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日常恋愛オムニバス  作者: 陽ノ下 咲


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19/42

case19.君にジャージを借りたなら

高校二年生の天羽(あもう)陽菜(ひな)は体育で使うジャージの上を忘れてしまった事に気がついた。頼みの綱の友達はなんとお休み。困っていると、友達以上恋人未満な関係の、五十嵐(いがらし)修斗(しゅうと)を発見して……。


友達以上、恋人未満な2人の、ジャージを借りる話です。

ぜひお読みください。

 肌寒くなってきた十一月の昼休み。

 天羽陽菜は、お弁当を食べたあとの片づけを終え、体育の準備に取りかかろうとしていた。


「よし、次は体育……」


 バッグの中から体操服のズボンを取り出し、次にジャージの上を……、と手を伸ばした瞬間、背筋が冷えた。


「……ない」


 ジャージの上が、入っていなかった。


 ー気に血の気が引いた。

 これからの体育は体育館で行うバレーボール。杉山先生の授業だ。厳しいことで有名で、服装の乱れは即座に注意される。


「やば……」


 急いで隣のクラスの、陽菜が所属している美術部の友達に借りに走ったが、なんとその子は今日は休みだった。


 昼休みの残り時間もあと少し。


 焦る陽菜の目に、それなりに仲も良くて、部活の帰りが一緒になったときは、たまに一緒に帰ったりもする。そんな微妙な距離感の、五十嵐修斗の姿が飛び込んできた。


 背に腹は変えられない。


「五十嵐!」


 呼び止めると、修斗が振り返った。少し驚いたような目。


「ごめん、体操服の上、貸して!」


「……は?」


 完全に面食らった表情。それもそうだ、いきなりだし、何の脈絡もない。

 けれど、そんな事より時間がない。


「お願い、もう時間ないから!体育の杉山先生めちゃくちゃ怖いじゃん!」


「まあ、それはそうだけど……」


 修斗は肩をすくめながらも、バッグから自分のジャージを取り出す。


「でも、サイズ、合わねえだろ?」


「全然大丈夫!」


 勢いのまま答えた。


 修斗はちょっと笑って、「じゃあいいけど。あ、部活あるから終わったらすぐ返してくれよ」と言った。


「ありがと!恩に切るね!」


 陽菜はほっとした顔で笑って、ジャージを受け取るとそのまま走って更衣室へ向かった。


 修斗のジャージを羽織ると、やっぱり少し大きかった。でも、それでもいい。何もないよりずっとマシだ。


 ……と、思ったのだけど。


 結局、授業中に杉山先生にバレた。


「天羽、その服、大きすぎないか? まさか借り物か?」


 鋭い目で見抜かれて、陽菜は顔をこわばらせながら「すみません」と小声で答えた。


 さらに、友達にからかわれた。


「え〜? 陽菜ブカブカじゃん!彼氏に借りたんでしょ〜」


「違うし!」


 即座に否定したが、顔が熱くなる。思いっきり赤くなってるのが自分でもわかった。


 しかも、体育の時間中ずっと、自分の家の洗剤とは違う香りがふわっと漂っていた。おそらく修斗の家の洗剤の匂い。修斗と話す時に時折香ってくる、清涼感のある、柔らかい香りだった。

 

 何となく修斗に抱きしめられている様な気持ちになって、授業中ずっと落ち着かなかった。



 5時間目の授業がそろそろ終わりそうな時間帯。修斗は、窓際の席で何気なく外を眺めていた。


 すると、体育が終わり校舎へと戻ってくる生徒たちの中に、ブカブカのジャージ姿の陽菜を見つけた。


(……うわ、マジで着てんのか)


 不意に心臓が跳ね上がった。


 そのジャージは確かに自分のもので、肩が落ち、袖が手の甲をすっぽり覆っている。陽菜の華奢な身体に全然合っていない。


 けれど、妙に似合っていた。


(……なんだ?この感覚。なんか、……可愛いな)


 不思議な感情が喉までこみ上げる。けど、教室では冷静を装って、ノートにペンを走らせ続けた。


 そして5時間目が終わると、教室の扉が勢いよく開いた。


「五十嵐!」


 陽菜だった。


 駆け寄ってきた彼女は、ジャージをきちんと畳んで持っていた。


「ありがとね。洗わず返す形になっちゃってごめん。これ、お礼とお詫び」


 そう言って手渡されたのは、ジャージと、スポーツドリンク。


「やりー、貸して得した」


 いつもの調子で返しながらも、内心凄くドキドキしていた。


 陽菜は、「なにそれ」と笑って去っていった。その笑顔が脳裏に焼きついた。



 部活の時間。


 ジャージを着た途端、ふわっと香りが漂った。


 陽菜の、香りだ。


 自分のものとは明らかに違う、陽菜の隣に立った時に時々ほのかに香る甘い匂いが、ジャージから香ってくる。


「……やべ」


 思わず口元を覆う。


 その香りが、どうしようもなく気になって、胸の奥がざわざわと熱を持ちはじめる。


 こんなんじゃ、集中できない。


 仕方なくジャージを脱ぎ、Tシャツ一枚で練習に出ると、チームメイトに言われた。


「お前、寒くないのかよ?」


「いや、……むしろちょっと暑い」


 たぶん、気温じゃなくて、陽菜のせいで。


 顔が熱い。頭もぼんやりする。


 部活中、あの笑顔、あの香り、あのブカブカのジャージ姿が、何度も頭の中をよぎってしまった。




 美術部を終えた帰り道、陽菜はふと空を見上げた。少し曇り空で、冷たい風が頬をかすめた。


 ブカブカだった修斗のジャージ。あの洗剤の香り。友達のからかい。


「彼氏じゃないし……」


 でも、あのとき、彼が貸してくれなかったら困っていたのも本当。


 思い返せば、ずっとドキドキしていた。ちょっと、胸の奥が暖かかった。


(……なんか、変だな)


 まだこれは恋じゃない、と思う。


 でも、ジャージ一枚でこんなに気持ちが揺れるなら、これからさらに寒くなる季節に、彼のことを、今よりもっと気にしてしまいそうな気がした。



見つけてくださり、お読みいただき、ありがとうございました!


本作は

case9.友達以上、恋人未満 の2人の話です。


修斗×陽菜の話のバックナンバー

case9.友達以上、恋人未満

case14.ゼロ距離の昼休み


こちらも合わせてお読み頂けると嬉しいです。

ぜひお読みください!


陽ノ下 咲


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