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日常恋愛オムニバス  作者: 陽ノ下 咲


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20/42

case20.遠くて近い電話越しの距離

高校二年生で生徒会副会長の桐生(きりゅう)拓哉(たくや)は、修学旅行に来ていた。けれど、いつも隣にいる一つ上の先輩で生徒会長の九条(くじょう)里香(りか)が隣に居ない事が違和感で、どこか味気ない。

拓哉はその夜、里香に電話をかけようとして……。


生徒会の2人の、遠くて近い、電話越しの距離の話です。

ぜひお読み下さい。


(本作はcase3.後輩からの告白の生徒会ペアの、告白以前、両片思い時期の話です。case3を読んでいなくても問題なく読めます。)

 風がほんのりと暖かさを帯び始めた六月中旬。

 高校二年生、生徒会副会長の桐生拓哉は、三泊四日の修学旅行で京都に来ていた。

 街の風情も、名所の数々も、抹茶の香りすらも、今の彼にはどこか味気ない。


 ーー会長が、いない。


 副会長として、いつも隣にいる存在。

 一つ上の先輩で、生徒会長の九条里香。聡明で、凛としていて、でも時折見せる優しさがたまらなくあたたかい。

 そんな彼女が四日間、隣に居ない。それだけのことが、これほど違和感を生むとは思ってもいなかった。


(……会長が居ないだけで、こうなるんだな、俺って)


 見上げた先に、赤く灯る提灯。クラスメイトの笑い声。

 それらに紛れて、里香の姿を無意識に探してしまっている自分に、拓哉は小さく苦笑した。


 何を見ても、何を食べても、どこか物足りない。

 隣にいて欲しいと、思ってしまう。



 旅の二日目、夜。

 入浴も終え、部屋に戻るにはまだ少し早い時間。拓哉は旅館のフリースペースにいた。

 スマホを手にしながら、何度もため息をつく。


(電話、してみようかな)


 普段なら絶対にしない。いや、できない。

 生徒会の連絡はLINEのグループトークでした方が全員把握出来て効率的だし、口頭で話したい時はいつもそばにいるから、拓哉は里香に電話なんてしたことが無かった。

 そもそも里香はそういう距離をあまり許さない人、ーーそう思っていた。


 けれど、今夜は声が聞きたかった。


 たったそれだけのことが、ものすごく難しく感じる。

 悶々とスマホの画面と睨めっこしていたその時、不意にバイブレーションが手の中で震えた。


(……え?)


 画面に表示された名前に、心臓が跳ね上がる。


“ 九条里香 ”


 まるで考えを読まれたかのようなタイミングだった。


「……!」


 慌てて受話ボタンを押す。耳に当てた瞬間、聞き慣れた澄んだ声が鼓膜を優しく打った。


『こんばんは』


 その一言で、胸の奥がじんわりと熱くなる。


「こ、こんばんは」


 平静を装うも、声が僅かに震えてしまった。


『今……電話、してもいいかな?』


 その声は、少しだけ不安げだった。

 夜の静けさに包まれているせいか、いつもより距離が近い気がした。


「大丈夫です。……何か、問題でもありましたか?」


 生徒会のことか、あるいは何か急ぎの連絡か。

 そんな思いを口にすると、受話器の向こうで里香は少しだけ言葉を詰まらせた。


『……特に何も、ないんだけど。その……桐生くんがいなかったから、ちょっと……』


 その声音に、心臓が爆発しそうになった。


「えっ……」


『あっ、ご、ごめん!今のなし!忘れて!』


 焦った声。でもその動揺に、妙に安心してしまう自分がいる。

 顔は見えないはずなのに、頬を真っ赤に染めている彼女の姿が簡単に想像できてしまった。


ーー可愛い、と思ってしまった。


「……嫌です、忘れませんよ」


 自然に出た言葉に、里香が小さく息を呑んだ。


『……いじわる』


 今にも泣きそうな声。その一言が、胸に響く。

 それと同時に、もっと意地悪を言いたくなる自分がいた。


「寂しかったんですか?」


 そんな問いに、ほんのわずかな沈黙の後、


『……寂しかったよ』


 と、真っ直ぐに返された。


 その素直さが、どうしようもなく嬉しかった。

 心の奥まで届いて、熱を灯す。


「……俺も、寂しかったです」


 言葉にして初めて、はっきりと自覚した。


『ふふ……一緒だね』


 電話越しの笑い声は、優しく、切なく、心を掴んで離さない。

 だからこそ、言いたくなった。


「この二日間、何をしてても、ずっと会長のこと考えてました。初めて抹茶パフェ食べたけど、意外と美味しかったです。……先輩も、去年食べました?」


『抹茶パフェかぁ。いいなぁ。私は食べなかったな』


 それから、ふと楽しそうに続けた。


『あ、じゃあさ。卒業したら、一緒に京都行こうよ。観光して、抹茶パフェ、食べに行こう』


 軽やかなその言葉に、拓哉の心が大きく揺れる。


 当たり前のように「一緒に」と言ってくれた事に、嬉しさが募ったが、同時にとても驚きもした。


「……卒業しても、一緒なんですか?」


 もしかして、卒業後も会長の隣に居ても良いのだろうか。


 そう思って問えば、少し驚いたように、


『もちろんそのつもりだったけど……え、もしかして、嫌だった?』


 不安げな声が耳をくすぐる。


「嫌なわけ、ないです。……絶対、約束ですよ」


『うん。約束ね』


 静かに、でも確かに交わされたその言葉は、夜の帳の中でひときわ眩しかった。


 もっと話していたい。でも、そろそろ時間も気になってくる。


「……会長、そろそろ戻らないと、先生に怒られます」


 名残惜しさを押し隠しながら言うと、


『なんか……名残惜しいね』


 また心が跳ねる。


『じゃあ……おやすみ、桐生くん』


「おやすみなさい、会長」


 通話を切った後、じんわりと温かいものが胸の中に広がっていく。


 その夜、拓哉はなかなか眠れなかった。

 何度目を閉じても、里香の声が耳元で囁いている気がした。


ーー卒業したら、一緒に京都へ。


 その約束が、夢のように、でも確かに心の中に灯っていた。



ーーー



『おやすみなさい、会長』


 拓哉のその言葉と共に、スマホの画面から通話の表示が消える。


 里香はベッドの上でスマホを握ったまま、天井を見上げていた。


 蛍光灯の明かりが、少しだけまぶしい。

 けれど、目を閉じるにはまだ早い。

 あまりにも、心がざわついていて、落ち着かなかった。


「……なんであんなこと、言っちゃったんだろ」


 ぽつりと、部屋の中で声がこぼれる。


 たった今まで交わしていた言葉を、心の中で何度も繰り返す。

 あの一言。


「桐生くんが、いなかったから……」


 あれは、ただのさみしさじゃない。

 でも、今はまだ、それ以上の気持ちには名前をつけてはいけない気がした。


 一歩踏み込んだら、何かが変わってしまいそうで怖かった。


「桐生くん、ずるすぎるよ……」


「忘れませんよ」なんて、ずるい。

「俺も寂しかった」なんて、反則。


 そんなことを言われたら、言葉だけで、眠れなくなってしまう。


 里香はスマホを胸元にそっと置いて、深く息を吐いた。


 目を閉じると、抹茶パフェの話がよみがえる。

 卒業したら一緒に京都行こうと、自分から言ってしまった。


 自然だった気もするし、勢いだった気もする。


 でも、拓哉が「約束ですよ」と言ってくれた時、里香の胸が、優しい温かな気持ちでいっぱいになった。


 嬉しくて、くすぐったくて、どうしてか少し泣きたくなった。


「ほんとに、ずるい」


 もう何度目かわからない小さな独り言。


 里香は横向きになり、枕に顔を埋めた。

 スマホの画面がうっすら光っていたけど、もう通知はなかった。


 ほんの数分の会話が、まるで夢みたいに感じる。

 だから、思い出せる限り全部を心に焼きつけようとした。


「……ありがとう、電話してくれて」


 小さくつぶやいた声は、自分に向けてなのか、彼に向けてなのか。


 けれど、たった一つ確かなのは、この夜、彼と繋がっていたこと。

 その事実が、今の里香を少しだけ強くしていた。


 いつもだったら、何も言わずにやり過ごしたかもしれない。

 でも今日は違った。


 言えた。ほんの少しだけ、気持ちを。


「……もうちょっとだけ、話したかったな」


 その願いは叶わなかったけど、次に会えた時、きっと、あの続きを話せる気がしていた。


 そう思えるのは、きっと拓哉がまっすぐに応えてくれたから。


 胸の奥で灯る、小さな期待。



 やがて里香は目を閉じた。


 拓哉の声を、ぬくもりのように胸に抱きながら、その夜、深い夢の中へと、静かに落ちていった。



見つけてくださり、お読みいただき、ありがとうございました!


本作は

case3.後輩からの告白 の生徒会2人の話です。


里香×拓哉の話のバックナンバー

case3.後輩からの告白

case8.苦手な先輩のはずだった

case10.言えなかった本音

case15.そばで見てきたから


こちらもこちらも合わせてお読みくださると嬉しいです。

ぜひご一読ください。


陽ノ下 咲

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