case8. 苦手な先輩のはずだった
器用が故に、何に対しても本気になった事が無かった桐生拓哉は、先生に勧められるままに生徒会に入り、副会長になった。そしてそこでそこで、一つ上の先輩で生徒会長の、九条里香に出会い……。
初めて恋を知って、変化していく話です。
ぜひお読みください。
(本作はcase3.後輩からの告白の生徒会ペアの、告白以前、2 二人の出会いのお話です。case3を読んでいなくても問題なく読めます。)
桐生拓哉は、自分のことをどこか他人事のように思っていた。
勉強も、部活も、人付き合いも、それなりにこなせる。手を抜こうと思えば抜けるし、頑張ればそれなりに上位に食い込める。でも、心から何かに夢中になったことは、一度もなかった。
何も困らずに生きてこられたから、執着も、焦燥も、無縁だった。
だから、高校を選ぶときも「家から近くて偏差値が合ってるから」というだけで今の学校を選んび、先生に勧められるままに生徒会に入って、副会長になった。
そこで出会ったのが、一つ上の先輩で生徒会長の、九条里香だった。
「この書類、昼休みに各クラスに配ってくれる? 担任の先生にも説明をお願いしたいの」
初対面のときから、彼女はきっちりしていた。冷静に物事を段取りよく進めていく。無駄がなくて、優秀で、隙がない。
正直、最初は苦手だった。
(こういう人って、疲れないのかな)
拓哉は、何となく壁を感じていた。でも、それでも彼女と仕事を重ねていくうちに、少しずつ気づいた。
会長席に一人残って資料を見直している姿。
全員が帰ったあとも、校内を一人で見回る姿。
失敗した後輩を叱らず、フォローしていた背中。
不器用なほど真面目で、ひたむきだった。
(……この人、すごいな)
それが素直な感想だった。
そのうち拓哉は、里香の「ありがとう」の言葉を聞きたくて、生徒会の仕事を前より丁寧にやるようになっていた。
でも、それを顔に出せない自分がいた。
「副会長、あの案、すごくよかったよ。助かったわ」
「……これくらい当然ですよ。会長こそ、もっと頑張ってください」
口から出るのは、いつものへらず口。
けれど、そのたびに胸の奥がふわりと温かくなった。
本当は、ちゃんと「嬉しい」と言いたかった。
でも、言えなかった。
そんなある日の放課後、生徒会室にて。
「桐生くん、来週の文化祭の打ち合わせ、時間ある?」
「ええ、まあ…会長がどうしてもって言うなら」
「ふふ、そう。じゃあ無理にでも頼もうかな」
笑った里香の顔に、拓哉の胸が少し痛んだ。
「……あの、会長」
「なに?」
「俺の仕事、そんなに凄いですか?」
九条は少し目を丸くして、それから静かにうなずいた。
「うん。すごいと思ってるよ。桐生くんは、他の誰よりも周りが見えていて、自分の動き方を知ってる。だから、凄く頼りにしてる」
「そういうの、適当に言ってるだけじゃないんですか」
「違うよ」
「……そうですか」
しばらく沈黙が流れた。
やがて、里香がポツリと呟いた。
「私ね、最初は桐生くんのこと、ちょっと怖かった」
「へえ、それはまた光栄な」
「光栄なんだ」
クスクスと笑う里香に、拓哉は聞いた。
「何で怖かったんですか?」
「だって、何でもそつなくこなしてるのに、どこか無関心で…心が読めなかったから」
拓哉は目を伏せた。
それは、彼自身が自分に感じていたことだった。何に対しても本気になれない、熱くなれない。でも。
「会長がいたから、俺……」
「……うん?」
「初めて、誰かに褒められるのが嬉しいって思いました」
その言葉は、自分でも驚くほど素直に出てきた。
里香は一瞬驚いたようにして、そして柔らかく微笑んだ。
「ありがとう。そうやって話してくれると、私も嬉しいな」
拓哉は照れ隠しに視線を逸らす。
「けど、やっぱ言わなきゃよかったです。柄じゃないし」
「ううん。私は、もっと聞きたいくらいだよ。桐生くんの気持ち」
拓哉は静かに里香の顔を見た。真っ直ぐで、嘘のない目。いつの間にか、彼女のそういうところに惹かれていたのだと改めて気づいた。
「……会長」
「なに?」
「卒業するまで、もっと一緒にいてください」
「もちろん。私、桐生くんと一緒に生徒会の仕事するの、すごく楽しいから」
その一言が、拓哉の胸の奥をやさしく満たしていく。
本気になるのが、こんなに楽しいことだなんて――知らなかった。
窓の外では、夕焼けが校舎を金色に染めていた。
その光の中で、ふたりはまた今日も、並んで机に向かう。
いつもの日常。でも、その中心にいるのは、確かに特別な誰か。
そんな日々が、拓哉にとって、かけがえのない時間となっていた。
見つけてくださり、お読みいただき、ありがとうございました!
本作は
case3.後輩からの告白 の生徒会二人の話です。
case3も合わせてお読みくださると嬉しいです。
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case3.後輩からの告白
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陽ノ下 咲