case18. 鋭い君が鈍感なのは
高校一年生の一之瀬茉莉奈と岩瀬遙紀は同じクラスの図書委員。ある日、茉莉奈は体調が悪い中、体育で創作ダンスのチーム発表をして、倒れてしまった。それを見つけた遥紀は……。
両片思いの二人の、鋭いくせに鈍感で、拗らせた恋の話です。
ぜひお読みください。
一之瀬茉莉奈と岩瀬遙紀は、同じクラスの図書委員。
図書室の一番奥、静かな本棚の影。委員会の仕事中に何気なく交わす言葉は少ないが、不思議と心地よかった。
茉莉奈は、遙紀がくれるさりげない優しさが好きだった。
机の下に落としたプリントを拾おうとして指が届かず困っていた時、何も言わずに拾って差し出してくれる。
重たい図書室の本棚を一人で動かそうと力を込めていると、いつの間にか隣にいて、手伝ってくれる。
それだけじゃない。遥紀は周りを良く見ていて、茉莉奈の体調の変化にもすぐに気づいてしまう。
11月、風が日に日に冷たさを増していき、季節が秋から冬へと変わりつつある頃。
その日、茉莉奈は朝から少し身体が重く感じていた。昨夜は眠りが浅く、熱があるような、ないような微妙な違和感がずっと続いていた。
けれど、その日は体育で創作ダンスの発表があった。みんなで一緒に作り上げたチームダンス。欠席するなんてできるはずがなかった。
体育の授業は、なんとか無事に終わった。息が切れて、視界がぐらぐら揺れて、それでも最後のポーズまでやりきった自分に、心の中で小さくガッツポーズをした。
けれど、教室に戻る途中の渡り廊下で、ふいに世界が傾いた。
クラッと目の前が白くなり、思わずしゃがみこんだ。風が頬をかすめていく。耳の奥で自分の鼓動が大きく響く。
まずいな、と思った。
「……一之瀬?」
聞き慣れた声がして、ぼんやり顔を上げると、遙紀がいた。眉をひそめて、茉莉奈の顔を覗き込んでいる。
「立てるか?」
首を横に振るのが精いっぱいだった。
「無理するな」
遥紀はそう言うと、茉莉奈をまるで当たり前のように抱き上げた。
横抱き。顔が遥紀の胸に触れそうになる。体操服越しに伝わる鼓動が、やけに近くて、耳まで赤くなるのが自分でもわかった。
(ダメ。……こんなの、心臓がもたないよ)
けれど、口から出るはずの拒否の言葉は、声にならなかった。
遥紀は茉莉奈を保健室に運ぶと、ベッドに優しく寝かせた。先生はいなかった。
ふかふかのベッドに横になるだけで、身体がずっと楽になる。
タオルケットをかけようとしてくれている遥紀の方を向いて、茉莉奈はお礼を言った。
「岩瀬くん、ありがとう……」
その瞬間、遙紀が目を見開いて、タオルケットをかける手が一瞬固まった。
気まずそうに目を逸らす。なぜか、ほんの少しだけ頬が赤いように見えた。
(え、どうしたんだろ……?)
一瞬、そう思ったが、彼は気を取り直したように、そっとタオルケットを私の肩までかけてくれた。
「この時間は、休んでろよ。先生には俺から言っとくから」
その声は、いつも通りの穏やかさだった。
シーツの冷たさが心地よく、気がつけば、茉莉奈は眠ってしまっていた。
目が覚めた時、保健室には先生がいて、「もう大丈夫そうね。季節の変わり目で、体調崩しちゃったかな。今日は安静に過ごしてね」と優しく言ってくれた。
既に放課後になっていて、友達が教室から鞄を届けてくれていたから、その日はそのまま下校した。
そして翌日。すっかり元気を取り戻した茉莉奈は、教室に入ると真っ先に遙紀の席へ向かった。
「岩瀬くん、昨日、ありがとうね」
遥紀は少し驚いたように目を見開き、それからふっと表情を緩めた。
「もう大丈夫なのか?」
「うん、もうすっかり」
元気を見せようと、右手で力こぶを作る仕草をしてみせる。普段そんなことしない自分が、ちょっとおかしかった。
遥紀はその様子を見て、ふっと笑った。
その笑顔は、ずるいくらい優しくて、真っ直ぐで、胸の奥がぎゅっと鳴った。
茉莉奈は思う。
こんなにも好きなのに、なんで彼は、私のこの気持ちには気づかないんだろう、と。
些細な変化にはすぐに気づいてくれるのに。
髪を切っただけでも、「少し雰囲気変わった?」って聞いてくれるのに。
どうして、この気持ちには気づかないんだろう。
けれど、気づかれたら、きっと今までみたいにはいられなくなる。
「図書委員としての距離」は、ちょうどいいんだ。たぶん、心地よすぎるくらい。
このままでいい。いや、良くはないけど、壊れるよりは、ずっといい。
ふと隣を見ると、遙紀がこちらを見ていた。目が合って、思わず視線を逸らしてしまう。頬が、また熱くなってきた。
それでも、遥紀は変わらず茉莉奈の隣にいてくれる。
それだけで、今日は少し、嬉しかった。
side遥紀
気づいたのは、いつからだっただろう。
一之瀬茉莉奈。声が小さくて、目立たなくて、でも誰よりも周りに気を遣って、空気みたいに自然に溶け込んでる。
遙紀がこの感情をはっきりと意識したのは、図書委員の仕事中だった。落ちた栞を拾って差し出したとき、彼女が一瞬驚いて、それから小さな花が咲いた様にふわりと嬉しそうに笑った。
その表情が、頭から離れなくなった。
気づいたら、目で追うようになっていた。彼女が何を読んでいるか、今日は髪を結んでいるのかほどいているのか、スカートの丈がほんの数センチ長いか短いか、そんなどうでもいいような細部まで、全部、覚えてしまう。
自分でも気持ち悪いと思っている。でも、やめられない。
彼女の声が、視線が、表情が、ちょっとした仕草が、すべて自分の中で特別になっていった。
どんどん、深く、強く、制御できなくなっていった。
だから気づくのも早かった。彼女の体調の異変に。歩き方がいつもより遅くて、顔色が悪くて、唇が少し乾いていて。
誰も気づかなくても、遙紀にはわかった。
彼女の「異常」は、全身のセンサーが勝手に教えてくれる。
体育の授業終わり。
男子の授業の隣で行われていた女子のダンスを横目に見ていて、その動きの違和感に心配していたが、やっぱり限界だったんだろう。
茉莉奈が渡り廊下でしゃがみ込む姿を見つけたとき、遥紀は心臓が冷たくなった。
無言で駆け寄って、そのまま抱き上げた。茉莉奈は驚いていたけど、抵抗しなかった。小さくて、軽くて、簡単に壊れてしまいそうだと思った。
保健室に運び、なるべく優しい動きでそっとベッドに寝かせて、タオルケットをかけようとした、その瞬間。
熱っぽく潤んだ瞳と、上気した頬で、遥紀の名を呼び、お礼を言う茉莉奈の姿に。
理性が、一瞬、吹き飛びそうになった。
でも、必死の思いで見なかったことにした。
タオルケットをかけ直して、何事もなかったように声をかけて、それだけで部屋を出た。
それ以上、ここに居たらいけない。
そうしないと、自分が壊れるか、彼女を汚してしまいそうで。
どちらにしても、もう「今」には戻れなくなる。
その日の夜、眠ろうと目を瞑ると、茉莉奈のあの時の表情が思い浮かんだ。
見なかったことになんて、出来る筈が無かった。
その日遥紀はなかなか寝付く事は出来ず、長く悶々とした夜を過ごした。
次の日、教室で彼女がいつも通りの笑顔でお礼を言ってくれた。
睡眠不足で上手く回っていなかった頭が、一瞬で覚醒する。
「岩瀬くん、昨日、ありがとうね」
それだけの言葉に、どうしようもなく救われた気がした。
まだ、壊してない。まだ、ギリギリで止まってる。
「もう大丈夫なのか?」
「うん、もうすっかり」
右手で力こぶを作る仕草が、あまりにも愛しくて、あまりにも無防備で、笑うしかなかった。
笑いながら、心の奥底ではこう思っていた。
ーーずるい。この笑顔を誰にも見られない様に、いっそどこかに閉じ込めてしまいたい。
この感情がただの「好意」じゃないのは、自分が一番わかっている。
彼女が他の誰かと笑い合っていたら、胸が焼けるほど苦しくなる。彼女の話を他の男子が楽しそうに聞いているのを見ただけで、拳を握りしめてしまう。
でも、それを彼女に悟らせたくない。
何でもないただのクラスメイトで、図書委員の相方で、たまに親切にしてくれる男子で、それでいい。
それ以上を望んだら、きっと全部壊れる。
だけど、
いっそ、その「全部」を壊してしまいたくもある。
奪ってしまいたい。誰にも触れさせたくない。彼女をどこかに閉じ込めて、心も、視線も、声も、全部、遥紀だけのものにしたい。
でも、それをしてしまったら、きっと彼女は、笑わなくなる。
それだけは、どうしても嫌だった。
放課後の図書室で、彼女が背伸びして高い棚から本を取ろうとしている。
手を伸ばして、それを取って渡す。
「ありがとう」と微笑む彼女に、また胸が苦しくなる。
この距離を、壊したくない。
でも、本当は壊してしまいたい。
そんな矛盾した気持ちを押し殺しながら、今日も遥紀は茉莉奈の隣にいる。
何も知らないふりをして。
茉莉奈が遥紀に向ける無垢な笑顔が、今日も遙紀を縛りつけていた。
見つけてくださり、お読みいただき、ありがとうございました!
本作は
case6. 両片思いな二人-side茉莉奈
case7. 両片思いな二人-side遙紀 の両片思いの二人の話です。
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陽ノ下 咲




