case7.両片思いな二人-side遙紀
高校一年生の岩瀬遙紀は、同じクラスで一緒の委員会の一之瀬茉莉奈の事が好きで堪らなくて……。
両片思いな二人の、男の子サイドの話です。
ぜひお読みください。
岩瀬遙紀が、同じクラスの一之瀬茉莉奈の笑顔を見て、初めて「苦しい」と思ったのは、あの日の事だった。
昼休み。女子たちに囲まれ、楽しそうに笑っていた彼女。その声が教室中に響く。華やかで、柔らかくて、周囲をぱっと明るくする笑顔。
でもそのとき彼女が向けていた相手は、遙紀にではなかった。遙紀では無い誰かに、その笑顔を見せていた。
それだけで、息が詰まるほど苦しかった。
(……どうしてこんなに、苦しいんだ)
その理由に気づくまでに、時間はかからなかった。
(俺は、一之瀬のことが好きだ)
もう、どうしようもないほどに、遙紀は茉莉奈の事が好きになっていた。
最初は、ただ「気になる存在」だった。
図書委員会でたまたま一緒になって、ノートを覗き込んできたときに肩が触れた。柔らかい声で「ありがとう」と笑うその顔が、ふとしたときに思い出されて。
そのうち、廊下ですれ違うだけで心臓が跳ねるようになっていた。
気づけば、目で追ってしまう。誰と話しているのか、どんな顔をしているのか、そんなことばかり気にしている。
でも、重すぎるこの気持ちだけは、彼女に知られてはいけないと思った。
告白して、振られるのが怖い。
それ以上に怖いのは、彼女の顔を曇らせてしまうこと。
あの優しい茉莉奈が「ごめんね」なんて言って、困った顔で遙紀を見たらと考えると、遙紀はそれだけで耐えられなかった。
関係が壊れるのも、距離ができるのも嫌だった。
だったら、今のままでいい。友達のふりをして、ただ隣にいられるだけでいい。
そう思っていたーーつもりだった。
けれど、茉莉奈が他の男子と笑い合っているのを見たとき。
胸の奥が、焼けるように痛んだ。
(俺以外の奴に、その笑顔を向けないでくれ)
そんな思いが喉元までせり上がる。
(けど、何も言えない。言える資格が、俺にあるわけがない。嫉妬なんて、醜い感情だ。わかってる。だけど、彼女が他の誰かと親しげに話しているだけで、何も手につかなくなる。本当は、全部壊してしまいたい。彼女の笑顔も、優しさも、誰にも見せたくない。教室ごと、閉じ込めてしまいたい。彼女が他の誰かを好きになるくらいなら、いっそーー)
そこまで考えて、遙紀はふと、我に返った。
(……何考えてんだ、俺は)
両手で顔を覆い、額に冷たい汗を感じる。こんな自分が、情けなくて仕方なかった。
距離をとるようになったのは、茉莉奈からだった。
(たぶん、バレてる。俺の目が、気持ちが、知らないうちに滲み出してしまっていたのかもしれない)
最近、茉莉奈とあまり話す事も無くなってしまったが、それでも、遙紀は遠くから彼女を目で追う癖はやめられなかった。
それどころか、彼女が他の子と話しているのを見るたび、胸の奥でなにかが黒く渦巻いていく。
(いっそ、俺のことなんか忘れてくれた方がマシかもしれない)
そんなことまで考えてしまっていた。
放課後、昇降口に向かう廊下を歩いている時、ふと数学の移動教室に目をやると、教科書が忘れられていた。
数学教室に入り名前を確認すると、それは茉莉奈の物だった。
遙紀は茉莉奈の机の上に置いておいてあげようと思い、教室に戻った。
すると、なんと茉莉奈本人がまだ教室に残っていて、帰り支度をしていた。
遙紀は一瞬だけ戸惑って、意を決して茉莉奈に近づくと、いつものように、少し目を伏せながら名前を呼んだ。
「一之瀬」
彼女は驚いたように振り返り、遙紀の顔をじっと見つめた。
遙紀は、そっと教科書を差し出した。
「これ、忘れてた」
「……あ、ありがとう」
一瞬だけ震えた彼女の手。その微かなぬくもりに、胸がきしむ。
遙紀は、居ても立っても居られなくなって、勇気を出して聞いた。
「最近、話しかけても……なんか、避けられてる?」
すると彼女は、ぎこちなく首を振って「違うよ」と笑った。
その笑顔が、優しすぎて。
遙紀はそれ以上、何も言えなくなった。
それからはまた、これまでの様に茉莉奈と話せる様になった。
けれど、遙紀は考えてしまう。
(俺たちって、一体なんなんだろうな)
こんなにも近くにいて、気持ちは届かなくて。「好きだ」と言いたいのに、言ったらきっと壊れてしまう気がして、言えない。
遙紀はとっくに気づいてしまってる。
遙紀の想いが、もう普通の“好き”じゃなくて、もっと、重くて、深くて、ひどくて。彼女の全部を自分だけのものにしたいなんて、願ってしまうほどの、激しいものだと言う事を。
いっそ「好きだ」と伝えたい。これまで何度も心に浮かんだ思い。
けれど伝えてしまったらきっと茉莉奈は困った顔をするだろう。
やはり、遙紀はその顔だけは見たくなかった。
たがら今日も、遙紀は“友達”の仮面を被って茉莉奈の隣に立っている。
心の中では誰よりも茉莉奈の全てを欲しいと思いながら。
見つけてくださり、お読みいただき、ありがとうございました!
本作はcase6. 両片思いな二人-side茉莉奈と対の作品となっています。
そちらもお読みいただけるとより楽しめます。
ぜひご一読ください。
陽ノ下 咲