17サタリ現る
その時、黒い影が私の目の前を遮った。
「バゴッ!ドタ!」
異様な音がして目の前のシグルド様がぶっ倒れた。
「なに?し、シグルド様。大丈夫ですか?」
そう声をかけた私の腕がぐっとつかまれる。
「きゃ~何するの!!」
「お嬢さん。お怪我は?まったく、俺が目を離すとこれですか?」
目の前にはサタリがいた。
彼のこめかみには青筋が浮き出ているみたいにピキピキした顔つきで。
「サタリ?お前どうしてここに?」
「お世話係はだめでもお嬢さんを見守る事はやめません!」
「じゃ、サタリはすっと私のそばにいたって事?」
「当たり前です。陰で見つからないようにずっと見守ってましたよ。ったく。お嬢さんなにもされてませんか?クッソ!あいつぶっ殺す!」
異常に興奮するサタリは肩を震わせて怒りを露わにしている。
「でも、仕事で‥」
「あんな仕事、すぐに終わらせましたよ。それよりお嬢さん、何かされましたか?」
すっと頬に伸ばされた彼の手は怒りのせいなのか小刻みに震えている。
「何もされてないから、サタリちょっと。落ち着いて‥」
私はサタリを落ち着かせようと彼に抱きつく。
久しぶりの彼の香りと温もりになぜか心はふっと和らいだ。
やっぱりあなたが好き。
「寂しかったサタリ‥」
ビクッとサタリの背中が震えて彼の手が私の背中に回された。
「俺がどれだけお嬢さんの事を大切に思っているか‥おじょう、さ、ん‥」
「サタリさん、もお、ひどいじゃないっすか。いきなり殴るなんて」
ぶつぶつ言いながらモネグロが講堂に入って来た。
「お前!お嬢さんの護衛のくせに何やってた?あいつとふたりきりにされるなんて!!お前ぇ!仕事しろ!クソ!」
サタリはいつになく焦った様子でモネグロを怒鳴った。
私は少し恐くなってサタリのシャツをぎゅっと掴んでいた。
「あっ、お嬢さんすみません。あいつを見たらつい‥」
見上げるとサタリがふっと目を細めて優しい眼差しをくれた。
「サタリさん酷いっすよ‥俺だって、シグルドってやつがお嬢さんと話がしたいって言うから‥外にいたんだし、問題なんかないじゃないで‥「バゴッ!」痛ってぇ~何で殴るんです?」
私を抱いていた手の反対側からジャブが飛ぶ。
「さ、サタリ。いいから、もう許してあげて。私が無理言ったんだよ」
「そうですよぉ~」
モネグロは殴られた頬をさすりながら言う。
「わかったモネグロ。今から世話係は俺に戻った。お前はもう帰れ!」
「え~?サタリさん、ですが会長が‥」
モネグロはなおも話を続ける。
「お嬢さんが俺がいいって言ったんだ。会長には俺から話す。何か文句でも?ねっ、お嬢さん」
サタリはモネグロをぎろりと睨みながら反論をはねつけると私に微笑んだ。
お前二重人格か?と思わず脳内で突っ込む。
いやいや、それよりサタリ私そんな事言ったっけ?
寂しかった。その一言でサタリは私のそばにいてもいいと判断したらしい。
でも、私はその決断に異を唱える気はもうなかった。
「ねぇ、みんなで帰ろうよ。モネグロ悪かったね。さあ、サタリいいから行くよ」
途端にサタリの顔にとろけるような笑みが浮かぶ。
「はい、お嬢さん。今夜の夕食、お嬢さんの大好物にしましょうか」
サタリは上機嫌で帰りの馬車に乗り込んだ。
帰りの馬車の中、サタリは私の隣に座った。モネグロはサタリの向かい側に座った。
「お嬢さん、寒くはないですか?」
ふわりとサタリが手を握る。
ごつごつした男らしい手が私の手の甲をそっと撫ぜる。
「うん、もう少しくっついてもいい?」
「ええ、腕を回しても?」
私は恥ずかしさでこくりとしか頷けない。
サタリがそっと腕を回す。逞しい胸の中に抱き込まれて迷わず顔を埋めた。
「うふっ、あったかい‥」
「お嬢さんが無事でよかった‥」
サタリはほっと息を吐き独り言のようにそう呟いた。
「また、子供扱いして‥」
「子ども扱いなんて‥だって、お嬢さんが可愛いいんですから」
そんないつもの言葉を聞いてか心は波立った。
それはシグルド様にあんな事をされたからじゃなかった。
彼に相手にされてないって思うから。
なのに、サタリ以外の人にそんな事をされたくないってはっきり気づいたから。
彼の温もりが伝わって来ると私の心は崩壊した。
サタリあなたが好き。どんなに誤魔化そうとしてももう無理。
例えあなたが私の事を女として見てくれなくても私はあなたが好き。
この気持ちは、どんな事をしても変えることは出来ないって思う。
あなたが好き。
そんな私達をモネグロは死んだ魚のような眼差しで見ていたが気づかないふりをした。




