case17.起こしに行ったその先で
高校二年生の本間みくは幼馴染で恋人の月城尚也の家の前で、尚也の事を待っていた。寝起きが悪く、朝はなかなか起きられない尚也を部屋まで起こしに行って……。
幼馴染の二人の、寝起きのハプニングの話です。
ぜひお読みください。
朝の空気は、まだ少しひんやりとしている。
金木犀の香りがふわりと香り、秋の気配が街に染みていく中、本間みくは小さく息を吐いた。
「……遅いなあ、尚也」
制服のスカートが風に揺れる。幼馴染の月城尚也の家の玄関前。
最近ただの幼馴染から恋人に関係が変わったけれど、小さい頃から自分の家の様に訪れていた尚也の家は、みくにとってずっと変わらず、自分の家の次に安心出来る場所だった。
時計を見ると、待ち合わせの時間からすでに7分が経過していた。
「また寝てるんだろうなあ……」
呆れ混じりに呟いたそのとき、玄関が開く音がして、尚也の母親が出てきた。
「あ、みくちゃん! ごめんね、またあの子起きてないの。わたし今から出るから、ちょっと起こしてきてくれる?」
「はい、おばさん。行ってらっしゃい~」
「助かるわ~!ほんっと尚也、困っちゃう!」
手を振って見送ると、みくは慣れた手つきで門を開け、尚也の家に入った。
階段を上がり、廊下の奥、左手の扉に尚也の部屋の部屋がある。
完全に勝手知ったる家の中を歩いていき、直哉の部屋についた。
ドアを軽くノックしても、反応はない。
「……尚也、入るよー」
がちゃり、とドアを開けると、カーテンを閉じた薄暗い部屋の奥で、尚也がベッドにぐっすりと寝ていた。
無防備な横顔。かすかに寝息が聞こえる。
その寝顔を見るたびに、ほんの少し胸がくすぐったくなるのは、いつからだったろう。
みくはそっとベッドに近づいて、小さく名前を呼んだ。
「尚也、起きてー。学校、遅刻しちゃうよ?」
しかし、ぴくりとも動かない。
「……もー、ほんとに寝起き悪いんだから」
軽く肩を揺さぶろうとした、その瞬間ー-
「……ん、ん……みく……?」
寝ぼけた声とともに、尚也の腕が、ぐいっと伸びてきた。
「え、ちょっ……尚也!?ーーちょっと!!」
まるでクッションでも抱きしめるかのように、みくの体を思いきり抱き寄せる。
その腕は意外にしっかりしていて、あっという間に距離がゼロになった。
顔と顔の距離が、息が触れそうなほど近い。
「ちょ……尚也……!起きて!!」
「……すき……だいすき……みく……」
「な……っ!」
耳元でそんな寝言を囁かれて、みくの頭が真っ白になる。
その直後、尚也の腕に押し込まれるように体が反転し、ベッドの上に押し倒される形に。
布団の匂い。ぬくもり。尚也の腕。
一気に心臓が暴れ出した。
(うそ、これ、夢じゃないよね!?)
制服のブラウスの裾に、尚也の手がすべり込んできたその瞬間ーー
「ーーーッ!!」
ぱんっ!!
両手で尚也の頬を強く挟むようにして、全力の平手打ち。
「いってぇっ!?!?」
尚也がようやく目を覚ます。
寝ぼけ顔のまま、頬を押さえてキョロキョロと視線を泳がせたあとーー
「ーーえ?」
押し倒した状態で、みくの上に自分が乗っていることに気づいた。
「……え、なに……夢?これ夢?みく?みくちゃん?」
「夢じゃないよ!!おはよう!!遅刻だよ!!!」
「う、うそ……なにこれ……うわっ、僕、なにして……ごめん、ごめん、ほんっとうにごめん!!」
慌てて体を起こし、後ずさる尚也。
顔が真っ赤だ。
「な、なんかさ……夢の中で、……みくちゃんと、……その……。ほんとごめん、マジで無意識だった。冗談とかじゃなく……!うわ、最低か僕!」
「もう……」
起き上がったみくも、同じくらい顔が熱い。
怒っているようで、怒りきれなくてーー
だって、こんなドキドキ、そう簡単には消えない。
「……あのさ」
「うん」
尚也が、さっきよりも静かな声で言った。
「僕……、こんな形じゃなくてさ。……今度はちゃんと起きてるときに、みくちゃんが嫌じゃないって分かってる状態で……」
「……うん」
「……抱きしめたい」
言葉を選びながら、目を逸らしながら、尚也が呟く。
その声がやけに真剣で、みくは視線を落とした。
「……嫌じゃないよ」
その声が、予想よりずっと小さくて。
尚也が「え?」と聞き返す。
みくは、制服の裾を握りしめながら、もう一度言った。
「……嫌じゃない、よ……?」
今度はちゃんと、尚也の目を見て。
すると、尚也の頬がさらに赤くなって、頭を抱えた。
「……ダメだ。今そんな事言われたら理性もたない」
「ふふっ」
静かに笑って、みくはベッドから立ち上がる。
「でもとりあえず、遅刻するから早く支度して? もう5分しかないよ」
「……うん。わかった。ありがと、起こしに来てくれて」
「まったくもう……」
軽く怒ってみせながら、みくは部屋のドアへと向かう。
後ろから尚也の声が追いかけてきた。
「みくちゃん、さっきの、約束だからね」
「分かったから、早く行こっ」
恥ずかしさから、返事が少しそっけないものになってしまったけれど、心の中は、今朝の出来事を反芻していた。
押し倒されて、びっくりした。
心臓の音は、まだ鳴り止まない。
でも、嫌じゃ無いのは本当だから。
……そのときは、また「好き」って、ちゃんと聞かせてね。
side尚也
ーーぬくもり。
柔らかくて、いい匂いがして、なんか、落ち着く。
「……ん……、みく……?」
意識の底に浮かぶ名前は、いつも同じだった。
尚也の隣にいるのが自然で、何年も前から変わらずそばにいて、誰よりも気心が知れていてーー
夢の中のみくが、幸せそうに笑いながら尚也の腕の中にいる。
「すき……」
尚也は確かにそう言って、抱きしめてーー
(あれ……?)
なんか、ふわふわした感覚が、やけにリアルで。
触れた感触、あたたかさ、耳元の髪の香り。
これは……夢?
でも、こんなにちゃんと感じるもんだっけ。
柔らかい肌の下にある、かすかな鼓動まで。
(あれ……え……?)
意識がぼやけたまま、でも本能的に“違和感”が胸を刺したそのときーー
ぱんっ!
「いってぇっ!?!?」
突然の痛みに目を覚ました。
「ーーえ?」
目を開けると、至近距離にみくの顔がある。
「……え、なに……夢?これ夢?みく?みくちゃん?」
押し倒した体勢。尚也の腕の中で、みくの驚いた目と真っ赤な頬。目にはうっすら涙を浮かべている。
(なに……え?これ、なに……?)
一気に顔が熱くなる。思考が追いつかない。
「夢じゃないよ!!おはよう!!遅刻だよ!!!」
彼女の声に完全に覚醒する。
状況が一瞬で理解できた。
(やばい……!これ、完全にやらかしてる!!)
「う、うそ……なにこれ……うわっ、僕、なにして……ごめん、ごめん、ほんっとうにごめん!!」
夢だと思っていたと必死に言い訳しながらも、自分の心臓がバクバク鳴ってるのが止まらない。
触れていた感触が、まだ腕に残ってる。
彼女の匂いも、柔らかい髪も、胸の鼓動も。
全部、現実だった。
布団の上で、膝を抱えるように頭をかかえた。
(本当に最悪だ。本当だったらこんな、寝惚けてとかじゃなくて……)
「……あのさ」
みくが立ち上がろうとする背中を見ながら、尚也は勇気を出して声をかけた。
「うん?」
「僕……、こんな形じゃなくてさ。……今度はちゃんと起きてるときに、みくちゃんが嫌じゃないって分かってる状態で……」
「……うん」
「……抱きしめたい」
口から出た言葉に、胸がじんとした。
その思いは、最近始まった感情じゃない。
もう、ずっと前から思っていた。
ずっと昔、風邪を引いたときに看病してくれた時。
雨の日に、傘を忘れた尚也にそっと傘を差し出してくれた時。
尚也の好きなマンガをわざわざ読んできて、一緒に語ってくれた時。
尚也はずっと、みくだけを抱きしめたいと思っていた。
みくはしばらく黙った後、
「……嫌じゃないよ」
と、呟くように言った。
聞き間違いかと思って聞き返したら、もう一度、目を見て言ってくれた。
「……嫌じゃない、よ?」
その瞬間、尚也の心臓は破裂しそうになった。
今までの中で、一番、かわいいと思った。
(もう絶対、冗談とか夢とかで済ませたくない)
次はちゃんと、自分の言葉で、正面からを伝えよう。
何よりも大切にしたいから、今すぐにじゃなくていい。いつか、必ず。
そう心に誓った。
見つけてくださり、お読みいただき、ありがとうございました!
本作は
case1.突然のバックハグ の幼馴染カップルの話です。
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陽ノ下 咲




