No,14:前兆
「ああ、あんた。こんなところに居たの」
彼女は軽い足取りで暗がりの向こうからやってきた。足音は一つではなかった。
足音以前に気配で分かっていたのだが。
「もういいのか」
「そうね、大体集まったし。でも使えない奴もいたわ、記憶が無いだとか五体満足じゃないだとか」
「総勢は………3か」
「本当ならあんた合わせて10は集まるはずなんだけど………半分も集まらなかったわね」
「5もいれば上等だろう」
「いいえ、私たちだけじゃない。使い捨てと壊れない実験台が基地にいるから………7よ」
「そうか」
「ラッキーセブンってところかしら、まぁ欠陥製品も追加するだろうからねなかなかいい感じだとは思うけど」
「作戦が、上手くいけばいいのか」
「そのためのあなたたちでしょ?」
彼女の笑みはいつもに増して深かった。
よく見ると彼女は先ほどまでジャージ姿だったのだが、今は違った。簡素なTシャツに黒いジーンズ、その上から点々と模様のついた白衣を羽織っていた。
「ああ、これ?」
彼女は自分の視線に気付いたようで、
「あのジャージは駄目になっちゃったから着替えたの。これも少し汚れちゃったけどね」
何を気にするでもなくそう言った。
対して彼は何も言わなかった。
薄暗い廊下はすぐに静寂に包まれた。それはまるでビルの廃虚のように。
「とりあえず──────、帰りましょう? 話はそれから」
「ああ、そうだな」
夜闇に紛れてその5体は根城へと戻る。
「あのさぁ、亮さ。なんか最近疲れてね?」
昼休みが始まっての連からの第一声がこれだった。
「いや、そんなことないと思うけど………たぶん」
蓮は俺のとなりの席を占領し、スーパー袋の中を漁る。
どうやら今日はコンビニ弁当で済ませるらしい。
「もしかして、錠越姉が気にかかって仕方ないとかぁ?」
「何言ってんだよいきなり………。違うからな」
「俺はもう気になって仕方ねーぜ! 本当にふつくしかったよなぁ………ヤバかったよなぁ。そんなんだから俺はもう朝も昼も夜も眠れなくて………」
「いや、さっき普通に授業中に寝てたじゃん」
「ぁれは寝てなどいない! 目をつぶってただけだ!」
「完璧なる言い訳だよね」
だーっ! と蓮は一通り頭をかいて、唐突にこう言った。
「じゃあ、あのテロのことか」
質問ではなく断定だった。お前はそれを気にしているんだ、と直接突きつけられたようで。
自分でも引きずりすぎだと思う。しかし、目の前で、今まで、普通の、人生だったのに。
あんなことが起きたら誰だってそうなるんじゃないのか。
今だって、急に蓮が倒れて専門家が来て『欠陥製品ですね』って言われてもう会えなくなたらどうするんだ。
目の前にあったことで身近にもあるんじゃないかと疑ってしまう。
だって、あれだけ元気に動いていた昌さんが………。
「亮! お前、しっかりしろよ。………俺が言うのもなんだけど、偶然的に巻き込まれただけで、そんなに責任感じたり気負ったりすることなんかないんだって」
「あ、ああ………。偶然、だよな」
「そうだ、俺たちがたまたま人の多い中心街に向かって遊んでたから。そしてたまたま亮が昌さんを発見したから。最後に、たまたま昌さん欠陥製品だったから………だ」
「………」
「ほら、俺の手料理弁当分けてやるから」
「それコンビニ弁当じゃん」
蓮は蓮なりに俺を元気づけてくれたのかもしれなかった。
「お~い、桜参くん。岩沢くん」
廊下から俺たちを呼んでいたのは生徒会長さんだった。あの人が俺たちに何のようなんだろうか?
どうしたんだろうね、と話そうと蓮の方を振り向くが、そこにはもう蓮の姿は無く。
「こんにちわ生徒会長さん! どうしたんですか!? 今日はいい天気ですよね~」
いつの間に移動したのか廊下に出て生徒会長さんに話しかけていた。
行動力がありすぎるというのか、どう表現するべきか、すさまじいな………。
遅れて席を立ってようやく廊下に出る。
「や、二人とも。大事なお話があるんだけど……生徒会室まで来てくれないかな? 放課後に」
「もちろん行きますとも! 何があろうと行きますとも!」
一拍も置くこともなく反射的に蓮は返事をしているように思えた。
気合の入り方がどこかおかしいような気がする。
「桜参君はどうかな、来てくれるかな」
「あ、はい。いいですけど」
俺がそう返事すると、ふっと小さく生徒会長さんは笑って、颯爽と立ち去って行ってしまった。
その後ろ姿は綺麗だったのだけれど、疲れているようにも見えた。
ずいずい、と脇腹を肘で突かれた。ニヤニヤ顔の蓮だった。
「ど、どうした……?」
「くふふふ、アレだよね。大事な話で放課後って言ったらね……」
「なんだよ……お前気持ち悪いな」
「分からないのか! 告白に決まっているじゃないか! 全く亮はそこのところ疎いから……」
「なんで俺が貶されているのか分からないんだけど、それは無いでしょ」
「どうしてそう思うんだ!」
「そりゃあ………呼ばれたのは俺と蓮と二人だからだよ。告白って一対一だろ?」
「…………」
蓮は固まってしまった。もしかしてだけど、ここまで馬鹿だとは思わなかった。
俺のその目線に気がついたのか蓮はハッと我に返ったように言い訳を始めた。
「いやいやいや! 違うんだこれは、そう。あれだ、一夫多妻制のアレで!」
「一夫多妻って夫一人に妻がたくさんってことだよ……逆だよ」
「一妻多夫制だから!」
「なんて読むの……?」
「ひとつまたふせい?」
などと馬鹿な会話をしていると、前方から月乃がやってくるのが見えた。
「そうだ、鵜川! 一妻多夫制についてどう思う?」
「………知らない」
その一言で蓮は一蹴されてしまっていた。
不機嫌でもないのに月乃は苦虫を噛み潰したような顔をして教室に入っていった。
「なんだ、俺なんかしたか?」
「馬鹿な質問したから怒ったんじゃないのか?」
「そーなのか……?」
詳しいことは俺には分からない。でも、何故か月乃と蓮は仲が良くないように見える。
だって二人が話しているところを見たことが無いから。
放課後、蓮と俺は生徒会室の前に立っていた。
「さ、行くぞ。一妻多夫制の時代だ」
「まだ言ってんの……?」
そう言ってドアを開けた先には、いかにもな委員会室が広がっていた。
会議用の長机が四角形になるように並べられ、奥にはホワイトボードが鎮座していた。
資料用の本棚も壁にいくつか寄せられておいてあった。
「ん。来たようだね。どこでも座って」
冷たいパイプイスに腰をかけると、思い雰囲気が立ち込めた。それを悟ってか、蓮も無駄口は叩かなかった。後から、生徒会長のお姉さん、錠越眞奈美さんが入ってきた。
私服で、首からは【来校者】と書かれた名札を下げていた。
「え、と……何故?」
俺の率直な質問に生徒会長が口を開いた。
「お姉ちゃんが、話したいこと……というか注意事項を」
よく言っている意味が分からなかった。何故警察官である眞奈美さんがここに─────────。
「あのね、単刀直入に言うけど………またテロが起きるかもしれない」
「!?」
「そ、それってどういうことですか!」
俺と蓮の脳裏には間違いなくあの惨劇が浮かんでいた。