表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/42

case2.初デートのお祭り

高校二年生の香坂(こうさか)奈津美(なつみ)如月(きさらぎ)隼人(はやと)は、まだ恋人になったばかりの初々しいカップル。初めてのデートで駅前のお祭りに出かけたが……。


初デートでお祭りに行くカップルの話です。

ぜひお読みください。

 ツクツクボウシの鳴き声が、一日の終わりを涼やかに告げ始める七月終盤の夕方の事。


 高校二年生の香坂奈津美と如月隼人は、初めてのデートで駅前のお祭りに出かけた。

 人通りの多い商店街の通りでは、出店がずらりと並び、浴衣姿の子どもたちが金魚すくいに夢中になっている。


「けっこう人多いね」


奈津美がそう言うと、隼人は少し眉をひそめて辺りを見回した。


「うん。何か、はぐれそうだよな」


 そんな言葉を交わすたび、奈津美の胸は高鳴っていた。

 高校に入ってからずっと隼人の事が好きだった。

 数週間前にやっと「付き合おう」と言い合って、正直、まだ、“恋人”という言葉に実感が追いついていない。


「じゃあ、さ」


 隼人が、不意に奈津美の手元に視線を落とした。


「はぐれないように、手……つないでもいいか?」


 顔を上げた隼人の目が、真剣で、だけどどこか照れているようで。奈津美はうなずくのが精一杯だった。


「うん……」


 その瞬間、隼人の指が奈津美の手を包み込んだ。奈津美の手より少し体温が高くて、ゴツゴツとしした、男の人の手。

 奈津美の手とは全然違う彼の手に触れた瞬間に、どきりと心臓が上がった。触れたところから、何かが胸にじわっと染みこんでくる。


 歩き出してから奈津美はもう、出店の看板も、通りすがる人の顔も、何一つ目に入ってこなかった。

 気になるのは、手のひらに感じる彼の温度と、自分の掌のじっとりとした汗だけ。


(汗、ばれてないかな……)


 奈津美は緊張で汗ばんでしまう手が気になってどこかそわそわしてしまう。けれど隼人は自然な顔で、決して手を離そうとしなかった。

 むしろ、たまに指先をぎゅっと握り直してきて――そのたびに、奈津美の心臓は跳ね上がった。


「かき氷、食べる?」


「うん、食べたい」


 普通の会話なのに、隼人と手がつながっているだけで、すべてが特別に感じた。


 二人は、いちご味のかき氷を買い、通りの端のベンチに座った。

 奈津美は少しいたずら心が湧いてきて、真っ赤なシロップをスプーンですくうと、隼人に差し出した。


「食べる?」


 隼人は一瞬驚いた顔をした後、意を決したように口を開けて、スプーンを口に含んだ。


「美味しい?」


そう聞く奈津美に、


「緊張して味が全然分からない」


と返してきた。


隼人は耳まで赤くなっていて、奈津美も自分からやり始めた事なのに今更恥ずかしくなってきた。


「ほら」


今度は隼人がスプーンを差し出して来た。

同じ事をされて、食べる側がどれだけ緊張するのかよく分かった。

でも、同時に、食べたい気持ちも強くある。

ドキドキしながら隼人のスプーンの氷を、パクリと食べた。


スプーンの先から冷たさが舌に広がるたび、なんだか心までくすぐったくなる。


「どう?」


隼人が聞いてくる。


「冷たい。けど、私も緊張して味全然分からないや」


 そう言うと、隼人が楽しそうに笑って、それを見て奈津美も照れ臭そうに笑った。


 かき氷を食べ終わり、立ち上がる。


 今度はどちらからともなく、自然に手を繋いだ。

 

(手、さっきよりは大丈夫かな……)


 そんな風に、すこしずつ心がほぐれてきていた。



 でも、その時だった。


「……あ」


 通りの向こう側に、高校の同級生のグループが見えた。浴衣を着た子もいる。

 その中の一人が奈津美たちの方を見たような気がした。その瞬間、反射的に奈津美は隼人の手を離そうとした。


 恥ずかしい、というより、まだ“付き合ってる”ということを誰かに知られるのが、怖かったのかもしれない。


 けれど――


 隼人は逃げようとする奈津美の手を、強く握って離さなかった。


 奈津美はびくっとして彼を見た。隼人は、奈津美の視線よりも少し下、つないだ手元を見つめながら、落ち着いた声で言った。


「……無理しなくていいけど、俺は、離したくない」


 その言葉が、真っ直ぐに胸に刺さった。


 ああ、私、やっぱりこの人が好きだなーーと、奈津美は改めて実感した。


「うん。私も。離したくない」


 そう言うと奈津美は、彼の手を、ぎゅっと強く握り返した。


 もう汗なんてどうでもよかった。誰が見ていようと、この瞬間だけは、彼と手を繋いでいたいと心から思った。


 通り過ぎる風が、ふたりの間をやさしくなでていく。人混みの喧騒の中で、まるでそこだけが別の時間に包まれているようだった。


「……ありがとう」


 小さな声でつぶやくと、隼人は「ん?」と首を傾げた。


「なんでもないよ」


 そう言って奈津美は幸せそうに笑った。


 それから、二人はずっと手をつないだまま、ゆっくりと夜に向かう夏の町を歩いた。


 どこに向かうでもない、けれどたしかに“ふたりでいる”時間が、こんなにも尊いものだと心から感じた。



見つけてくださり、お読みいただき、ありがとうございました!

陽ノ下 咲

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
良いですね。 カップルの初々しい感じが最高です。 う~ん、甘酸っぱい♪
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ