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6. 二度目の面会




 名前を知らないヒーローもまた、一目見て「あっ、ヤンデレ騎士だ!」とすぐにわかった。

 あの、よくわからない特殊能力が働いたらしい。


 私の視線には当然気付かない彼は、サリアン邸の庭に目を向けながら通り過ぎていった。


 ……もしかしてリオレットを探していた? いつもこんな感じで、通りすがりに彼女の姿を追っていたのだろうか。

 

 初めて生身の真ヒーローを目の当たりにして、急に罪悪感が湧いてきた。分かっていたことだけれど、私が出しゃばったせいで少しずつ流れが変わってきている感覚がある。


 ごめんなさい、邪魔するつもりはなかったんです!

 そんな風に彼に向けて謝りたい気持ちはあるけれど、約束の時間はもうすぐやってくる。

 この後すぐにリオレットとの面会が控えているのだから、まずはそっちに集中しなければ。

 


 気を取り直して、私はエディウスと共に屋敷へ入っていった。



 前回と同じように玄関前で迎えられ、応接室に通された後にコリーヌが姿を現した。やはり今日も大人しく地味なドレスを着ている。



「リオレット様……いえ、リオレットも心待ちにしております。今日もエディウス様のためにオシャレに余念がないご様子でしたわ」

「コリーヌ夫人。血が繋がっていないとはいえ、娘に対して敬称を使うのは不自然ですよ」

「申し訳ございません。いつもの癖で、ついうっかり⋯⋯」


 眉を下げながら、悲しげに微笑みかける。これを演技でしているかと思うと、本当に気色が悪い。



〈エディウス、これから会う人たちのことをしっかりと観察しなさい。表面の印象だけで判断することは禁物です。相手の挙動に目を光らせ、その先にあるものを感じ取るのです〉



 そう囁いて、あとは黙って様子を窺うことにした。あまり気を散らせるのも良くないという思いと、エディウスに直接答えを教えるのは違う気がしたから。


 そんなことを思いつつ案内されて応接室を出ると、やはり前回と同じように廊下でミレイナと遭遇した。今日もシンプルで地味な色合いのドレスに身をつつみ、おしとやかに挨拶をする。


 でもよく見れば、地味とはいっても生地は滑らかで柔らかく、けして安物でないことが分かる。むしろ無駄な装飾もなくシックな装いだから、女性の美しさを引き立たせているデザインだ。



 ミレイナはとても美しかった。母親であるコリーヌが美人だから、それを色濃く受け継いだのだろう。

 白くて滑らかな肌。ふっくらと肉付きがよく、胸元は大きく膨らんでいる。


 エディウスの顔を見てみた。彼女に対して、どのような視線で見ているのか気になったから。

 十九歳という若い男性には魅力的に映るだろうし、小説の婚約破棄のシーンではミレイナを選んだように書かれていた。それが私の中で引っかかっていたのかもしれない。



「エディウス様」


 ミレイナが立ち止まって一礼をすると、エディウスは「ああ、ごきげんよう」とだけ言って素通りしようとした。


「え、あの」

「なんだ?」


 驚いた顔をしてミレイナが彼を見上げている。その様子からして、これまでは親しく話をしていたのだろう。


「もしかして、どこかお加減が悪いのですか?」

「いや、いたって健康だ。ではまた」

「あ、……」


 ミレイナが言葉を失うと、コリーヌが口を挟んだ。


「娘はエディウス様のことを、将来のお義兄(にい)様と思い慕っておりますから。少しお話をしたかったのでしょう」

「それは申し訳なかった。しかし今日はあまり話したくない気分なんです。もしかしたらリオレットと会っても口数が少ないかもしれません。なるべく場をもたせるようにはしますが」

「まあ、そうですか。もちろんご無理をなさらないでくださいませ。リオレットもエディウス様とお会いできるだけで嬉しいと思いますよ」


 わずかに戸惑う様子を見せたコリーヌは、空気を読んだのかその後は言葉少なに歩いた。




  

「エディウス様、ごきげん麗しく」


 今日は屋内の陽の入る明るい部屋に通された。

 そしてリオレットもまた、前回と同じく原色の派手なドレス姿で登場する。やはり可哀想なほど似合ってなくて見ていられない。

 エディウスはこの後、どんな会話をするのだろう。



「ごきげんよう、リオレット。しかし相変わらず君のセンスは酷いものだな。君には伯爵令嬢として、洗練された美的感覚を身に付けてもらいたいと常々言っているだろう」


 え、ちょっと!

 意外なことに彼の態度は変わっていなかった。その口調に私は驚いて目を見張る。


 まさか、よくある原作の強制力とかいうやつ?

 それともわざと?



「申し訳ございません、次にお会いする時はもっと考えてドレスを選びたいと思います……」


 か細い声で謝りながらリオレットが頭を下げた。でも前回と比べるとエディウスの声は柔らかく、言葉ほど棘は感じない。  

 とりあえずそのまま様子を見ることにした。



 三人がテーブルに着き、互いの近況を言い合いながら話が進む。

 コリーヌは控えめな伯爵夫人を演じているようだけれど、所々で本来の性格であろう気の強さや口数の多さがちらちらと見え隠れしている。


「コリーヌ夫人。ちょっと気になることがあるので少し口を閉じてもらってもいいですか」


 声のトーンは穏やかでありながら角が立つような言い方をする。もしかして、それでオブラートに包んでいるつもりなのだろうか。

 何を言い出すのかと眺めていると、エディウスはリオレットの方をまっすぐに見て言った。


「リオレット、君は何か無理な食事制限でもしているのか? 夫人やミレイナと比べて随分とやせ細っているじゃないか」

「え……そ、それは」


 話の流れを遮り、いきなり核心に触れる質問をした彼に驚いた。とはいえ、リオレットの方がもっとびっくりしたかもしれない。突然のことで動揺したように口ごもると、すかさずコリーヌが口を挟んだ。


「申し訳ございません。リオレットは元々小食な上に好き嫌いも多くて……後妻という立場ではなかなか意見することも難しく」


 夫人は言い訳を口にするが、彼は気にせずに話を続ける。



「細いだけじゃない。肌もカサカサで艶もない。女性に対して失礼かと思うが、私の妻になるのだからそれでは困るのです。コリーヌ夫人、食事は彼女に合わせるよう料理人に伝えてください。好き嫌いが多いからと放っておいてもらっては困ります。あまり改善されないようでしたら、伯爵にも伝えますので」

「え、ええ。申し訳ございません。そのように致します……」


 さっきまでの調子の良さはなりを潜めて、夫人は微笑みを引き攣らせている。この人、よく見ていると意外と顔に出やすい性格のようだ。


 そして今の会話はちょっと感心した。きっとこれは原作の強制力なんかじゃない。わざとそう言ったんだ。


 私の忠告を受け入れ、彼はコリーヌの嘘を暴くことなくリオレットへの責任を課した。

 我儘だの逆らえないだのという言い訳を封じ、リオレットの健康を守らなければならない立場であることを念押しする。




 少しハラハラしたけれど、今回のエディウスの話は良かったのではないかと思う。

 これでリオレットの食事面だけでも良くなってくれたらいいのだけれど。



 食事がままならないと、心も弱る。

 美味しいものをおいしく食べることができたら、それは元気への第一歩。


 これは居心地の悪かった家から逃げた、私の持論でもあった。






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