12行き場のない気持ち
私はグスタフ様に握られた手に触れながらぼ~としていた。
「お嬢さん、行きますよ」
突然サタリが手を握った。何だか怒ってるみたいに口調は荒い。
有無を言わさない勢いで私は講堂の外にある手洗い場に連れて行かれた。
「サタリ。いきなりなに?」
「手を洗って下さい」
「どうして手を洗わなきゃならないのよ。私、さっきグスタフと握手したのよ。今日は手を洗うつもりなんかないわ!」
思い出して顔がにやける。
サタリはチッと舌打ちして「だめです。あんな汚い手で触られたんですよ。病気になったらどうするんです?俺は知りませんよ。高熱が出て苦しむことになっても。さあ、早く!」
ぎゅっと手を引っ張られる。
「いやよ!」
「仕方ありません」
サタリは私の手を無理やり引っ張って水をかける。
何度もバシャバシャ水を掛けられて手はすっかりびしょぬれになった。
ああ、もぉ!せっかくのグスタフ様の感触が!!
「さあ、これくらいでいいでしょう」
サタリは満足した様子でポケットからハンカチを取り出すと私の手を何度も拭く。
「もういいから、離して!」
私はすっかり気分を悪くして馬車乗り場に歩き始めた。
「お嬢さん?何を怒ってるんです?俺、今日は朝からタオルの準備や扇子も取り寄せたりしてすごく頑張ったんですよ。どうして怒るんです?」
走り寄って来たサタリが理解できないとばかりに困った声で話す。
お、怒るに決まってるじゃない!せっかくいい気分だったのに。
むしゃくしゃした気持ちのまま、さっきのサタリの様子を思い出す。
「何よ。サタリったら、さっきまで女の子の前で嬉しそうに鼻の下伸ばしてたくせに!私の世話係なんかどうせつまらないでしょう?」
「俺そんなつもりじゃ‥お嬢さんの護衛が恐い顔で相手したらお嬢さんが困るんじゃないかって思ったから‥」と言葉は尻すぼみだ。
そんな言い合いをしながらそのまま馬車に乗り込んだ。
私はぶすっとした顔のまま椅子に座った。いつもは向かいの席に座るサタリが私の隣に座った。
私はフンと顔を反らす。
「そんなに怒らないで下さいよ」
「いいわよ。別に‥男ってみんなそうなんだから」
「だったら、お嬢さんも男になんか目を向けなきゃいいじゃないですか!」
珍しくサタリが声を荒げる。
「何よ。サタリはただの私の世話係じゃない。どうしてあなたにそんな事言われなきゃならないのよ!」
だってあなたは私を女と見てくれないじゃない。だから推し活してるんじゃない。何がいけないのよ!!
思わずそんな事を口走りそうになって唇を噛む。
「お嬢さん。俺にとってお嬢さんは俺の宝なんです。お嬢さんに万が一の事でもあったら俺は‥会長に顔向け出来ません。俺、お嬢さんにはふさわしい男と幸せになってもらいたいんです。そのためなら欲にまみれた野獣からお嬢さんを守るのは使命だと思ってますから。これからもお嬢さんが嫌がってもやめませんよ!」
どれだけ過保護なのよ!
もう、溺愛親父みたいじゃない。
わかっていた。
サタリが私をどれほど大切に思っているかは。ただ、それは家族のような感情からであって異性に対するものではないと言うことを。
「なによ!あなただって欲にまみれた男に見えたわ。そんなに言うならサタリあなたも私に近づかないでよ!」
「そんなつもりあるはずないです。俺にとってお嬢さんは宝物で大切なものなんですから‥」
サタリが私の肩に触れようとした。
「いいから、離れてよ。私に近づかないで!」
私はとどめの一言を言うと二人ともそれっきり黙った。
家に着くと差し出された手もはねのけて私は部屋に籠った。
どうしようもない気持ちが。行く場のない恋心が。決して気づかれたくない気持ちが。叶うことのない恋が。
私の身体で行き場を失って暴れまくる。
むしゃくしゃしてクッションを投げつけた。
クッションの縫い目がほころびてそこから綿がはみ出した。
もう、何なのよ!!
はみ出した綿を触っているうちに日本にいた頃よく編みぐるみを作っていた事を思い出した。
最初は動物が主だったが推し活をするようになってからは自分の推しの編みぐるみを作ったりした。
グッズで買うのもいいけど世界に一つだけの推しの編みぐるみには結構愛着がわいたものだ。
大きさは顔と身体が2対1で顔の方が大きい。
マスコットキャラみたいでその方が可愛く仕上がる。
そうだ、編みぐるみ作ってみようかな。
ふと、そんな事を思った。




