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3. 私は女神

時間に余裕ができたので、1話投稿いたします。





 ヒロインが待っているという温室は、たくさんの植物が栽培された暖かい部屋だった。


 屋敷のすぐ隣に置かれた小さな建物。そこそこの広さのある室内には、色とりどりの花や低木が植えられている。

 中央にはテーブルセットが置かれ、いかにも貴族らしい優雅な空間だ。


 感心しながら辺りを見渡していると、奥から一人の女性が姿を現した。

 悪趣味な色味の、派手なドレスを着た女性がこちらに歩いてくる。


 

「お久しぶりでございます、エディウス様……」

「ああ、ごきげんよう」



 その姿に絶句した。

 小説のヒロイン、リオレット・サリアンだった。


 イメージしていた薄幸の美少女姿が霧散して、私の脳がバグる。

 だけど彼女もまた、一目見てすぐにリオレットだと分かってしまった。

    

 

 あまりにもドレスが似合わな過ぎて、まじまじと観察した。本当に、どうしてこうなったという格好だ。


 派手な原色を組み合わせ、それに負けないような濃いメイクがされている。それが絶望的に似合っていないのだ。

 かろうじて、個性派で派手な顔立ちの人ならば有りかも?という絶妙なファッション。見ようによってはオシャレかもしれない。

 だけど彼女の表情やキャラクターに合ってないから、なんだかピエロような印象になってしまっている。


 よくよく彼女の顔を見てみると、キツいメイクの下に陰りの表情が伺える。

 外見の派手さで隠されているけれど、控えめな佇まいとその表情は想像通りのリオレットだと確信した。


 可愛らしい顔立ちなのに、どうしてこんなことに。

 

 エディウスを前にして、恥ずかしそうに僅かに身じろぐ彼女を見て悲しくなってしまった。こんなの、自分の意思で着ていないのは丸わかりだ。


 間違いなく、これはコリーヌの仕業だ。そう自分の中で結論付ける。



「……リオレット。あまり女性の服装について言いたくないが、もう少し年相応のセンスを磨いてくれ。派手にすれば良いというわけではないと、何度言えばわかるんだ」


 呆れたような声で苦言するエディウスに、私はキッとなって背後から睨んだ。


 彼女は俯き「申し訳ございません」と蚊の鳴くような声で謝り、その隣に立つコリーヌが困ったように眉を下げながら緩んだ口元を扇で隠した。

 そのしてやったりな表情が、また腹が立つ。



 着席したテーブルにはお菓子と軽食が並び、温かい紅茶が注がれた。その間に、私はリオレットをさらにじっくりと観察する。

 珍妙なドレスからすらりと伸びる腕は、ほっそりという以上に痩せている。さっき会ったミレイナの方が余程発育がいい。エディウスはそのあたりに気付かないのだろうか。


 エディウスの小言から始まったこの面会は、当然良い雰囲気であるはずもなく。

「近頃お加減はいかがですか?」「エディウス様のお仕事ぶりは、父からお話をうかがっております」というリオレットの気遣いの言葉も、エディウスの耳には良いようには響がないらしい。

 

 うんざりとした雰囲気を漂わせ、おざなりな返事で場の空気を凍らせている。そしてコリーヌにいたっては、リオレットを褒め殺して下げるような発言を差し込んでくる。

 


 はっきり言って、すごく居たたまれない。

 何なのこれ。あまりに冷え冷えしていてこっちが凍えそうだわ。 


 それでも和やかにしようと、リオレットが健気に話題を振って努力している。そんな彼女に対して冷淡な態度を取り続けるエディウスに、次第にイライラが募ってきた。


 お前は一体何をやっているんだ。年下の女の子に気を使わせて情けない。

 そんな怒りにまかせて、私はエディウスに向かって野次を飛ばした。



〈このぼんくら坊主のうすらバカ! 見て、リオレットをよく見て! ワガママ放題にしている女が、こんなに痩せ細っているわけがないでしょうが! 今にも折れそうで血色だって悪いのが分からない? フシアナ? お前の目はガラスか何かですか!?〉


 まるで栄養失調を患っているかのような姿。それなのに派手な服を着させられて、それが更に珍妙さを醸し出している。

 この継母もムカつくけれど、表面だけを見てぐずぐず説教を垂れているエディウスにもかなり腹を立てていた。



「誰だっ!」


 いきなり椅子から立ち上がり、彼が周囲を見渡した。

 急に後ろを振り向いたから焦ったけれど、やはり私は見えてない様子でキョロキョロと何かを探している。


「どうされましたか?」


 コリーヌが驚いたように声を掛けると、「今、誰かが私のことをぼんくらだと……」と言い出したから、スッと怒りが醒めて真顔になった。


 ま、まさか?



〈……あ、あーあー。テスト〉


「テスト?」


 喋ってみると、私の声に反応してエディウスが上を見上げる。

 ……これ、完全に私の声が聞こえてるわ。

 でも真後ろで話しているから、天の声じゃないんだけどな。


 ふと視線を感じてテーブルに目を戻すと、リオレットとコリーヌが複雑な顔をしてエディウスを見つめている。

 反応を見る限り、彼女たちには声が聞こえていないらしい。



 どうしよう、このまま話を続けた方がいいのか。

 伝えられるなら言ってやりたいことは沢山ある。だけど変に恐れらて警戒されるのも本意ではない。


 だったらこの状況を利用しちゃえ、と思いついた。

 声だけ聞こえるなら、いっそ神様のフリをしてみよう。天の声でエディウスの態度を改めさせて、そしてコリーヌの本性を暴露する。

 もし信じてくれるなら、やってみる価値はありそうだ。


 そう答えをはじき出して、今度は落ち着いて彼に語りかけた。

 


〈……エディウス、聞こえますか。私は女神。今、あなたの心に直接語りかけています〉


「女神?」


 訝しむような声でオウム返しする。

 やっぱりすぐには信じないか。私だっていきなりそんなことを言われたら自分の頭を疑う。


 相変わらず辺りを見渡すエディウスに、私は厳かな声を作って再び話しかけた。



〈よく聞きなさい。貴方は数奇な運命をたどる特別な人。私はそんな貴方を導くために現れました。信じる者は救われるのです〉



 怪しい勧誘のような語り口になってしまったけれど、とりあえずそれっぽく話してみる。



〈あなたは愚かなことに、何も知ろうとしていません。婚約者リオレットの今の姿。それは――――〉



 そこまで言いかけて、急ブレーキを掛けた。

 これ、私がバラしちゃっていいの?


 だってこのまま行けば、リオレットはヤンデレ騎士に溺愛される未来が待っている。それなのに私が余計な口出してしまったら、ハッピーエンドをぶち壊すことにならないか?


 私は考えを翻して、一旦話を切り上げることにした。


「今の姿?」


〈……今はまだ話せません。一旦この場をお開きにしませんか?〉


「しかし、今来たばかりで帰るなど」

 

「あの……エディウス様、何か気になることでもおありですか?」


 コリーヌが戸惑った表情で尋ねてくる。彼がここで変なことを言っても困るので、再び彼を促した。



〈ほら、私と会話をしていると不審に思われますよ。とにかく理由を付けてここを出ましょう〉



 こんな言い回しで納得してくれるか分からないけれど、エディウスだって今更何事もなかったようにお茶の席に戻れないだろう。


 

「申し訳ありません。なんだか疲れが取れていないのか、なにやら幻聴が……まだ来たばかりですが、今日は帰らせてもらいます」


 私を信じてくれたのか、言った通りに帰ることを選んでくれた。

 良かった。突然のハプニングで私も焦ってしまっている。まずは落ち着いて考える時間が欲しい。


 

 席を立ち、玄関まで見送られて用意された馬車に乗り込んだ。その間エディウスはほぼ無口で、家に帰るまでひと言も声を出さなかった。


 そして私も、その間ついさっきの出来事を振り返っていた。

 まさか声を聞かれるとは思わず、余計なことを喋ってしまった。それに成り行きで女神を名乗ったけれど、この後どうしよう?



 そんなことを考えながらエディウスの後にくっついていると、屋敷の私室に戻った彼は、レノを含めて部屋から人を遠ざけた。


 広い部屋にポツンと一人立つエディウスを、不思議に思って眺める。

 

「女神様、私の声が聞こえますか?」


 向こうから話しかけてきた。

 後でと言われて、私がいつまでも話しかけないから痺れを切らしたのか。

 そして私もあんなことを言った手前、無視するわけにもいかない。



〈聞こえています。いつでも貴方を見ていますよ〉


「応えてくださりありがとうございます。先程の席にて、女神様は私に気になることを仰いました。『リオレットの今の姿』を知ろうとしないと。そのお話の続きを聞かせていただけるのでしょうか」


 まずい、私の発言をしっかり覚えている。

 

 どうしよう。

 ハピエン主義の私としては、下手に介入してヤンデレ騎士との未来を変えてしまいたくない。かといって、彼女を放っておくことも……なんて考えていると、エディウスが話を続けた。



「最初にお叱りいただいた女神様の言葉……それがどうしても気になっていたのです。彼女は出会った当時から随分と変わってしまった。それを私は『知ろうとしなかった』ということなのでしょうか?」


 真剣な眼差しで、エディウスからそう尋ねられた。






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