No,13:crazy
お久しぶりです。
陽が昇る前に行動は開始する。荷物は全てまとめ、必要なものはすぐに取り出せるように。獲物は腰に引っかけ、ハンドガンはホルスターに留めておく。
薄暗い中、二つの影が山を下っていく。狙いは向こうの明かりが消えた建物。
辺りには草木を踏みつぶす音のみが木霊し、不気味なほどに静まり返っていた。気温は低く、体温を奪っていく。こんなところまで忠実に再現されている身体をたまに忌わしく思う。いや、吐き気がするほどに気持ち悪くなる。何故、体温を感じられるように出来ているのか。答えは、人間とほとんど変わらないようにするため。と明白だ。しかし、私にとっては最悪な施しに過ぎなかった。なんで、なんで、なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで。気持ちが悪かった。臭いが、体温が、景色が、脈打つ血管が、全てが。吐いても足りない。いっそ記憶を抹消することができれば。そんなことを昔は毎日思っていたものだ。でも、そんなことより大切なことを、もっと憎むべき対象を見つけた。自分の記憶を消す前に、自分という存在を消す前に。
自分を作った者たちをコロセばいいじゃない。
それを許容した者たちをコロセばいいじゃない。
そいつらとおんなじ種族をコロセばいいじゃない。
逆に忘れまいと思った。怒りで動力源になるから。怒りに身を任せることができるから。
「どうした」
感情のこもっていない平坦な声が聞こえた。
「なん、でもない」
「殺気を振りまき過ぎだ。そんなことでは一般人にでさえ気付かれてしまうぞ」
「ほっといて」
「お前がいいというのならそれでいいだろう」
それきり会話は途切れた。
こいつは、感情制御はどんな過去を持っているのだろう。
でも、こいつには製造番号がしっかりと定められている。資料から見るに、大体は分かる。しかし、細かい部分は体験者本人しか分からない。
そしてそれを口にすることなどはない。
「私としたことがね………なんでもない。もうすぐ目的地に着くから、油断しないでよね」
「あぁ、そうだな」
特に文句を言うでもなく、彼はそう頷いた。
「うん………? あぁ、俺……」
授業中だというのにいつの間にか寝てしまっていた。普段の俺なら考えられない行動だった。
そのためか、先生が心配そうな顔でチラチラと俺の方に目線をやっていた。
頭痛は無く、吐き気もしない。どうしてか眠くなったのだ。
精神的なものだろうか、それから推測するとやはりこの間のテロのことが頭をよぎる。
いつまで俺はアレに気を取られているんだ、冗談じゃない。
こんなことで平穏な日常が崩されてたまるか。でも、嫌な予感がするんだ。
嫌な予感が。
もう一度あんなことが起こるような予感がしてならない。
怖い。
「えー……。桜参くん? 調子が悪いのですか、だったら保健室にでも………」
「いえ、先生。大丈夫です、………たぶん」
俺がそうつぶやくと、先生は黒板に背を向けた。それからもう一度俺の方を振り向いたが、次は何も言ってこなかった。
どうして、だろうか。急なことでまた動転しているのかもしれない。
ただ、今回に限って眠たくなっただけなのかもしれない。それがあのテロに結び付けられること、それ自体がもう精神的に来ているという証拠なのかもしれない。
点々と明かりがつき始めた目的の建物の前に二人はいた。
「行くわよ、すぐに終わらせて帰る」
「ああ」
二人の会話はそれだけで終わり、後は無言のままに建物内に侵入した。
薄暗い廊下を音も立てずに走りぬく。
目指すはどこかにある地下。どこかは分からないが、在るはずなのだ。
AA十万十のnumber達が。
と、そこに業務室と書かれた札が下がっている部屋を見つけた。明かりがついており、中から物音がする。誰かがいるようだった。
先ほど感情制御と別行動にしてからさらに感情の起伏が激しい。
ちょうどよかった、そこに居る奴を砕いて地下を探す気力燃料として用いさせてもらおう。
ドアを蹴破るようにして開け、部屋の中を見回す。
そこにはひょろっとした細身の男性がデスクに向かっているところだった。
「ああ、遅かったね猿島くん。ところでどうだい、新型numberの研究の成果のほどは。進んでいるのかね?」
男は全くこちらに顔を上げることもなくそう言った。猿島とやらいう人間と勘違いしているらしい。
「そんな研究してるの、初めて知ったわ」
「なっ──────」
ぐじゃ、と彼女の投擲したナイフが男の左肩に突き刺さる。
「誰だっ………お前はっ。こ、ここは………関係者いがぃ、………」
「それより。ねぇ教えてよ。新型numberって何の話?」
「そんな物は知らん! くっそ……」
「動かないでよ、ね」
ざく、と新たなナイフが男の足の甲を貫いて地面に縫いとめた。
「ぐぁぁぁぁぁっ、………なんなんだぁ、お、お前は!」
「教えてよ、新型numberって何? それとここの地下にはどうやったら行けるの?」
「地下、だと………なぜお前がそれを………。どこの組織の者だ、『奇怪』の残党どもか、だからアレは駄目だと言っているだろう………が?」
『奇怪』。その名が出たとたんにこの部屋の空気が死んだ。
それは比喩表現ではあったが、死んだのだ。
「へぇ、アノ腐りきったゴミ会社はここまで手を伸ばしていたの………」
グリリリッ! と男の左肩のナイフをさらに奥に押し込む。
「うぐぁぁぁぁぁっ、やめろ、やめてくれっ。俺じゃあ場所は分からないんだ! 情報しか渡ってこないんだ! なんせこの広い研究施設だ、探して回るだなんてできないっ。さ、猿島なら知っているかもしれんが!」
「残党………まだ残ってたの? アノ腐りきったゴミ会社は私が家族友人含めて全部潰したはずだったのに……ね。 いつまで纏わりつくのかしらね……。ふふふふっ、うざったいったらありゃしないわね」
焦点の合っていない目でナイフを上下左右に動かす。
「ぎっ、い゛っ、あっ。分がった猿島には、俺、四原が紹介したと言えば、会える、第7棟に………」
「そう、ありがとう」
ぐちゃ、と肉の堕ちる音がした。
一方、感情制御は第5棟と大きく壁に書かれた廊下を進んでいた。
彼は人と全く会うことなく進んでいたため、目的地が分からなかった。
彼女───愛玩用と連絡を取るすべもないために彼は行動のしようがなかった。
しかし彼は困った、などとは思わない。それは実行しないだけであって、この状況をどうにかする術がいくつもあるからだった。
それをしないのは、彼女が先に見つける方が後々に影響してくるであろうからである。
あの振りまいていた殺気は尋常な量ではなかったから。
「休憩、とでもしておこうか」
彼は壁に背を預けて目を閉じた。
テストやら何やらで今忙しく、更新が滞っている状態でした;
今も学年の変わり目ということで忙しいので、なかなか更新できないと思いますが、皆さんよろしくお願いしますm(_ _)m