case19.君にジャージを借りたなら
高校二年生の天羽陽菜は体育で使うジャージの上を忘れてしまった事に気がついた。頼みの綱の友達はなんとお休み。困っていると、友達以上恋人未満な関係の、五十嵐修斗を発見して……。
友達以上、恋人未満な2人の、ジャージを借りる話です。
ぜひお読みください。
肌寒くなってきた十一月の昼休み。
天羽陽菜は、お弁当を食べたあとの片づけを終え、体育の準備に取りかかろうとしていた。
「よし、次は体育……」
バッグの中から体操服のズボンを取り出し、次にジャージの上を……、と手を伸ばした瞬間、背筋が冷えた。
「……ない」
ジャージの上が、入っていなかった。
ー気に血の気が引いた。
これからの体育は体育館で行うバレーボール。杉山先生の授業だ。厳しいことで有名で、服装の乱れは即座に注意される。
「やば……」
急いで隣のクラスの、陽菜が所属している美術部の友達に借りに走ったが、なんとその子は今日は休みだった。
昼休みの残り時間もあと少し。
焦る陽菜の目に、それなりに仲も良くて、部活の帰りが一緒になったときは、たまに一緒に帰ったりもする。そんな微妙な距離感の、五十嵐修斗の姿が飛び込んできた。
背に腹は変えられない。
「五十嵐!」
呼び止めると、修斗が振り返った。少し驚いたような目。
「ごめん、体操服の上、貸して!」
「……は?」
完全に面食らった表情。それもそうだ、いきなりだし、何の脈絡もない。
けれど、そんな事より時間がない。
「お願い、もう時間ないから!体育の杉山先生めちゃくちゃ怖いじゃん!」
「まあ、それはそうだけど……」
修斗は肩をすくめながらも、バッグから自分のジャージを取り出す。
「でも、サイズ、合わねえだろ?」
「全然大丈夫!」
勢いのまま答えた。
修斗はちょっと笑って、「じゃあいいけど。あ、部活あるから終わったらすぐ返してくれよ」と言った。
「ありがと!恩に切るね!」
陽菜はほっとした顔で笑って、ジャージを受け取るとそのまま走って更衣室へ向かった。
修斗のジャージを羽織ると、やっぱり少し大きかった。でも、それでもいい。何もないよりずっとマシだ。
……と、思ったのだけど。
結局、授業中に杉山先生にバレた。
「天羽、その服、大きすぎないか? まさか借り物か?」
鋭い目で見抜かれて、陽菜は顔をこわばらせながら「すみません」と小声で答えた。
さらに、友達にからかわれた。
「え〜? 陽菜ブカブカじゃん!彼氏に借りたんでしょ〜」
「違うし!」
即座に否定したが、顔が熱くなる。思いっきり赤くなってるのが自分でもわかった。
しかも、体育の時間中ずっと、自分の家の洗剤とは違う香りがふわっと漂っていた。おそらく修斗の家の洗剤の匂い。修斗と話す時に時折香ってくる、清涼感のある、柔らかい香りだった。
何となく修斗に抱きしめられている様な気持ちになって、授業中ずっと落ち着かなかった。
5時間目の授業がそろそろ終わりそうな時間帯。修斗は、窓際の席で何気なく外を眺めていた。
すると、体育が終わり校舎へと戻ってくる生徒たちの中に、ブカブカのジャージ姿の陽菜を見つけた。
(……うわ、マジで着てんのか)
不意に心臓が跳ね上がった。
そのジャージは確かに自分のもので、肩が落ち、袖が手の甲をすっぽり覆っている。陽菜の華奢な身体に全然合っていない。
けれど、妙に似合っていた。
(……なんだ?この感覚。なんか、……可愛いな)
不思議な感情が喉までこみ上げる。けど、教室では冷静を装って、ノートにペンを走らせ続けた。
そして5時間目が終わると、教室の扉が勢いよく開いた。
「五十嵐!」
陽菜だった。
駆け寄ってきた彼女は、ジャージをきちんと畳んで持っていた。
「ありがとね。洗わず返す形になっちゃってごめん。これ、お礼とお詫び」
そう言って手渡されたのは、ジャージと、スポーツドリンク。
「やりー、貸して得した」
いつもの調子で返しながらも、内心凄くドキドキしていた。
陽菜は、「なにそれ」と笑って去っていった。その笑顔が脳裏に焼きついた。
部活の時間。
ジャージを着た途端、ふわっと香りが漂った。
陽菜の、香りだ。
自分のものとは明らかに違う、陽菜の隣に立った時に時々ほのかに香る甘い匂いが、ジャージから香ってくる。
「……やべ」
思わず口元を覆う。
その香りが、どうしようもなく気になって、胸の奥がざわざわと熱を持ちはじめる。
こんなんじゃ、集中できない。
仕方なくジャージを脱ぎ、Tシャツ一枚で練習に出ると、チームメイトに言われた。
「お前、寒くないのかよ?」
「いや、……むしろちょっと暑い」
たぶん、気温じゃなくて、陽菜のせいで。
顔が熱い。頭もぼんやりする。
部活中、あの笑顔、あの香り、あのブカブカのジャージ姿が、何度も頭の中をよぎってしまった。
美術部を終えた帰り道、陽菜はふと空を見上げた。少し曇り空で、冷たい風が頬をかすめた。
ブカブカだった修斗のジャージ。あの洗剤の香り。友達のからかい。
「彼氏じゃないし……」
でも、あのとき、彼が貸してくれなかったら困っていたのも本当。
思い返せば、ずっとドキドキしていた。ちょっと、胸の奥が暖かかった。
(……なんか、変だな)
まだこれは恋じゃない、と思う。
でも、ジャージ一枚でこんなに気持ちが揺れるなら、これからさらに寒くなる季節に、彼のことを、今よりもっと気にしてしまいそうな気がした。
見つけてくださり、お読みいただき、ありがとうございました!
本作は
case9.友達以上、恋人未満 の2人の話です。
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case9.友達以上、恋人未満
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陽ノ下 咲




