見下ろす形となる。
「終わってない………?」
私の存在理由がまだあるのだろうか。
「馬鹿か。何でもかんでも潰してはいオワリじゃねぇだろ、俺が今日潰したのは子会社だ。裏にまだいる。あいつらはゴキブリのようにしぶとい。潰しても潰しても情報は受け渡されていく。じゃあなんだ?全世界の人間を潰せばいいのか? これ以上広がらないくらいに徹底的にやればいいのか?」
両手を挙げ彼は問う。
「正解、だ。お前だってそう考えていたんだろ?」
「そう………ね」
彼は彼なりに私のことを思っていたのだろうか。そんなはずはないのだが、ただ利用し利用されるだけの関係なのだが……いや、やはりそんなことはないだろう。
目的の一致。それが一番大きく作用しているのだろう。自分のために、互いのために。
でも今は、今だけなら思ってもいいのではないか。
寝起きだからなのか、多少弱気だった。しかし、新たな道が存在していた。
「分かったらそこを退け、俺が今から寝る」
「ちょっと……私の温もりがまだ残ってるんだけど……」
「だからどうしたってんだよオマエは、そんなもんに欲情するわけないだろうがァ?」
「なっ……言い方ってものがあるでしょ────────きゃっ!」
「邪魔だ、さっさと出て行け。睡眠の邪魔するなら殺すぞ」
私をベットから引き剥がし、壊れない実験台は私が元居た簡易ベットに寝転がる。
そのまま彼は背を向けたまま話さなくなった。
もう、寝てしまったのだろうか。
今は、いい。
彼女はただ静かにその部屋を後にした。
黒髪短髪の彼────熱量上昇は久々の外の雰囲気に対して面白くない。という感情を抱いていた。
自分が作られ、幽閉されたあとから何一つとして世界は進歩していなかったからだ。微々たる進化はあったのかもしれない。しかし、そんな道具の派生や憲法や法律が変わったからと言って彼にとっては面白さの材料の欠片にもならない。彼が欲するは社会の在り方。
格闘、戦闘、戦争、抗争、紛争、愚かな人間たちが同じ種族で殺し合いを始めているのを見るのが好きだ。
それに参加し、全てを燃やすことが好きだ。
彼は思っていた。
いずれは戦いが中心となるセカイに変えてやろうと。
黄色の髪の彼女─────電磁放出は久々の外の雰囲気に対して懐かしい。という感情を抱いていた。
街の雰囲気は変わっておらず、かつて自分が歩いていたことを容易に想像させることができるほどに変わっていなかった。その和やかな雰囲気は好きだったけれども、同時に嫌な思い出も甦ってきていた。
暴言、罵声、叱責、暴力、悪戯、最悪な人間たちが繰り広げる行動そのものが死に値すると思っていた。
ならばいっそ排斥しよう。いらないものは切り捨てることで解決する。
彼女は思っていた。
いずれは私たちnumberが中心となるセカイに変えてやろうと。
銀髪の彼────痛覚無視は久々の外の雰囲気に対してこんなものか。という感情を抱いていた。
目で見たものはそのままで、街は微妙なほどの機械臭が漂い、中央街では人の密集した音を聞いた。
自分が変わるのは手にナイフを構えた瞬間からだと知っていた。
視覚、嗅覚、聴覚、味覚はあれど、感覚は自分には存在しない。だからこそ怯むことなく一方的に相手をズタズタに引き裂けるのだ。それに対して人間は余計なものを持ちすぎている。複雑化しすぎて行動に及ばない。簡略化がいかに精巧かを知らない。
彼は思っていた。
いずれこのセカイは無関心であふれかえり、触れることに意味はなさなくるだろうと。
茶髪メッシュの彼────感情規制は久々の外の雰囲気に対して何も思わなかった。
何も思わなかったということすら思わなく、それに対しても何も思わなかった。
彼は心の一部が欠落しているのではない。自らの意思で欠落させることができるのだ。もう長いこと感情を出さないでいると、本当に感情とはどういうものなのかが分からなくなった。
感情論は意味を失い、彼には理解することしか残されなかった。
だが、これでいい。
彼は思っていた。
いずれこのセカイは終わりを告げる。自分勝手なエゴの暴走のせいで。