case4.雨の日の相合傘
高校二年生の月城尚也は、学校からの下校時間、下駄箱を出た瞬間に降り出した、土砂降りの雨に立ち往生していた。そこに幼馴染の本間みくが現れて……。
雨の日の、相合傘の話です。
ぜひお読みください。
(本作はcase1.突然のバックハグのペアが両想いになる以前の話です。case1を読んでいなくても問題なく読めます。)
梅雨の終わりが近づいていた。
放課後、空はどんよりと重たく、教室の窓から見える雲は今にも泣き出しそうだった。
けれど月城尚也は、天気予報が降水確率三十パーセントだったので、きっと大丈夫だろうとたかを括り傘を持って来ていなかった。
ところが下駄箱を出た瞬間、一気に土砂降りの雨が降り出した。
「うわ……」
教科書の詰まったカバンを背負いながら、校門の前で立ち尽くす。
傘を持っていない。周りの生徒たちは置き傘や折りたたみ傘を開いて、三々五々帰路についていく。誰かの傘に入れてもらう勇気もないまま、尚也はただ茫然と雨を見つめていた。
そのときだった。
「ねえ、尚也、傘ないの?」
振り返ると、そこには幼馴染の本間みくが立っていた。
前髪の先に少しだけ雨粒がついていて、可愛らしい水玉模様の傘を肩に差しかけている。
「あ、みくちゃん。うん、傘忘れちゃって……」
「しょうがないなぁ、尚也は」
そう言って笑うみくがあまりにも可愛く見えて、尚也はそれだけで、雨の日も悪く無いな、と思えた。
今日も笑顔が可愛いな、と思いながら彼女を眺めていると、みくは少し照れ臭そうにはにかみながら
「じゃあ……、えっと、一緒に帰る?」
と、傘を尚也のほうにぐっと寄せた。
一瞬、みくの凶悪的な可愛さ(尚也にはそう映っている)に、尚也は頭が真っ白になった。心臓が跳ね上がる。
「え、でも……悪いよ」
「平気。どうせ帰り道ほとんど一緒なんだし、一緒に帰ろ。ほら、早く入って」
そう言われると断れないし、そもそも断りたくもなかった。
おそるおそる彼女の隣に立つと、思った以上に距離が近くて、息が詰まりそうになった。
傘の中は小さな世界だった。
「一緒の傘に入るなんて、凄く久しぶりだよね」
「そうだね。なんか、あの頃より、狭いね」
(幼稚園の頃は、特に気にせず同じ傘に入って歩いていなのにな。いや、もうあの頃には、みくちゃんの事がとっくに大好きだったけれど)
尚也はそんな事を考える。
でも今はあの時とは気持ちが全然違う。
みくの細い肩がすぐそこにあって、かすかにシャンプーの香りがして……。
尚也の心が凄く、ざわついた。
「傘、持つよ」
尚也がざわついた気持ちを何とか抑えつつそう言うと、みくは尚也の方を向いてにこっと微笑んだ。
「ありがと」
そう言って傘の持ち手を渡して来た時に、少し手が触れて、ドキリと心臓が跳ねた。
並んで歩く帰り道。水たまりを避けるたびに、尚也の肩がみくの肩にそっと触れる。
そのたびに、尚也の心臓はびっくりするくらい大きな音を立てた。
ちらっとみくの方を見る。
何も言わずただ前を見て歩いているけれど、耳の先が、ほんのり赤くなっているのを尚也は見逃さなかった。
(……もしかして、緊張してるの、僕だけじゃないのかな)
そう思うと、胸の奥がきゅっ締め付けられた。少
街灯に照らされる雨粒が、きらきらと舞っていた。
その光の粒が、まるで二人を包むように傘の外を流れていく。
「……ねぇ、尚也」
ぽつんと、みくが声を落とした。
尚也は少しだけ息をのんで、みくの横顔を見る。
「ん?」
「雨、止みそうにないね」
みくの言葉に、尚也は空を見上げた。
グレーの雲はまだ分厚く広がっていて、雨は変わらず静かに降っている。
「うん。……でも、もうちょっと、このままでもいいかも」
尚也の口からこぼれた言葉は、気づけば本音だった。
みくが驚いたように尚也の顔を見る。
尚也はその視線から逃げたくなって、視線をそらした。
「な、なんでもない」
「ふふ、ずるいなぁ、そういうの」
みくはからかうように笑ったけど、その声はどこかくすぐったそうで、やさしかった。
「尚也さ、やっぱり変わったよね」
「え、なにが?」
「なんか……前よりずっと、ちゃんと“男子”って感じ。ちょっとドキドキする、かも」
言ったみくが一番恥ずかしそうにしていて、尚也は何も返せなかった。
ただ、頭の中がぐるぐるして、心臓の音がうるさくて、傘の音さえ聞こえない。
「……ありがとう」
それだけが、ようやく出せた答えだった。
雨は変わらず、ぽつぽつと傘を叩いていた。
でも不思議と、寒さや不快さはなかった。
信号が青に変わり、二人はまた歩き出す。
寄り添いながら歩くたび、傘の中の空気が、どんどん心地よくなっていく。
ふたりの帰り道は、あと10分ほど。
この傘の下の世界が、できることならもう少しだけ、終わらなければいいのにーー
そんなことを、尚也はそっと願っていた。
見つけてくださり、お読みいただき、ありがとうございました!
本作はcase1.突然のバックハグ の幼馴染カップル二人の話です。
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陽ノ下 咲