case3.後輩からの告白
高校三年生で生徒会長の九条里香と二年生の副会長の桐生拓哉は、体育祭の準備で遅くまで二人で仕事をしていた。
やっと生徒会の仕事を終えて帰ろうとした時、拓哉が距離を詰めてきて……。
生徒会長の女の子と後輩で副会長の男の子の、告白の話です。
ぜひお読みください。
落ち葉の音が、なぜか心の奥をくすぐるようになった十月上旬。午後七時、夜の帳が静かに校舎を包みはじめていた。
人気のない廊下には、規則的に並ぶ蛍光灯の光だけが浮かんでいる。すでに日常の喧騒が去った校舎に、静寂という名の重たい空気を漂わせていた。
外はすっかり暗くなり、窓の向こうには夜の闇が広がっている。
三階、校舎の一番奥にある生徒会室。
高校三年生で生徒会長の九条里香と一つ年下の副会長の桐生拓哉は、体育祭の準備で遅くまで二人で仕事をしていた。
里香にとっては十月の体育祭が生徒会長としての最後のイベント。今のメンバーと、そしてずっと一緒に頑張ってきた拓哉と共に、最高の体育祭にしたかった。
そして里香は決めていた。
体育祭を無事成功させたら、拓哉に告白することを。
今はまだ、言えない。言うには勇気が足りなかった。
体育祭を無事に終わらせて、会長の仕事をやり切ったその時には、きっと勇気をだせるから。
やっと生徒会の仕事を終えて帰ろうとしたその時、拓哉が距離を詰めてきた。
いつもは言葉遣いや所作が穏やかで丁寧な彼が、今や全く異なる緊張感を帯びている。
「…ねえ会長、何か俺に言いたい事がありますよね?今日一日、ずっと様子が変でしたから」
彼の甘く低く深い声が、背後の静けさを切り裂いた。
里香の胸が、どきりと音を立てて跳ねた。
「何も、……ないよ」
里香は内心焦りつつ、ぎこちなく首を振る。
(でも、だって、まだ……、心の準備が)
突然の事で、戸惑ってしまい、どうしても勇気が出なかった。
けれどその瞬間、拓哉は里香の背後にある壁に両手をついて、里香を閉じ込めた。
強く、しかし優しくーー足元から頭上まで、里香のすべてを包む圧に。
冷たい壁越しに伝わる彼の体温。胸元のシャツ越しでも感じられる鼓動の高鳴り。
香るのは、少し緊張で温まった彼のシャツの匂いと、甘さを含んだ夜の空気。
彼の手が壁に沿って添えられたまま、ゆっくり視線が里香の瞳へ降りていく。その目には、紳士らしさの奥に隠していた、熱い決意が映っていた。
「俺はありますよ。言いたい事」
耳元で、静かに囁く、いつもより少し低い彼の声。
言葉は短いが、緊張と切実さがしっかり含まれていた。息は荒く、けれど決して暴力的ではない。
里香の手がわずかに震えた。一瞬の様な、でもとてつもなく長いような時が流れる。
沈黙が引き延ばされる中、彼の瞳にはちょっとした焦りと激しい熱が混ざっている。里香はその眼差しに、言葉を奪われた。
そして彼は、顔をそっと近づけて、額と額を軽く触れ合わせた。
あまりにも近すぎて、聞こえる鼓動が彼の物なのか自分の物なのか、分からなくなる。
「里香先輩、俺はあなたが好きです。嫌じゃなかったら返事貰えませか?」
その言葉は、驚くほど静かで、でも深くて重い。
里香は涙がじんわり滲みそうになるのを堪えて、かろうじて頷いた。
「私も……好き」
か細い声で言った里香の言葉に、彼の表情がふっと和らぐ。
「良く出来ました」
そう言って、拓哉は里香の頭をぽんぽんと撫でる。
「じゃあ、帰りましょうか。会長」
そう言ってこちらを見る拓哉の表情は、凄く満足そうに微笑んでいた。
side拓哉
夜の帳が、ゆっくりと校舎を包んでいく。
時計の針が午後七時を回った頃、人気のない校舎には、蛍光灯の白い光だけが静かに漂っていた。
生徒会室――三階の一番奥、静まり返った場所に、拓哉と里香の二人だけ。
体育祭を目前に控えて、生徒会の仕事は山積みで、こんな時間になってしまった。
それでも、別に苦じゃなかった。
むしろ、こうして二人きりで居られる時間が、嬉しい。
里香にとっては、十月のこの体育祭が、生徒会長としての最後の仕事になる。
正直寂しさはすごくあるが、一緒に活動出来る最後の仕事を、一番近くで成功させたかった。
けれど、今日の里香は、どこか変だった。
いつもならすぐに気づいて、笑って流してしまう仕草が、ずっとぎこちない。
言葉も少しだけ固くて、目も、あまり合わない。
拓哉は気づいてた。里香が、何かを隠している事を。そして拓哉は、それを確かめたくて仕方がなかった。
「……ねえ会長、何か俺に言いたい事がありますよね?今日一日、ずっと様子が変でしたから」
口に出した瞬間、心臓がバクバクとうるさく跳ねた。
(やばい、これ言うの早すぎたか?)
でも、止まらなかった。
拓哉の声は、思っていたより低くて、真剣で。
でもそれが、自分の緊張を隠すためだってことは自分でよく分かってた。
「何も、……ないよ」
(……あ、嘘ついた。その言い方は、間違いなく何かあるやつだ)
(会長、絶対に何か言いかけてた)
(その目も、口元も、声の調子も、全部そう言ってた)
だから――
気がついた時には、もう体が動いていた。
拓哉は里香の背中にある壁に、両手をついて閉じ込めた。
「壁ドン」とか、そういう軽いものじゃない。
これ以上、ごまかさせたくなかった。ただ、それだけ。
近づいた距離に、里香が小さく息を呑むのが分かる。
拓哉自身、正直かなり動揺してた。
汗ばんだ手のひら。少しだけ早くなる呼吸。
(近い……やば……)
心臓の音が、耳の奥で鳴り響いていた。
このまま無言のままじゃ逃げられる。だから、言葉を搾り出した。
「俺はありますよ。言いたい事」
自分でも信じられないほど静かな声。
それでも、きっと聞こえてる。
里香は少しだけ肩を震わせて、拓哉の目をまっすぐ見つめ返してくる。
焦るな、落ち着け。そう自分に言い聞かせながらーー
ゆっくりと額を寄せた。
ほんの少し、触れるくらいの距離。
これ以上は、里香が嫌がったらすぐ離れようと覚悟してた。
でも、彼女は逃げなかった。
(……ああ、言うしかない)
逃げられなかったのは、たぶん拓哉のほうだった。
「里香先輩、俺はあなたが好きです。嫌じゃなかったら返事貰えませか?」
言った瞬間、頭の中が真っ白になった。
鼓動が耳の奥でドラムのように響く。
もし断られたらどうしよう。
「そういうつもりじゃない」って言われたら
けれど。
「私も……好き」
その声は、か細くて、でも、たしかに届いた。
息が止まったかと思った。
(え、今……本当に……?)
「良く出来ました」
緊張を悟られたくなくて、咄嗟にそう言った。
恥ずかしくて、照れくさくて、でもどうしようもなく嬉しくて。
里香の頭をぽんぽんと撫でながら、自分の手の震えがバレないように必死だった。
(やばい、俺、今たぶんニヤけてる)
(でもいいや。今日は、ニヤけても許されるだろ)
そう結論付けた。
「じゃあ、帰りましょうか。会長」
里香の前では格好を付けたくて、精一杯いつものトーンでそう言った。
その言葉に里香がほっとした笑顔を見せて頷いたとき、拓哉はようやく胸の奥の不安を手放せた気がした。
……ずっと、好きだった。
三年生の会長と、二年先の自分。
大きすぎる一年の距離に足を引っ張られて、このまま言えないまま生徒会を終えてしまうかもしれないと、そう思う日もあった。
それを言えたこと。受け止めてもらえたこと。
そして今、隣に彼女がいること。
校舎の夜は静かだけど、拓哉の心は今まででいちばん騒がしい。
でも、それが心地よかった。
見つけてくださり、お読みいただき、ありがとうございました!
陽ノ下 咲