case6.両片思いな二人-side茉莉奈
高校一年生の一之瀬茉莉奈は、同じクラスで一緒の委員会の岩瀬遙紀の事が気になり出して……。
両片思いな二人の、女の子サイドの話です。
ぜひお読みください。
昼休みの教室。
一之瀬茉莉奈は窓際の席に座って、友達と昼ごはんを食べていた。
「茉莉奈ー、ねぇ聞いて! となりのクラスの岩瀬くんって、意外とイケメンじゃない?」
突然の友達の言葉に、茉莉奈は手にしていたホットドッグを落としそうになる。
「え? ……岩瀬くんが?」
岩瀬遙紀。茉莉奈と同じクラスで、たまたま同じ図書委員になった事がきっかけで、話す事が多くなった男子の名前だ。
「うん、あの静かな感じ、ミステリアスでかっこよくない? この前プリント渡してもらったとき、ちょっとドキッとしたもん」
そう言って笑う友達たちの声が、なぜだか胸の奥に引っかかった。
(なんで、そんな気になるんだろう)
笑ってみせたけれど、心は少しざわついていた。
思い返してみれば、茉莉奈は最近、遙紀のことをよく考えている自分に気がついた。
同じ委員会で何気なく話した事。教室の窓際で、静かにノートを取る横顔。言葉は少ないけれど、遙紀は何気なく優しさをくれる。
たとえば、重たい資料を無言で持ってくれたこと。日直の時、黒板の上の方が届かなくて困っていたら、さりげなく消してくれたこと。遙紀に名前を呼ばれるたびに、茉莉奈の胸がちょっとだけ高鳴っていた。
そうして、今、茉莉奈は自分の気持ちに気がついた。
(……そっか。私、岩瀬くんのこと、好きなんだ)
その自覚が胸に落ちた瞬間、なぜだか急に教室の景色が変わって見えた。今まで何気なくしていた会話も、ふと目が合った瞬間も、全部が特別に思えてしまう。
だけど同時に、怖くもなった。
(告白したら、どうなるんだろう)
もしフラれたら、今の関係さえ壊れてしまうかもしれない。遙紀が困った顔をする姿なんて、見たくない。会うたび気まずくなって、目をそらされてーー。そんなの絶対に嫌だった。
(だから、言えないよね……)
茉莉奈は放課後の教室。誰もいない廊下を眺めながら、心の中でそうつぶやいた。
誰にも言えない気持ちが、茉莉奈の胸の中で大きくなっていく。
それから数日、茉莉奈は遙紀とは少し距離を取っていた。
話しかける勇気が出なかった。いつも通り話せばいいのに、緊張してしまって、つい他の友達とばかり話してしまう。
そんなときだった。
「ねえ、昨日も岩瀬くん、3組の由佳ちゃんと一緒に図書室にいたんだって!」
「え〜、あの子すごく頭いいし、岩瀬くんとお似合いかも〜」
何気ない会話が耳に入ってきて、胸の奥がチクリと痛んだ。
(なんで……そんなの、関係ないのに)
声には出せなかった。でも、自分でも驚くほど、心がざわついた。
(私って……こんなに嫉妬深かったんだ)
誰かの視線を気にして、彼の隣に誰がいるかで、いちいち心が揺れてしまう。
自分が、こんなにも人を好きになるんだなんて、茉莉奈は知らなかった。
放課後、用事があっていつもより遅くなってしまった教室。帰り支度をしていたときだった。
「一之瀬」
その名前を呼ばれて、びくっと肩が跳ねた。
振り返ると、そこに遙紀がいた。手には茉莉奈が数学の移動教室で忘れてしまっていた、忘れ物の教科書があった。
「これ、忘れてた」
「……あ、ありがとう」
受け取る手が、少し震えていた。
「最近、話しかけても……なんか、避けられてる?」
彼の問いかけに、茉莉奈はドキリとする。
「そ、そんなこと……ないよ。うん。全然」
嘘だった。本当は、自分の気持ちがバレそうで怖くて、話しかけられなかった。見つめられるたび、声を聞くたび、心が波打って言葉にならなくなる。
そんな自分が恥ずかしかった。
でも、遙紀は少しだけ微笑んだ。
「そっか。なら、よかった」
その笑顔を見て、あぁやっぱり好きだな、と思った。
どうしようもないくらいに。
⸻
それからは、また今までの様に遙紀と話す様になった。
けれど、言えないままの気持ちが胸に詰まって、苦しくなる。
それでも、茉莉奈は遙紀の隣にいられるだけで嬉しかった。
(ねえ、岩瀬くん。私、いつかちゃんと伝えられるかな。「好き」って、この気持ちを)
夕陽に染まった背中を見つめながら、茉莉奈はそっと願った。
言葉にはできないけれど、確かにそこにある恋心。
いつか、届けられる日が来ることを願ってーー
見つけてくださり、お読みいただき、ありがとうございました!
本作はcase7. 両片思いな二人-side遙紀と対の作品となっています。
そちらも読んでいただけるとより楽しめます。
ぜひご一読ください。
陽ノ下 咲