第一話
夏休みのある日、私はコンビニのお菓子売場に女の子の幽霊が居るのを見つけた。その幽霊はお菓子売場に立って、たくさんお菓子の並んだ棚を眺めてた。でも、よく見ると彼女はひとつのお菓子の箱を見つめてるみたいだった。私も少女の幽霊と一緒に棚を見ると、お菓子の箱には夢のクレヨン王国のシルバー王女が描かれてた。おまけのおもちゃと小さなラムネ菓子が入ってる。食玩ってやつだ。私はそれを見て、可愛いと思った。
私は日曜日の朝に放送してる夢のクレヨン王国を楽しみにしていた。日曜の八時半になると、くまのぬいぐるみのジョゼを抱いてテレビの前へ行き、胸を踊らせながらシルバー王女の冒険を見ていた。だから、少女の幽霊が夢のクレヨン王国のお菓子を眺めているのを見て、とても嬉しくなった。だって、夢のクレヨン王国が好きな幽霊って、なんだか素敵だもの。
私は幽霊ちゃんの背後に立ち、じっと彼女の様子を見つめてた。幽霊ちゃんはただ一心に夢のクレヨン王国のお菓子を眺めている。まるで指をくわえながら欲しいおもちゃを眺めている子供のよう。可愛い。
私はそんな幽霊ちゃんの様子をニコニコして眺めながら、しばらく幽霊ちゃんの後ろで背後霊のようにして立っていた。
でも、私が彼女の後ろに立っていると、幽霊ちゃんは突然何かに気づいたように、こちらへ振り返った。
幽霊ちゃんと目が合う。
その瞬間、私はその瞳に捕らえられた。だって、幽霊ちゃんの瞳がとても綺麗だったし、彼女は私の瞳の奥をのぞき込むように見ていたから。私はびっくりしたけれど、幽霊ちゃんと仲良くなれればいいなと思って、微笑んでみせた。幽霊ちゃんが夢のクレヨン王国を好きなことが嬉しかったから。けれど、私が微笑んでも、幽霊ちゃんは無表情だった。でも、それは怖い感じじゃなくて、どちらかといえば不思議に思っているような感じ。私のことが不思議で、ただ見ているような感じ。どうしてこの人は私が見えるんだろう? どうしてこの人はわざわざ私を見ているんだろう? ってそんな風に考えている感じ。
…あのね、本当はね、幽霊はそれほど怖い存在じゃないの。ただ、幽霊は日常の至る所に漂ってるだけ。幽霊だって人間と同じなの。怖い幽霊と怖くない幽霊がいるだけなの。幽霊の中で何かがどんどん澱んでいくと、怖い幽霊になる。人間だってそう。たくさん嫌なことを貯めこんでいると、だんだんと怖くなる人がいるもの。けど、目の前にいる幽霊ちゃんはなんの悪意も感じられない。彼女はただおもちゃを欲しがっている子供と同じように見えた。だから、私は彼女のことを怖いなんて思わなかった。
コンビニを見渡す。お菓子コーナーには私と幽霊ちゃんの他には誰も居ない。誰も居ないなら、少しだけ喋っていいよね? 少しだけなら、きっと誰にも気づかれないだろうから。私のことを変に思う人もいないだろうし。
私は幽霊ちゃんの耳元へそっと口を近づけると、「夢のクレヨン王国かわいいよね」と呟いた。
でも、幽霊ちゃんは私の言葉に反応しなかった。無表情で私の顔をじっと見つめるだけ。反応がないことで、私は少し恥ずかしくなった。それ以上、どうしていいのか分からなくなっちゃったから。変な人と思われたのかなあ。私はどうしていいか分からないまま、幽霊ちゃんと見つめ合った。
幽霊ちゃんは端整な顔立ちの美人さんだった。睫毛が長くて、おめめもぱっちりで、唇もぷっくりしてて、お人形さんみたい。じっと見つめられると、ちょっとドキドキしてきちゃった。だって、こんな綺麗な子に見つめられることなんて普段ないことだから。幽霊ちゃんはずっと私を見つめてて、私も幽霊ちゃんを見つめてる。そうやってお互いに見つめあっていると、私はだんだんと幽霊ちゃんに囚われて、他のことが気にならなくなってきた。そうすると、コンビニには幽霊ちゃんと私の他に誰もいないような気持ちになってくる。幽霊ちゃんの瞳は透き通っていて、宝石のように綺麗だった。色素が薄いヘーゼル色で、瞳の中には複雑な模様があって、それはまるで宇宙みたいだった。私はその複雑な模様を見ていると、幽霊ちゃんの瞳に吸い込まれそうになる。まるで、私が幽霊ちゃんの瞳に吸い込まれて、幽霊ちゃんが私の瞳に吸い込まれて、お互いに引き寄せ合っているみたいな、そんな感じになってる。私と幽霊ちゃんは繋がりつつあるんだ。私と幽霊ちゃんは瞳と瞳で繋がって、どこか深いところへいこうとしているんだ。お互いの中のとてもとても深いところへ。私は確かにその引力を感じる。私は幽霊ちゃんを信じていればいい。幽霊ちゃんとの繋がりを信じていればいい。
「舟音、買ったでー。行こうかあ」
のんびりと間延びした声がお菓子売り場に響いた。私は素に帰り、声の方を見た。おかあさんがコンビニ袋を掲げて、私へ近づいてきていた。私はぼんやりとしながら、お母さんに一度頷いた。
「ほんなら、いこか」
おかあさんは幽霊ちゃんがいることに気付かず、私へ手を伸ばす。ぼーっとした私は条件反射みたいにおかあさんと手を繋ぐ。すると、おかあさんは私の手を取り歩き始める。だから、私はそのままおかあさんに手を引かれていく。少しずつ幽霊ちゃんから遠ざかっていく。
私は繋いでいない方の手で、急いで幽霊ちゃんに小さく手を振った。相変わらず幽霊ちゃんはその場に立ち尽くして、私を見ている。私はお母さんに手を引かれながら「ばいばい」って小さく呟いた。これでもう幽霊ちゃんとはお別れ。もう少しでとても深くまで繋がれそうだったけれど…残念。私は名残惜しくなって幽霊ちゃんを見つめる。
私がそうやって幽霊ちゃんを見つめていると、幽霊ちゃんは私とお母さんの後を追って歩き始めたの。
「舟音にツナマヨ買ったから、おうちで食べよなあ。舟音の好きなかぶりっこやよ」とおかあさんは歩きながら話した。けれど、私はおかあさんの話をほとんど聞いてなかった。だって、私とおかあさんの少し後ろを幽霊ちゃんがついてきているもの。だから、私はそちらに気を取られていたの。私とお母さんがコンビニを出ると、幽霊ちゃんの目の前で自動ドアが閉まった。けれど、幽霊ちゃんは閉まった自動ドアを手品みたいにすり抜けた。そして、街を歩く人にもぶつかることなく、すり抜けちゃった。私がぽかーんとして幽霊ちゃんを見ていると、おかあさんが私が背後を気にしていることに気が付き、「どうした? 舟音? 後ろばっかり見て」と振り返った。おかあさんと私がその場に立ち止まると、幽霊ちゃんもその場にぴたっと立ち止まる。まるで、だるまさんが転んだみたい。
「なんか気になることでもあるん?」とお母さんは私に聞く。私は「ううん。なんでもない…」と誤魔化した。幽霊ちゃんが私とお母さんの後をついてきてる。それも可愛くて夢のクレヨン王国が好きな幽霊ちゃん…なんて、そんなの、どう説明していいのか、よく分からないから。おかあさんに幽霊ちゃんのこと、怖がってほしくないけど、こんな道端ですぐに説明出来るようなことじゃないもの。
「ちゃんと前見て歩かな。危ないよ?」とおかあさんは言う。
それはそうなんだけど…と思いつつ、私はおかあさんの言う通りに前を見て歩く。けれど、私は幽霊ちゃんの気配をずっと背中に感じ続けている。帰り道、私の背中は幽霊ちゃんの視線を浴びて、じりじりと熱くなってくる。
アパートに着くと、私とお母さんは共用部の階段を二階まで上がり、廊下を歩く。おかあさんが203号室の玄関ドアにカギを差し込んでシリンダーを回す。廊下を見ると、幽霊ちゃんはアパートの廊下をゆっくりと歩いて、こちらへ近づいてきていた。なんだかホラー映画みたい。だとしたら、ずいぶん可愛いホラー映画だけれども。玄関ドアのカギが開き、おかあさんは部屋の中へ入っていく。けれど、私は玄関の前でどうしていいのか分からなくなって、立ち尽くしてしまう。
私がおうちへ入って、幽霊ちゃんの目の前でドアを閉めちゃったら、幽霊ちゃんの存在を拒否しているみたいで、やだなって思ったから。かと言って、幽霊ちゃんがおうちに来ることも、良いことなのか悪いことなのか、よくわからなかった。だって、幽霊ちゃんがついてきていることを、まだおかあさんに内緒にしているもの。
「どうした、舟音? おうちの中お入り」私が玄関ドアの前で迷っていると、おかあさんが言った。
「あ…うん」
おかあさんに言われて、玄関の中に入ったけれど、私はやっぱり幽霊ちゃんのことを決めきれなかった。そして、ドアを閉めずに立ち尽くして固まってた。すると、おかあさんは背後から手を伸ばして、玄関ドアを閉めた。そして、かちゃりと鍵を閉めてしまった。
「舟音、大丈夫か? なんか拾ってきたんか?」おかあさんは私の目を覗き込み、真剣な雰囲気で聞いた。
「…えっと、あのね、…幽霊いたから」
私が正直に言うと、おかあさんは私をぎゅうと抱き締めて、頭をよしよしって撫でる。
「舟音。おかんがいるから大丈夫やからな?」
「……おかあさん、ありがと。でも、怖い幽霊じゃないよ」
私はお母さんから抱きしめられてるうちに、なんだかほわほわしてきて、そう答えた。
「そうなんか?」
「うん、そうだよ」
「どんな幽霊?」
「私と同じくらいの女の子の幽霊」
「そっかあ」
私は幽霊ちゃんが見えるけれど、おかあさんは幽霊ちゃんが見えない。きっとおかあさんに幽霊ちゃんが見えていたら、「可愛い幽霊ちゃんやね!」と言ってくれそうなのにな。でも、私は幽霊ちゃんが可愛い幽霊ちゃんだってことをどう言葉にしていいのか、よくわからない。
リビングへ入ると、おかあさんはすぐにキッチンへ行って、小皿に塩を盛り、玄関へ向かった。
すぐ戻ってきたおかあさんは「これで幽霊も入ってこられんよ!」と満足して頷き、「舟音、これで大丈夫やよ」と自信たっぷりに言った。私はおかあさんに向かって何度かぶんぶんと首を縦に振った。私は玄関に幽霊が近寄れないように塩を盛るおかあさんを少し可愛いと思う。
私は洗面所へ行くと、手を洗いながら、「うん」と頷いた。そうやって、自分を納得させる。何を納得させようとしてるのか、わかんないけれど、たぶん幽霊ちゃんのこと。お塩置いたら入って来られないだろうなあとか、おうちの前で入れなくて困ってたら、どうしようかなあとか、いろいろ頭をよぎったから。私は夢のクレヨン王国を好きな幽霊ちゃんにどことなく親しみを感じていたもの。でも、どうしていいか分からない。私はとりあえず「うん」と頷いて、それでご飯を食べようって思った。
私はハンドタオルで手を拭いて、リビングへ戻ると食卓についた。そして、ツナマヨのかじりっこに手を合わせた。
私が「いただきます」と言ったのと同時に、ベランダの大きな窓をすり抜けて、幽霊ちゃんがリビングへ入ってきた。私は幽霊ちゃんの姿を見て、控えめにいってすっごく驚いた。
「わっ!」って大きい声を出しそうになったけど、普段から幽霊を見ても驚かないようにしてたから、なんとか声を我慢できた。私が目をまんまるにして幽霊ちゃんを見つめていると、幽霊ちゃんは私の前まで飛んでくる。飛んでいるというより、少し宙に浮いて漂ってきたって感じ。私は目の前に立った幽霊ちゃんに「びっくりしたよ…」と小さく呟く。幽霊ちゃんは小首を傾げる。
「どうしてついてきちゃったの?」と私は小さな声で聞く。けれど、幽霊ちゃんは何も答えずに私をじっと見つめている。私はあのコンビニのお菓子売り場で幽霊ちゃんと深く繋がりそうになった時のことを思い出す。あの時に私と幽霊ちゃんの一部がつながったのかもしれない。
私は幽霊ちゃんを見つめ返して、もう一度幽霊ちゃんと深く繋がってみようとする。幽霊ちゃんは私と繋がりに来てくれたんじゃないかと感じたから。でも、見つめていてもコンビニで見つめ合った時のようにうまく繋がれない。しばらく幽霊ちゃんとじっと瞳の中を見つめ合っていたけれど、なんだかうまくいかず、何も進みそうもない。私と幽霊ちゃんは深く繋がれずにただ見つめ合っている。
「なんだかうまくいかないね」と私は幽霊ちゃんに言う。けれど、幽霊ちゃんは何も答えない。幽霊ちゃんはただ無表情に私をじっと見つめるだけ。
いままでいろんな幽霊と会ってきたけど、私は一度も幽霊と話せたことはない。私は幽霊を見ることは出来るけれど、話すことは出来ないみたい。幽霊とお話が出来たら楽しそうだし、いろいろ不便なことも解決しそうなのになあと思う。でも、そういうのは私に選べることじゃない。
私はかじりっこを食べようとしていたことを思い出した。私はかじりっこを手に取ると、パッケージのフィルムを剥がしはじめた。かじりっこのフィルムを剥がしはじめると、幽霊ちゃんは私がフィルムを剥がす様子をじっと眺めた。幽霊ちゃんがあまりにも見つめるものだから、なんだか緊張しちゃって、フィルムの中に海苔が三分の一くらい残っちゃった。
(失敗しちゃった。けど、少しだけだから、大丈夫。)
私は自分に言い聞かせて、頷く。そして、かじりっこを食べる。私が一口食べると、幽霊ちゃんは頷く。もう一口食べると、幽霊ちゃんはまた頷く。私がかじって、幽霊ちゃんが頷く。というのが何度か繰り返される。どうして頷くのかなあ? と私は少し考える。
「いる?」っと少し考えたあとで私は小さな声で言って、かじりっこを差し出してみる。幽霊ちゃんもお腹が空いているのかもしれないと思ったから。でも、幽霊ちゃんは私とかじりっこを交互に見て、何も言わない。
(幽霊ちゃんはかじりっこを食べられないよね…でもお供え物とかあるし、どうなんだろう? よくわかんないなあ)と思って、ぼんやりと考えてながら食べてるうちに、かじりっこは無くなってた。
「ごちそうさま」っておててを合わせて言う。顔を上げると、幽霊ちゃんは私の真似をして、おててを合わせている。真似っこさんだ! かわいい! 私はなんだか嬉しくなって、幽霊ちゃんに小さく「私のお部屋くる?」ってお友達みたいに聞いてみる。幽霊ちゃんはやっぱり何も言わない。たぶん、言わないのじゃなくて、私には幽霊ちゃんの声が聞こえないだけなんだろうけど。
「歯磨きするから、ちょっとまっててね」
私はキッチンの後ろの棚からハブラシを出して、歯磨き粉をつけて歯を磨いた。その間、幽霊ちゃんはやっぱり私を見つめていた。なんだか緊張するなあ。歯磨きをしているところを見つめられることなんて、普段はないからだと思うけれど。
私は泡だらけになった口の中をぐじゅぐじゅぺー、ぐじゅぐじゅぺーと二回濯ぐ。
歯を磨き終えると、私は幽霊ちゃんにおいでと手招きする。幽霊ちゃんは誘うがまま私についてくる。私はリビングを出て、私のお部屋へ向かう。幽霊ちゃんは私の行く先を一心に見つめてる。私が立ち止まって振り返ると、彼女も立ち止まる。私は幽霊ちゃんを少し見つめた後、「ここは私のおうちだよ」と言った。けど、もちろん幽霊ちゃんは何も言わない。
(ここは私のおうちなの)と私はもう一度心の中で呟く。
そうして、私は一人で「うん」って頷く。「うん」ってひとりでうなずくのは、私のおまじない。
でも…「わたしのおうち」だなんて、幽霊ちゃんには関係ないのかもしれない。幽霊は勝手に人のお家に入って、通り道にするから。幽霊は人みたいに「ここからここまであたしんち!」って空間を区切って自分のものにしないもの。幽霊ちゃんは好きなときに好きなところにいる。好きな時に好きなところにいられるというのは、私にはとても自然なことに思える。どうして、人間は好きな時に好きなところにいられないんだろう? 私は学校へ行って、あまり分からない授業を聞きながら、じっとしてなきゃいけないんだろう? 幽霊ちゃんだって、猫のルルちゃんだって、そんなことしなくていいのに…どうして人間だけがそんなことをしなきゃいけないんだろう? それはとっても不思議なこと。
そんなことを考えながら、私はお部屋に入る。窓際にベッド、その反対側に勉強机、小さなテレビデオと本棚がある。ベッドの上にはお気に入りのぬいぐるみがいくつかあって、本棚には私の好きな本がたくさんある。(星の王子さま、大きな木、たのしいムーミン一家、不思議の国のアリス、クレヨン王国の十二カ月!)私の好きなものが溢れたお部屋。
私は幽霊ちゃんの方へ振り返って「ここね、私のお部屋だよ」と言って両手を広げる。でも、幽霊ちゃんは首を傾げて、きょとんとしている。
私は本棚からスケッチブックを持ってきて、幽霊ちゃんに広げる。幽霊ちゃんはじっとスケッチブックを見つめる。
「これね、私の描いた絵なの。私に見えてる景色を描いたの」
幽霊ちゃんはじっと私の絵を見つめている。それは駅のホームの絵。駅のホームと、そこにいたたくさんの幽霊を描いたの。駅のホームにはなぜだか幽霊がたくさん集まってくるから。その絵を広げて幽霊ちゃんに見せたのは、彼女なら私の見える風景について分かってくれるかなって思ったから。幽霊が見えるなんて、おかあさんの他の誰も信じてくれない。みんな自分に見えているものしか信じないから。幽霊ちゃんはただ絵をじっと見ている。私がスケッチブックを広げたままでいると、ずっと絵を見つめてくれている。私の心はあったかくなって嬉しくなる。
「他にもこんなの描いたよ、ルルちゃん!」
私はページをめくって、黒猫のルルちゃんがベッドで丸まってる絵を見せた。
幽霊ちゃんはルルちゃんの絵をじっと見てくれる。見てくれるってことは私の絵を楽しんでくれてるのかなあとも思う。
「あのね、あのね、他にもこんな絵があるの」と私は幽霊ちゃんに私の描いた絵を次々に見せていく。幽霊ちゃんは私の絵をじっと見てくれたから、私は嬉しくなってスケッチブックにある絵をひとつひとつ見せた。
「これで最後の絵だよ」って幽霊ちゃんに最後のページを見せた。最後のページはおかあさんの絵!おかあさんにリビングの椅子に座っててもらって、スケッチしたんだ。幽霊ちゃんはずっとおかあさんの絵を見つめてる。おかあさんの絵を見つめてくれるのは嬉しい。けれど、幽霊ちゃんはそのまま五分、六分、七分と絵を眺め続ける。そんなに見つめられると、絵を掲げてる私はどうしていいか分からなくなってしまう。何も言わずにずっと見つめられていると、少しそわそわしてきて逃げ出したくなっちゃう。なんでだろう?
「ね、夢のクレヨン王国のビデオがあるんだけど、見ない?」と私は幽霊ちゃんに尋ねた。けど、幽霊ちゃんは絵から視線を離さない。私の拙い絵なのに、美術館で絵画を見てるみたいにして眺めている。私の絵をそんなに見てくれるなんて嬉しいけれど。
「私の絵を見てくれてありがとう。でも、絵を持ってるの疲れちゃった」と私は言った。すると、幽霊ちゃんは絵から視線を逸らして私の方を向いた。
「夢のクレヨン王国のビデオ入れるね」と私は幽霊ちゃんに言うと、スケッチブックを本棚へしまって、棚から「夢のクレヨン王国」のビデオを取り出し、テレビデオに入れる。毎週欠かさずテレビデオで録画してあるから、夢のクレヨン王国のビデオは一話目からおうちにあった。テレビに夢のクレヨン王国が流れだすと、幽霊ちゃんはふらふらとテレビの前まで歩いていって、画面に手が触れられるほど近くにいった。そんなに近くにいったら目が悪くなりそう。でも、幽霊だから関係ないのかな? それにしてもやっぱり夢のクレヨン王国が好きなんだなあ。
『ン・パーカ♪ ン・パカ、泣き虫毛虫〜♪』とオープニングの歌が流れる。
幽霊ちゃんが夢のクレヨン王国に夢中になっている間、私はベッドへ移動して、横になった。私は幽霊を見ると、すぐ眠くなっちゃう。ずっと幽霊を見たり、猫が喋っているのを聞いたりすると、すぐ眠気が来て夢の世界へ引きずり込まれる。だって、幽霊を見て、猫が喋るのを聞くのに、私の頭がたくさん頑張ってるのが分かる。高速で回転しようとして熱を発しているのが分かる。
でも、私は「幽霊を見て、猫が喋るのを聞きたいから頑張って!」って私の頭に頼んでない。でも、私が頼まなくても、私の頭は勝手にそういうのを見たり聞いたりするの。それはとっても不思議。
私の頭の中には変な機械があるみたい。その機械は私に幽霊を見せたり、猫の言葉を聞こえるようにしてくれる。そして、私の頭へメロンの皮みたいにへばりついてて、なぜか私の頭と繋がれている。それは私の栄養をちゅーちゅーと吸って動いているの。それで幽霊や猫が居たら、「ここに幽霊がいるよ! 見てよ! めっちゃ幽霊だよ! わー、幽霊だ!」、「猫がこんなこと喋ってる! ほら、猫がこんなこと喋ってるから聞いてよ!」って無理矢理私の頭へ流し込んでくるみたい。私にはその機械を止められない。だって、それは生まれた時から私の頭に勝手についている機械だった。私が生まれる前に決められていたことで、私に自由に出来ることなんて何もないから。そして、私を作ったのは私じゃなくて、おかあさんでもない。だって、私だっておかあさんだって、私が幽霊を見えるようにしようなんて、そんなことぜったいに考えやしないもの。まあ、そりゃ幽霊ちゃんが見えるのは楽しいことだけど。人生のはじめに選択画面みたいなのが出てきて、幽霊ちゃんが見えるのが楽しいから、幽霊ちゃんが見える人生にしよう! だなんて、そんなことを私に選べる訳なんてない。だから、私はこことは違うどこか別の場所で作られて、この世界へ運ばれてきただけなんだと思う。その時、私の頭には幽霊ちゃんが見えるように、変な機械が勝手につけられたんだと思う。だから、私にはどうしようもないの。私は幽霊が見えるようになった原因はその頭の中にある変な機械のせいだと思っている。その機械は色んな部品がぐちゃぐちゃになったまま、私の脳味噌にひっついていて、私の脳と一体化している感じがする。その機械が無ければ、私は猫の話し声が聞こえないし、幽霊も見えない。
そして、私はその機械のせいですぐに疲れちゃう。頭が痛くなったり、たくさん眠くなったり、学校を休んだりもする。幽霊を見たり、猫の話を聞いたりしていると、だんだん意識が遠くなっていって、暗闇に吸い込まれていくような感じがする。幽霊を見すぎたり、猫の声を聞きすぎた時、だんだんと視界が狭くなっていって、倒れる! と思ったら倒れていたこともあった。私はそうやって他人に迷惑をかけてまで幽霊を見たいなんて思わないもの。
私はシルバー王女が従者のストンストンやアラエッサと話すのを聞きながら、うとうとしている。幽霊ちゃんはテレビデオに齧り付いている。私の視線からは幽霊ちゃんも半透明の背中も見えれば、夢のクレヨン王国の映像も見える。不思議。しばらく、その背中を見つめていると、目を開いていることが難しくなってくる。そうすると、夢の世界の住人が向こう側から手招きしてるのがわかる。夢の住人は私のことを手招きしながら言ってるの。
「ほら舟音、こっちへおいで。こっちの世界には楽しいことがいっぱいあるよ。おいしいお菓子もいっぱいあるよ。みんなここで待っているよ。みんな舟音が来るのを待っているんだよ」
そんな風にして、シルクハットを被った顔の無い人が私のことを呼んでいる。燕尾服を着て、白い手袋をして私のことを手招いている。私は楽しいことも、おいしいお菓子も、いまはいらない。顔のない人がくれようとしているものなんて、何もいらない。私はなんにも欲しいものなんてないもの。ただ、今はまだ眠りたくないよ。けれど、なぜだか眠りの世界へいかない訳にはいかない。どうしてだろう? やっぱり、私の自由になることなんて、ほとんどないじゃない。私は眠りたくなんてないのだもの。どうして眠りたくないのに、寝なきゃいけないの? いったい、私には何が選べて、何が選べないの?
そうして、私はゆっくりと眠りの世界へ落ちていく。瞼を開けていられなくなってきて、私は目を閉じる。幽霊ちゃんの背中が見えなくなって、私はあちらの世界へ落ちていく。
あちらの世界について、私はいつも考える。
現実と夢の世界の境界ってどこにあるんだろう?
私はいつも気がつけば眠りに落ちている。眠りと現実の境目と出会ったことがない。私が眠りに落ちる瞬間ってどこなんだろう? 現実と眠りの境目ってどこにあるんだろう?
私が眠りと現実の境界線を探しているうちに、気付いたら眠りの世界に居るの。私はいつもその境界を見つけられないままに夢の世界へ旅立つ。もしかすると、境界なんてないのかもしれない。なんて、思う。むしろ、本当は境界なんてなくて、夢も現実も何もかもただどろどろに溶けてるだけかもしれない。現実だって少し気を抜けばどろどろに溶けてしまうような、あいまいなものかもしれない。私たちはただそれに気づいていないだけ。




