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日常恋愛オムニバス  作者: 陽ノ下 咲


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31/42

case31.恋人以上になりたくて

二年生の天羽(あもう)陽菜(ひな)は、友達以上恋人未満な関係の五十嵐(いがらし)修斗(しゅうと)とデートに出かける事になり……。


友達以上恋人未満な二人の、初デートのお話です。

ぜひお読みください!


 12月中旬の土曜日の朝。

 天羽陽菜は、五時に目を覚ました。

 窓の外はうっすらと霜が降りていて、吐く息は白く、冷たい空気に包まれている。

 それでも、胸の中は不思議と温かい。

 目覚ましが鳴る前に起きたのなんて、いつぶりだろう。


「……今日だよね、デート」


 言葉にすると実感が湧いてきて、胸の奥が熱くなる。

 まだ“恋人”というわけじゃない。けど、“友達”というには、近すぎる。

 五十嵐修斗。去年同じクラスで仲良くなって、クラスが変わった今もその関係は続いている、友達以上恋人未満な、特別な存在。



 デートのきっかけは修斗からの電話。

 陽菜が勇気を出して、修斗を誘った。

 あのときの会話が、頭の中で何度もリピートされる。


「今度、どっかに遊びに行かない?……2人で」

「それって……デートって思っていいか?」

「と、当然でしょ!」


 その時の頬の火照りは今でも鮮明に覚えている。


 いつもはあまりおしゃれなんてしないけど、今日は頑張ってみようと思った。

 可愛くて一目惚れして買ったけど、結局着る機会をもてずにいたライトブラウンのショートダッフルコートと、コートに合った落ち着いた色合いのチェック柄のミニスカート。

 着るなら今日しかない。

 少しだけメイクもして、髪をセットする。

 髪の毛は、いつもは下ろしているけれど、今日は少し高い位置で、一つに括ってみた。

 しっかり時間をかけたけど、気持ちが先走って、まだ朝の七時。


 待ち合わせは十時だけれど、家にいても落ち着かなくて、結局、待ち合わせの駅前には九時半に着いてしまった。


 けれど驚いたのは、その駅前に、既に修斗が立っていたことだった。


「……えっ」


 黒いオーバーコートに、少し無造作な髪。

 普段と変わらないようでいて、どこか大人っぽく見える。


(かっこいい……)


 陽菜の胸が、ドキッと跳ねた。


「おはよう、修斗」


 修斗にそう挨拶すると、熱のこもった瞳で陽菜を見つめ、


 「かわいい……」


  ポツリと呟いた。


 一気に頬に熱が集まる。


「あ、ありがと……。その……、修斗も、かっこいいよ」


 ものすごく照れながらそう言うと、修斗はハッとして、


「あ、ありがとう。おはよう、陽菜」


 と顔を真っ赤にしながら返してくれた。 


「は、早いね。私も早かったけど……まさか、もういるなんて」


 気を取り直してそう言うと、


「楽しみだったからな。けど、早く来てて良かった。待たせなくて済んだな」


 少し頬を赤く染めて、照れた笑顔。その言葉、仕草に、また心臓が騒ぐ。


 今日の目的地は、水族館。

 都心の大きな施設で、話題のイルカショーや、幻想的なクラゲの展示もある。

 電車の中でも、改札でも、ちょっと距離は近い。

 いつもとは少しだけ違うその距離感にドキドキして、嬉しい気持ちでいっぱいになった。



 水族館に入ってすぐ、陽菜は目を輝かせた。


「見て見て、ペンギン!かわいい!」


「おー、あいつら全然動かねーな。やる気あんのか?」


「それがいいんじゃん。ずっと見てられる」


 はしゃぐ陽菜に、修斗はふと笑った。

 その笑顔がやけに優しくて、目が合った瞬間、息が止まりそうになる。


 ショーの時間が近づいて、二人でイルカスタジアムに向かう。

 大きな水しぶき、ジャンプのタイミングで歓声があがる。

 そのたびに修斗と顔を見合わせて笑った。


 ラッコの水槽の前で、抱きしめあって寄り添う二匹に照れた。


「なんか、いちゃいちゃしてるね」


「……お前も、したい?」


「……なっ!」


 からかうような口調なのに、どこか本気みたいで、ドキッとした。

 陽菜はそっぽを向いたまま、頬を赤く染めた。


「ちょっと、トイレ行ってくる!」


 一度その場を離れて、数分後。戻ってくると、目を疑った。


 修斗の周りに、二人の女性がいた。

 大学生っぽい雰囲気で、にこやかに話しかけている。

 彼の顔は困っていて、でもどこかピシッと断れない様子。


 心臓がズキンと痛んだ。


(嫌だ……)


 そう思うと、陽菜の体が、勝手に動いていた。

 修斗の背中に近づいて、小さく震える手で、修斗のコートの背中のあたりを、きゅっと掴んだ。


「……?」


 振り返った修斗が、一瞬驚いたあと、すぐに手を繋いでくれた。

 そして、静かに言った。


「すみません、彼女とデート中なんで」


 女性たちは「あ、そうなんですね。ごめんなさい」と軽く笑って去っていった。


 そのまま繋がれた手。

 どちらからも離そうとしなかった。


 鼓動が早い。

 繋いだ手に全神経が集中しているんじゃないかと思った。


 修斗の言葉が頭の中でリフレインする。


 ーー彼女とデート中なんで。


(……彼女?え……、私、彼女じゃ無いよね?いいの?)


 そんな事をぐるぐると考えてしまう。

 

 修斗に手を引かれながら歩いていたが、どこをどう歩いたのかすら、覚えていなかった。



 水族館の大パノラマ水槽の前で、修斗が立ち止まった。

 色とりどりの魚が、ガラス越しに泳ぐ。

 揺らぐ光が、二人の影を包み込むように映す。

 修斗が手を離し、振り返って陽菜の方を見て、謝った。


「陽菜、さっきの、ごめん。彼女って……勝手に言っちまった」


 やってしまった、と顔に書いてあるような、後悔した表情に、陽菜は正直な気持ちを話そうと思った。


「……ううん。……嫌じゃなかったよ。……いや、それも違う。嬉しかった、から」


 言いながら、顔が熱い。

 言葉を選ぶ余裕もないくらい、気持ちがあふれた。


 その途端、修斗が、たまらなくなった様に言う。


「……ああもう!もっとスマートに言いたかったのに!せめて仕切り直させて」


 真っ直ぐな、修斗の瞳に見つめられる。


「陽菜、好きだ。俺と付き合って欲しい」


 静かな水槽の前で、世界が止まった気がした。

 彼の目も声も、真剣そのものだった。


「……うん。嬉しい。私も好き」


 言い終わると同時に、修斗に抱きしめられた。

 陽菜はそっと、抱きしめ返した。


 再び歩き出す時、今度はどちらからともなく、手を握っていた。


 修斗の鼓動が伝わってくる。

 照れくさいけど、それ以上に、しあわせだった。



side修斗


 朝五時。

 自然と目が覚めた。


(……まだ早ぇな)


 それでも目は冴えていて、もう一回寝るなんて無理だった。

 だって今日は、陽菜とデートだ。


 “デート”って言っていいかって聞いたとき、陽菜はちょっと間をおいてから言った。


『と、当然でしょ!』


 そのときの声が耳に焼きついてる。

 めっちゃ照れてて、でも嬉しそうで。

 電話を切った後、ずっとニヤけてしまった。鏡を見て、自分でちょっと引いたくらいに。



 今日は、絶対に陽菜より先に集合場所に着いていたかった。

 いつもより念入りに準備して、それでも時間の進みが遅すぎた。

 家に居ても落ち着かなくて、かなり早いけれど、もう待ち合わせ場所で待っておく事にした。


 そして、驚いた。陽菜も集合時間の30分も前に来た。

 早く出てきておいて本当に良かったと思った。

 そしてそれ以上に、陽菜の姿に驚いて、目を奪われた。


 いつもは下ろしている髪を今日は一つに括っている。ポニーテールが風に揺れていた。

 ショートダッフルコートに、落ち着いた色合いのチェック柄のミニスカート。

 いつもよりちょっと背伸びしてて、けど陽菜らしくて、凄く似合っていた。


「おはよう、修斗」


 笑顔でそう声をかけてくれた陽菜。


(かわいい……)

「かわいい……」


  無意識のうちに、思っていた事がそのまま口から出てしまっていた。

 途端に、陽菜の顔が真っ赤に染まる。


「あ、ありがと……。その……、修斗も、かっこいいよ」


 照れながらそう言ってくれる陽菜の言葉でハッとして、自分が思った事をそのまま口に出してしまっていた事に気がつき、一気に顔が熱くなった。


「あ、ありがとう。おはよう、陽菜」


 なんとかそう言った。

 言葉を交わしただけで、変な汗が出そうになる。


(こんなに緊張するもんなんだな。友達だった時間が長すぎて、逆に距離感わかんねぇ)


「は、早いね。私も早かったけど……まさか、もういるなんて」


「楽しみだったからな。けど、早く来てて良かった。待たせなくて済んだな」


 なんとか自然を装ったけど、心臓はドクドク鳴っているし、絶対、今、頬が赤くなっている。

 陽菜にバレていないかが少し心配になった。



 水族館に着くと、陽菜は本当に楽しそうだった。


 ペンギンを見てテンションが上がって、イルカショーでは目を輝かせて「かわいい」と何度も言う陽菜。

 その笑顔を見るたびに、修斗は心の中で、お前の方がかわいいと思ってしまった。


 ラッコの展示の前で、ぴったり寄り添って抱きしめあっている二匹を見ながら陽菜がぼそっと言った。


「なんか、いちゃいちゃしてるね」


 陽菜の少し照れた顔がすごく可愛くて、つい、からかってしまった。


「……お前も、したい?」


 ……言った瞬間、すぐに後悔した。

 速攻で真っ赤になって逃げられた。


「ちょっと、トイレ行ってくる!」


 わかりやすすぎる。

 でも、そんなところがまた陽菜らしくて、笑ってしまった。



 それから数分。


 壁にもたれかかって陽菜を待っていると、急に話しかけられた。

 知らない女の人。二人組。


「あの、よかったら連絡先とか……」


(……は?え、俺?)


「いや……すみません」


 咄嗟に断ろうとするけれど、知らない女にグイグイ来られる感じに戸惑い、一瞬怯んでしまった。

 不意に、弱い力で、コートの背中のあたりを掴まれた。


「……?」


 振り返ると、そこには少し俯いた陽菜。

 表情は読めなかったけど、唇が震えてた。


 手を、握った。


 自然に、というより、衝動だった。


「すみません、彼女とデート中なんで」


 言い終わってから、心臓が爆発しそうだった。

 けれど、絶対に離したくなかった。


 そこから先の記憶は、正直曖昧だった。

 握った手の温もりが気になって、陽菜の表情が気になって、ずっと頭の中がぐるぐるしてた。


(やばい。ちゃんと、言わなきゃ)


 人が少ないパノラマ水槽の前で、立ち止まり身体ごとしっかり陽菜の方を向いた。


 透明なガラス越しに泳ぐ魚。

 その光が、陽菜の頬を照らす。


 修斗は一つ深呼吸して、言った。


「陽菜、さっきの、ごめん。彼女って……勝手に言っちまった」


 陽菜は一瞬、驚いた顔をして、それから、


「……ううん。……嫌じゃなかったよ。……いや、それも違う。嬉しかった、から」


 その言葉に、頭の中で何かが弾けた。


 凄く嬉しかった。

 陽菜が、嬉しかったと言ってくれた。


 もう、どうしようもなく陽菜を好きな気持ちが溢れる。


「……ああもう!もっとスマートに言いたかったのに!せめて仕切り直させて」


 一歩前に出て、陽菜の目をまっすぐ見た。

 これは、絶対に逃げちゃいけない瞬間だって、わかってた。


「陽菜、好きだ。俺と付き合って欲しい」


 短い言葉だったけど、全部詰めた。


 過去も、今も、これからも。


「……うん。嬉しい。私も好き」


 陽菜の返事は、小さな声だったけど、しっかり届いた。

 心の奥が、熱くなる。


 ずっと、こうしたかった。

 ようやく、隣にいられる。

 本当の意味で。


 気がついたら、陽菜の事を抱きしめていた。

 抱きしめた肩が細くて、温かくて、緊張して少し震えている事が伝わってきて、陽菜がここにいる事を実感した。


 陽菜がそっと抱きしめ返してくれて、じんわりと心が満たされた。


 

見つけてくださり、お読みいただき、ありがとうございました!


本作は

case9.友達以上、恋人未満 の2人の話です。


修斗×陽菜の話のバックナンバー

case9.友達以上、恋人未満

case14.ゼロ距離の昼休み

case19.君にジャージを借りたなら

case22.ポッキーゲーム

case26.君に名前を呼ばれたら

case30.この関係を変えたくて


こちらも合わせてお読み頂けると嬉しいです。

ぜひお読みください!


陽ノ下 咲

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