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日常恋愛オムニバス  作者: 陽ノ下 咲


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case16.イヤホンの距離

高校二年生の如月(きさらぎ)隼人(はやと)香坂(こうさか)奈津美(なつみ)は、付き合いたてのカップル。

学校からの帰り、もう少し一緒に居たい二人は中庭のベンチに腰掛ける。奈津美は隼人にイヤホンの片方を差し出して……。


ピュアなカップルの、片耳イヤホンの話です。

ぜひお読みください。

 夏の匂いが強くなり始めた七月初旬。


 放課後のチャイムが鳴る頃、如月隼人の心臓は、ドキドキと大きく脈を打つ。


 隣の席で、香坂奈津美がそっと荷物をまとめながら、ちらりとこちらを見て微笑んだ。

 

 ついこの間まで、ただのクラスメイトだった。けれど二人は今、付き合っている。


 まだ付き合って数日の二人。

 「彼氏」「彼女」としての距離感なんて、まだよくわからない。

 名前を呼び合うたび、ふと視線が合うたび、照れくさくて言葉がつっかえる。


 付き合って、一緒に下校するようになった。

 どうしたって緊張してしまうけれど、それもどこか楽しくて。


 帰り際、少し離れがたくて、もう少しだけ一緒に居る事にした二人は、学校の中庭のベンチに腰掛けた。

 奈津美は鞄の中から白いイヤホンを取り出して、小さく笑った。


「……ねぇ、聴く?」


 その声は明るくて、でも緊張から、ほんの少しだけ震えていた。


「……うん」


 隼人も緊張を隠しきれない声で頷くと、彼女の手から差し出された片方のイヤホンを受けとった。


 イヤホンのコードが、ぴんと伸びて、それが二人の距離をゆっくりと、確実に縮めていく。


 隣に座った奈津美の肩が、少しだけ触れる。

 その感触に、鼓動がまたひとつ跳ねた。


 イヤホンを耳に差し込むと、流れてきたのはゆったりとした男性ボーカルのバラードだった。

 どこか切なくて、でも優しい旋律。


「あ……この曲」


 思わず口をついた隼人の声に、奈津美がうれしそうに頷く。


「うん。最初に一緒に聴いた曲だよね。覚えてる?」


「忘れるわけないだろ」


 その言葉に、奈津美がほんの少し照れて笑う。


「あのとき、隼人が勧めてくれて……それからずっと、好きなんだ」


 そう言って、彼女が再生位置を戻し、隼人の隣にきゅっと体を寄せてくる。


 ベンチの冷たい木の感触と、奈津美の温もり。

 それが、なんとも言えないリアルさで隼人の感覚を刺激した。


 奈津美の髪の毛が、肩に触れる。

 その瞬間、もう一度心臓が跳ねる。

 ほんのり甘い奈津美の香り。

 すぐ横に感じる彼女の体温。

 静かな放課後の中庭には、イヤホンから流れる音と、お互いの熱しかなかった。


(なんでこんなに、ひとつひとつが特別なんだろう)


 奈津美は、何気ない顔でコードを指先でくるくると弄んでいる。

 だけど隼人の視線は、そっと彼女の指先に向かっていた。


 ……奈津美の手は、ほんの少し震えていた。


(あ……そっか)


 思わず、ふっと微笑んだ。


(奈津美も、同じくらい緊張してたんだ)


 奈津美も自分と同じ気持ちなのが分かって、それがとても嬉しかった。

 自分の緊張の糸が緩むのが分かる。


 曲が終わっても、二人はイヤホンを外す気にはならなかった。

 そのまま、次の曲が始まる。

 隣に座る奈津美の温度を感じながら、隼人は曲に耳を傾けた。


 夕焼けが、校舎の壁を赤く染めていく。

 昼間は熱気を含んでいた風が、徐々に涼しさを帯びてくる。


 この世界の中で、自分と奈津美しかいないような気がした。


 そのとき、奈津美がぽつりと囁いた。


「ねえ、隼人」


「……うん」


「……手、つないでいい?」


 また心臓が跳ねた。


 でもそれ以上に嬉しさが勝る。


「……いいよ」


 重ねた手。奈津美の手は、自分のよりずっと細くて、あたたかかった。

 少し震えていたのは、お互い様だ。


「ぎこちないよね、私たち」


「うん……でも、悪くないな」


「ふふっ、うん……悪くないね」


 笑い合って、見つめ合って、それからまた前を向く。

 手のひらの熱が、互いを確かめるように伝わってくる。


 こんなにも静かで、優しい時間があることを、隼人は初めて知った。


「なあ」


「ん?」


 隼人は、少しだけ勇気を出して、声を出した。


「この片思いの曲さ、……前に奈津美に教えたとき、実は、奈津美に気持ちを気づいてほしかったから選んだんだ」


「……え?」


 奈津美の頬が、みるみるうちに赤く染まっていく。


「そ、そうだったの……? そんなの、言ってよ」


「だって、恥ずかしかったんだよ」


「……うれしい」


 そう言って、彼女が手をぎゅっと握り返してくれた。


「私も、ずっと隼人のこと好きだったから……気づけて、良かった」


 奈津美は幸せそうに笑う。

 隼人は彼女のその笑顔が、たまらなく愛おしく感じた。


 空は、茜色から群青へと染まりつつあった。

 校舎の窓に映る夕焼けは、どこか名残惜しそうにきらめいている。


 誰かが遠くで笑う声が聞こえた。

 部活の掛け声も、微かに風に乗って届いてくる。


 だけど、この場所だけはまだ、二人きりだった。


「ねぇ、隼人」


「ん?」


「また明日も……ここに来たいね」


「うん、来ようか」


「また一緒に、音楽聴こう」


「もちろん」


 二人はそう言って、小さく微笑み合った。


 イヤホンを外して、コードを巻く奈津美の指先を見つめながら、隼人は思った。


(この距離も、この空気も、全部忘れたくないな)


 たったひとつのイヤホンから流れた音楽が、ふたりの距離を近づけてくれた。



見つけてくださり、お読みいただき、ありがとうございました!

本作は、case2.初デートのお祭り のカップルの話です。


隼人×奈津美の話のバックナンバー

case2.初デートのお祭り

case5.凍える冬の恋人繋ぎ

case12.頬が赤くなった訳は


こちらも合わせてお読みくださると嬉しいです。

ぜひご一読ください。


陽ノ下 咲


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