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日常恋愛オムニバス  作者: 陽ノ下 咲


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21/42

case21.水着に着替えたら

高校生二年生の如月(きさらぎ)隼人(はやと)香坂(こうさか)奈津美(なつみ)は、夏休みにクラスの皆で海に行く事になった。隼人に可愛いと思って欲しい奈津美は、かなり背伸びをして、セクシーな水着を着て行くが……。


ピュアなカップルの夏休みの海の話です。

ぜひお読みください。

 太陽がギラギラと照りつける八月上旬の夏休みのある日。

 浜辺には、大勢の笑い声が弾けていた。

 高校二年生の如月隼人と香坂奈津美のクラスは、学年でも評判の仲良しクラス。

 夏休み前に学級委員を中心にして「夏休みは皆で海行こう!」と計画して、クラスの皆で海に行くことになった。


 当日は、昼前に現地に集合し、みんなはしゃぎながら更衣室に駆け込み、着替えて浜辺へと飛び出していった。


 奈津美もその中の一人だった。


 けれど、奈津美の胸の奥には別のドキドキがあった。


ーー付き合って約1ヶ月になる彼氏の隼人に、かわいいと思って貰いたい。


 それだけを考えて、食事を控え、運動を増やし、鏡とにらめっこして、ようやく選んだこの水着。

 普段の自分なら絶対着ない、かなり背伸びをして買った、ちょっと大胆なタイプ。ビキニに近い形で、色は上品なラベンダー。凄く勇気が必要だった。


 そして今。

 照れながら砂浜に出てきた奈津美を、隼人が見た。

 彼は一瞬、驚いたように目を見開き、それから眉をひそめた。


「……その水着じゃない方がいい」


 それだけを、ぽつりと。

 表情も声も、どこか冷たく感じた。


「え……」


 何か言い返そうとしたけれど、声にならなかった。

 胸の奥が、すっと冷えていく。

 みんなが笑って準備をしているすぐそばで、奈津美の世界だけが静まり返った。


 どうしようもなく落ち込んで、その輪から少し離れた場所へ歩いていく。

 冷たい炭酸でも飲んで気分を変えようと思い、砂浜の向こうにある、自販機の並ぶ建物の陰に向かった。


 小銭を入れようとした瞬間。


「ねぇ、可愛いじゃん。今ひとり? 俺らと遊ばない?」


 二人組の男に声をかけられた。

 奈津美は咄嗟に首を横に振った。


「すみません、友達がいるので……」


「えー、そんなんいいじゃん。ね?あっちで俺らと、もっと楽しい事しよ?」


 片方が肩に手を伸ばしてきた。

 反射的に身を引いたが、彼の手はしっかりと奈津美の腕と肩を掴んでいた。


「やめてください……っ」


 声が震える。心臓の音が早くなる。

 遠くの方に人はいるが、気づいてくれるほど近くにはいない。

 触れられている腕と肩が気持ち悪くて、全身にゾクゾクと悪寒が走る。


 踏ん張りを効かせてその場に留まろうとするが、男の強い力で引っ張られ、無理やり連れていかれそうになり、恐怖で足元がすくんだ。


「離してくださいっ」


 泣きそうになりながら、必死でそう叫んだその時。


「お前らの事、今、警察に連絡してるから」


 低く、冷静な声が背後から聞こえた。

 振り返ると、そこには隼人がいた。

 スマホを耳にあてているが、その目は鋭く、怒りを抑え込んでいるようだった。


「……は? なんだよお前」

「お前ら、その子に何やってんだよ。ここ、監視カメラあるの知ってる?」


 一瞬の沈黙。


 「あ、もしもし、警察ですか?」


 隼人が男達を睨み付けながら、電話先に向かってそう言った時、男達は顔を歪め、何か小さく悪態をつきながら、その場をすごすごと立ち去った。


 奈津美の体から一気に力が抜けた。

 腕が震える。足が思うように動かない。


「大丈夫か!?」


 隼人が駆け寄り、両肩を支える。

 その瞬間、張り詰めていたものが切れた。


「……怖かった……ありがとう」


 ぽろぽろと涙が溢れ、奈津美は隼人の胸に抱きついた。

 隼人は何も言わず、その小さな体をしっかりと抱きしめた。


 潮風の中、波音だけが耳に響く。

 奈津美の肩が小さく震えて、隼人の胸にポタポタと涙が伝う。

 隼人は奈津美が落ち着くまで、ずっと、優しく守るように、抱きしめ続けた。



 ようやく落ち着いてくると、奈津美は自分の状況に気づく。


 肌を大きく露出した水着姿で、隼人とぴったり密着している。

 彼の腕の中は温かくて、でも男の子の体温は予想よりずっと熱くて、ゴツゴツしていて、心臓に悪かった。


「ご、ごめん、取り乱して……!」


 慌てて離れようとしたが、隼人は奈津美を離さなかった。


「こっちこそ、ごめん。一人にして……。奈津美、こんな可愛い格好してるのに……」


「え……嫌だったんじゃないの?」


 顔を上げて問いかけると、隼人はほんの少し視線を逸らしながら、照れたように言った。


「これ以上魅力的になって、他の男に見られるのが嫌だったんだよ」


 沈黙。


 それは不意打ちすぎて、頭が真っ白になった。


「……え、そうだったの?」


 奈津美の頬がじんわり熱くなる。


「じゃ、じゃあ、その……可愛い?」


「当たり前だろ!奈津美はいつでも可愛いけど、今日の格好、めちゃくちゃ可愛いし、すげえ綺麗だよ。でも……やっぱ、これ着てほしい」


 隼人はバッグから自分のラッシュガードを出して、奈津美に渡した。

 少し大きめの黒の長袖。奈津美が着ると、裾が太ももまで隠れて、ゆるっとした雰囲気になる。


「ありがと……ふふ、隼人の匂いする……」


 思わずぽつりと呟いてしまい、2人の間に沈黙が流れる。

 お互いの顔が真っ赤だった。


「……戻ろっか」


「……うん」


 クラスのもとへ帰ると、すぐに皆が気づいた。


「おーい、ラッシュガード!まさかお前の!?」

「おいおい、イチャついてんじゃねーよー!」

「お似合い~!」「何があった!?何があったんだ!?」


 からかいの嵐。


 隼人が照れ隠しに頭を掻いている横で、奈津美はラッシュガードの袖を握りしめながら、笑顔を浮かべていた。



side隼人


 暑い夏の日。

 夏の海は、思っていたよりも賑やかだった。


 だが、隼人の心の中には、少しだけ落ち着かない感情があった。


 理由は簡単。香坂奈津美。


 付き合って、まだ1ヶ月の隼人の彼女。彼女がいちいち可愛すぎて、最近はまともに目も見られない時がある。


「隼人、彼女と一緒に泳ぐんだろ?いいよなー、彼女持ちは!」

「香坂だろ? あの子、水着着るのすげー楽しみにしてるって女子が言ってたぞ」


 男子の会話に名前が出るたび、妙な緊張が喉の奥に溜まった。


 そして現地に到着し、みんなが更衣室に散っていく。


(奈津美、どんな水着着てくるんだろう)


 楽しみ半分、不安半分。

 彼女が自分から「頑張った」と言ってきたから、正直、かなり楽しみにしていた。


 でも、まさかあそこまでとは思ってなかった。


「うわ、あれ香坂じゃね?」

「やべぇ……何あれ……細っ、胸デカっ」

「お前アイツの彼氏だろ?お前ちょっと勝ち組すぎじゃね?」


 海辺に現れた奈津美を見て、男子たちがざわめいた。

 細く絞った腰、肩のライン、ふっくらとした胸の膨らみ。ビキニ寄りの水着は奈津美の綺麗なプロポーションを美しく際立てていて、思わず見とれた。


 でも、それと同時に、沸き上がったのは、真っ黒な感情だった。


 他のやつに、あんな目で見られたくない。


 自分でも驚くくらい、心臓がバクバクと鳴っていた。

 見とれた自分も、自分の彼女に欲情してる他の男たちも、全部にイラついてた。


 だから、言ってしまった。


「……その水着じゃない方がいい」


 奈津美の表情が、ほんの一瞬で曇る。

 わかってた。言い方がきつかった。

 けど、止められなかった。


 隼人は奈津美に水着の上から羽織ってもらおうと、自分のラッシュガードを取りにロッカーに戻った。

 ところが、ラッシュガードの入った鞄を持って戻ったら奈津美の姿が無かった。

 周辺を探しに行って、聞こえてきた叫び声。


「やめてくださいっ」


 その声は、間違いなく奈津美だった。

 自販機の裏、男二人に囲まれて、怯えた目で睨みつけている奈津美。

 腕と肩を掴まれたその姿に、血の気が一気に引いた。


「お前らの事、今、警察に連絡してるから」


 スマホを耳にあてて、冷静を装った。

 頭の中では、怒りが沸騰していた。


(俺がちゃんと見ていれば、こんなことにはならなかった)


 男たちは何か言い捨てながら逃げていった。

 警察はとっさについた嘘だったが、成功して良かった。


 奈津美はその場で力が抜けたように座り込んでいた。

 目が赤くなって、口が震えていて、そのまま隼人の胸に飛び込んできた。


「……怖かった……ありがとう」


 ……そんな風に抱きつかれたのは、初めてだった。

 奈津美は細いのにどこも柔らかくて、隼人の身体で閉じ込められるくらい小さくて、彼女の事をずっと守ってあげたいと思った。


 隼人は奈津美が落ち着くまで、彼女の身体を抱きしめていた。

 別に誰が見ていても、どうでもよかった。


 けれど、しばらくすると奈津美の体がそわそわと動いた。

 そして、小さな声で言った。


「ご、ごめん、取り乱して……!」


 奈津美が離れようとした瞬間、思わず腕に力を込めた。

 離すもんか、という気持ちが反射で出た。


「こっちこそ、ごめん。一人にして……。奈津美、こんな可愛い格好してるのに……」


「え……嫌だったんじゃないの?」


 その問いかけに、心がチクっとした。

 だから、ちゃんと伝えた。


「これ以上魅力的になって、他の男に見られるのが嫌だったんだよ」


 奈津美の目が、ぱちぱち瞬きを繰り返す。

 その頬が、みるみるうちに赤くなっていくのが可愛くてたまらなかった。


「……え、そうだったの?じゃ、じゃあ、その……可愛い?」


 頬を赤らめて聞いてくる奈津美に、隼人は力強く頷く。


「当たり前だろ!奈津美はいつでも可愛いけど、今日の格好、めちゃくちゃ可愛いし、すげえ綺麗だよ。でも……やっぱ、これ着てほしい」


 隼人は鞄から自分のラッシュガードを取り出すと、奈津美に渡した。

 普段なら絶対貸さない。汗染みてるし、ちょっと恥ずかしい。

 でも今は、奈津美に少しでも安心してほしかった。


「ありがと……ふふ、隼人の匂いする……」


 その言葉に心臓が止まりかけた。

 不意打ちが過ぎる。

 恥ずかしくて、反応に困って、つい背中を向けた。


「……戻ろっか」


「……うん」


 砂浜に戻ると、すぐに仲間の男子たちが反応した。


「おーい、ラッシュガード!まさかお前の!?」

「おいおい、イチャついてんじゃねーよー!」

「お似合い~!」「何があった!?何があったんだ!?」


 男子達のからかいに、隼人が照れ隠しに頭を掻いていると、横にいる奈津美が幸せそうな笑顔を浮かべていた。


 その笑顔を見て、隼人もふっと、笑みを浮かべた。


見つけてくださり、お読みいただき、ありがとうございました!


本作は、case2.初デートのお祭り のカップルの話です。


隼人×奈津美の話のバックナンバー

case2.初デートのお祭り

case5.凍える冬の恋人繋ぎ

case12.頬が赤くなった訳は

case16.イヤホンの距離


こちらも合わせてお読みくださると嬉しいです。

ぜひご一読ください。


陽ノ下 咲

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