5. 意外な出会い
「おい、何をしているんだ。君はリオレットなのか?」
「エディウス様……?」
驚いたようにこちらを見た使用人は、私から見ても彼女で間違いない。
こちらに小走りで駆け寄ると、柵越しに令嬢らしい挨拶をした。化粧もなく、その姿は儚げを通り越して青白い顔をしている。
「伯爵家の令嬢が、なんて恰好をしているんだ!」
「あの、お継母様からエディウス様がいらっしゃる前に庭掃除をするようにと言いつけられまして……」
「な……? どういうことだ、庭師はどうした。なぜ娘に掃除をさせているんだ」
「エディウス様をお迎えするのに、私が準備をしておくことは当然のことですから。応接室やお招きするお部屋の掃除も、午前中には終えております」
「リオレット、それは本気で言っているのか? まさか、いつもそうして私を迎えていたのか」
エディウスは混乱した様子で必死に話しかける。
「はい。でも苦ではありません。だってその日はエディウス様の為に働けるのですから」
そう言ってリオレットは幸せそうに微笑んだ。
エディウスはそれを聞いて言葉を失くした。呆然とする彼を見て、そんな反応にもなるよねと思う。さすがにこんなことを彼は想像もしていなかっただろうから。
そして私自身も話を聞いていて切なくなってしまった。
なんて健気で、そして世間知らずなのかと。
実母を亡くす十歳までは、リオレットも伯爵令嬢らしい暮らしをしていたはずだ。それなのに、こんな価値観を刷り込まれるくらい不当な扱いを受けてきたのかと思うと泣けてきた。
「これほど早くお見えになると思わず、このような恰好のままで申し訳ございませんでした。これから急いで支度をしてまいりますので……」
「リオレット」
一礼をしてこの場を立ち去ろうとする彼女を、エディウスが引き留める。
「少しだけ話を聞いてくれ。急がなくていいから」
「でもそれでは……」
「俺のことは気にするな。事情があってここを通りかかっただけで、約束の時間より早く訪問するつもりはない。――――それで話というのは、俺が早くここへ来ていたこと、君とこうして話したことを今は誰にも言わないでほしいんだ」
「はい、かしこまりました」
「後で再会したときも、今日初めて会ったように挨拶してくれ。それだけ言いたかった」
そうして一旦別れた後、エディウスは低く唸るように呟いた。
「どういうことだ、これは」
「エディウス様……」
同行していたレノも、戸惑ったように声を掛ける。
「まさか女神様が言っていた、今の姿を知ろうとしないという話はこのことだったのか?」
ここまで彼の行動を見てきて、私は再びエディウスに語りかけることを決めた。偶然とはいえ、今のリオレットを見たらおおよその状況を理解しただろう。
それに『彼の為に働ける』ことを健気に喜んでいる女の子の気持ちを思うと、どうしても誤解を払拭してあげたかった。
〈あー、こほん。……エディウス。やっと彼女の真実を知ったのですね〉
二週間も喋らずにいたので、喉の調子を整えて呼び掛けた。
「女神様?」
ハッとしたように、エディウスが見上げる。
〈あなたのことをずっと見ていました。よくここまで辿り着つくことが出来ましたね〉
「再び御声を聞かせていただけるとは……ありがとうございます。しかし今の私はとても混乱していて、何を話せばいいのか」
「エディウス様」
端から見れば、空に向かって独り言を話す主人を見て驚いたのだろう、レノは戸惑うように声を掛けた。
「天から女神様の声が届いているんだ。やはり君には聞こえないか?」
「女神様ですか? いいえ、何も」
私の声は、取り憑いたエディウスにしか聞こえていないことはわかっている。まずは彼を鎮めるために、落ち着いた口調で話しかけた。
〈私の声はあなた以外の人には届きません。他の誰でもない、あなた自身が真実に向き合う必要があるからです。ここで立ち尽くしても仕方がありません。一度馬車に戻って落ち着いて考えましょう。私も協力するつもりです〉
上手く誘導できたのか、エディウスは頷くとレノを促して再び馬車へ戻った。
「俺はまさか、ずっと思い違いをしていたのか?」
座席に戻り座り込むと、重く沈んだ声で呟く。
「レノ、さっきのリオレットを見てどう思った?」
「……非常に驚きました。エディウス様がお気付きにならなければ、ただの使用人だと気にも留めなかったはずです」
その言葉を聞いて、エディウスは深くうなだれる。
「あれが俺がいない時のリオレットの姿? だとしたらコリーヌ夫人のこれまでの言い分は……元妾となじられ、ミレイナと共に嫌がらせを受けていると言っていたのは嘘だったのか」
「まさか、あの淑女の見本のようなお方が……先程のリオレット様を目にしなければ、私も信じられません」
レノも気になるのか、積極的に話に乗ってくる。
「なんてことだ……彼女は伯爵の娘だと驕り高ぶり、日陰者だった彼女達を虐げているものだと思っていた。婿入りした際には、夫として厳しく律するつもりでいた。あの派手な化粧とドレスは彼女の内面を表しているようで嫌悪しかなかったが……いや、まさかそれさえも?」
過去の思い返して自問自答している様子に、私は胸がすく思いをした。
ヒロインが誤解され罵倒される姿は、すごく苛立つし苦々しく思う。それが強いストレスになるからこそ、後に迎える「ざまぁ」や「愛されハッピーエンド」が大きなカタルシスをもたらしてくれる。
だけど、こうして目の前で誤解が解けていく様を見るというのも、それと同じくらい気持ちが良かった。
「訪問したら、そのことについて夫人に問いただしてみようと思う。なぜリオレットが使用人の真似事をしているのか、婚約者の俺には知る権利がある。それは問題ないな?」
「はい、エディウス様のお立場ならば不当な干渉には当たらないかと思います。しかしそれならば、なぜリオレット様に今の事を話してはならないと仰られたのですか?」
「彼女の使用人姿を見たと先に知られてしまったら、面会するまでの時間に言い訳を用意されるかもしれないだろう。こういうものは、猶予を与えずに質問しなければ意味がない」
エディウスはなんだかやる気になっているようで、私は慌てて今後の展開を予想する。
彼は直接問いただして解決しようとしているみたいだけれど、それで本当に収まるのか?
姑息な手段で長年彼を丸め込んできた人が、少しつつかれたくらいで簡単に認めるとは思えない。だって、他人の目に留まりかねない庭掃除を平然とさせられる人だ。相当図太い神経をしているに違いない。
それにもう一つ、私の不安要素にサリアン伯爵のこともある。小説を読んだ限り、コリーヌは伯爵の目を盗んで虐げている様子はあった。だけど事が露呈したとして、子供の気持ちを考えない伯爵がリオレットの味方をするのだろうか。
もしここで中途半端に暴いて黙認されたとなれば、虐めはさらに陰湿化する可能性だってある。そうなれば今のエディウスには止める手段はないはずだ。
それに……これはエディウスには絶対に言えないことだけれど、私にはヤンデレ騎士に繋がるルートも残しておきたいという気持ちがある。
エディウスは案外悪い奴じゃないことは分かった。でも本来のヒーローと結ばれる可能性を、私が勝手に摘み取ることまではしたくない。
そんな打算的な考えで、彼には一旦ストップを掛けた。
〈エディウス、お待ちなさい。今はまだそれを追求する時ではありません〉
「それは何故ですか。あのようなリオレットを見て放っておくことなど出来ません。できればその理由をお聞かせください」
〈真実は、貴方が思っている通りです。――しかしサリアン伯爵が留守をしている間、誰がこの屋敷を仕切っているかを考えなさい。その権力を持つ者はコリーヌ……追及の代償は大きいでしょう〉
「しかし、このまま見過ごすわけには」
三週間近くエディウスを見てきて分かったことは、少々頑固な面があるということだ。仕事でもプライベートでも、筋を通すことを大事にして曲がったことが嫌いなタイプ。
男らしいと言えばそうなのだけれど、悪く言えば柔軟性に欠け融通が利きにくいという面がある。
振り返ってみれば、あの小説の婚約破棄のシーンもそうだ。信じ込まされた嘘によって、彼の性格が最悪な形で表れた結果なのかもしれない。
〈あなたの気持ちはわかります。しかし言いたいことを言って貴方は満足しても、屋敷に残されたリオレットはどうなりますか? 貴方が立ち去った後のことから目を逸らしてはいけません。自分がどうしたいかではなく、彼女を良い方向に導くことを考えるのです〉
私の言葉は詭弁だけれど、これは本当に懸念していることでもある。そしてエディウスはそれを素直に聞いていた。
「エディウス様、まだ女神様とお話を?」
若干引いたような顔で見ているレノに、ムッとした声で言い返す。
「詳しいことは後で話す。今は女神様のお言葉を聞いているんだ。……変な目で俺を見るな」
恥ずかしそうにしながらレノに言い聞かせる。
これはもう、完全に私を女神だと信じこんだと見て良いのかも?
その手応えを感じて、これまでのコリーヌたちとの経緯を詳しく聞き出すことにした。どんなことを言われてきたのか、ミレイナとはどんな関係なのか、気になることを確認していく。
そうこうしているうちに、レノから訪問する時間が来たことを告げられた。
馬車は再び動き出し、ゆっくりと正門側に曲がっていく。そこで街を巡回している三人の騎馬兵とすれ違った。
その瞬間、ハッとして窓の外に目が釘付けになった。
先頭の馬に跨り、立派な騎士服に身を包んだ美しい青年。藍色の髪を靡かせて通り過ぎていった彼は、あの『ヤンデレ騎士』だった。




