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日常恋愛オムニバス  作者: 陽ノ下 咲


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15/42

case15.そばで見てきたから

文化祭の日。高校三年生で生徒会長の九条(くじょう)里香(りか)と二年生の副会長の桐生(きりゅう)拓哉(たくや)は、忙しく動き回っていた。そんな中、里香の失敗が原因でトラブルが起きてしまい……。


生徒会の二人の、文化祭でのお話です。

ぜひお読みください。


(本作はcase3.後輩からの告白の生徒会ペアの、告白以前、両片思い時期の話です。case3を読んでいなくても問題なく読めます。)

 夏の暑さがまだ消えきっておらず、少しずつ秋の風が漂い始める九月の中旬。今日は高校の文化祭。

 校内は朝から活気にあふれていた。飾り付けられた廊下に人の波ができ、スピーカーから流れる音楽とともに、生徒たちの笑い声が響いている。


 桐生拓也は、生徒会副会長として、そんな騒がしさの中を走り回っていた。


「倉庫の鍵、持ってる人いませんかー!」

「体育館、マイクの出力が変です!確認を!」


 飛び交う声と、次々舞い込むトラブル。そのすべてを拓也は全力で受け止めていた。


 だが、その疲れを吹き飛ばしてくれるものがあった。


 それは、会長である九条里香の姿だった。


 晴れやかな笑顔を浮かべて、彼女はどこまでも真っ直ぐに立っていた。誰かがミスすればすぐに駆け寄り、優しく声をかけ、足りない人手があれば迷わず自分が動く。


 拓也は、そんな里香をずっと見てきた。


 文化祭の準備期間、彼女は誰よりも遅くまで学校に残り、細かな作業を淡々とこなしていた。表には見せなかったけれど、目の下にはいつも隠しきれないクマがあった。


 だからこそ。


 今日、誰よりも楽しそうに動き回る彼女の姿が、拓也には何より嬉しかった。


(頑張ってきたことが、ちゃんと報われてる……。会長、凄く楽しそうだな)


 そんな想いで、拓也は遠くからそっと彼女の背中を見守っていた。



 だが、午後の催しが進んでいたある時間帯、予期せぬトラブルが起きた。


 舞台発表の直前、マイクとスピーカーの接続不備が発覚したのだ。


 混乱する中、確認された原因は、使用機材の申請漏れ――つまり、生徒会側の手続きミスだった。


 それは、里香が提出を忘れていた書類だった。


「……私が、抜けてました。すみません」


 彼女はそう言って頭を下げた。だが、誰も彼女を責めなかった。


「大丈夫です、すぐ臨時対応を取ります!」

「これだけの準備をしてきたんだ、ここで止まるわけにはいかない」

「会長、何をすれば良い?」


 そう言って、里香の指示の元、皆が動いた。拓也も、全力で動いた。


 結局、大きな混乱にはならず、観客には気づかれないまま乗り切ることができた。


 そして、文化祭は予定通り無事に幕を閉じた。



 夕方、生徒会室。誰かが「お疲れさま」と声をかけるたび、空気が少しずつ緩んでいった。


「最高の文化祭だったね」

「来年も、このメンバーでやりたいね」


 笑顔が交わされるその中心に、里香もいた。


 けれど、拓也にはわかっていた。


 その笑顔が、少しだけ無理をしていることに。


 片付けを終えてそれぞれがほっと一息ついている時、里香は静かに生徒会室を出て行った。


 どこかへ逃げるように、そっと。


 拓也は立ち上がった。胸騒ぎを覚えながら、彼女の後を追った。



 校舎を抜け、裏庭のさらに奥。人気のない体育館の裏。


 そこに、彼女はいた。


 壁にもたれ、膝を抱えるようにして座り込んでいる。


 肩が小さく揺れていた。


「……会長」


 声をかけた瞬間、彼女の体がびくりと震えた。


「……桐生くん?」


 顔を上げたその目は、真っ赤だった。涙を拭う暇もなく、彼女は笑顔を作ろうとした。


「ごめん、見ないで……平気だから」


「平気じゃない顔してますよ」


 拓也は、ためらわずに歩み寄ると、周りから隠す様にそっと彼女を抱きしめた。


 少しだけ、里香の体が強ばった。


「他の人のミスなら、あんなに優しく励ませるのに。どうして、自分のことはこんなに責めるんですか」


「だって……私が、ちゃんとしていれば」


「してましたよ」


 拓也は、彼女の髪にそっと手を置いた。


「誰よりも努力してました。それを、俺はずっとそばで見てましたから」


 静かに、彼女の呼吸が落ち着いていくのを感じた。


 拓哉は、自分の感情をここで全部言葉にできればいいのに、と思った。


 そう思う瞬間は、これまで何度もあった。


 でも、今それを告げたら、彼女にとってそれは重荷になるかもしれない。


 だから、言わない。


 だけど、せめて伝えたい。


「俺は、里香先輩の何にでも一生懸命なところ、すごく好きですよ」


 里香の体が、小さく揺れた。


「尊敬してるし、頑張ってる姿も、笑ってる顔も、今日みたいに泣いてるところも、里香先輩の全部を、すごく大切に思ってます。……だから、こうしてそばにいたいって思ったんですよ」


 今はまだ、『後輩として』、『副会長として』の気持ちでいい。

 ただ、彼女の心が少しでも軽くなって欲しい。それだけだった。


 拓也は、里香の背中をそっと撫でた。


「……ありがとう」


 小さな声で、彼女がつぶやいた。


 その言葉に、すべてが込められている気がした。


    

 数分後、里香は顔を上げて、小さく笑った。


「私、ちゃんと笑えてる?」


「はい、ちゃんと笑えてます。いつもの間抜けな笑顔ですよ」


「もう!間抜けじゃ無いもん!」


 そう言って笑い合った。


 里香の笑顔は、ほんの少しだけ泣き顔だったけれど、今までで一番、心からのものに見えた。


 二人で並んで歩いた帰り道。


 言葉は少なかったけれど、その沈黙は温かかった。


 里香のすべての笑顔を自分に向けてほしいとは思わない。


 せめて、彼女が涙を隠さずにいられる場所でありたい。


 強く、そう願った。




ーーー



【生徒会書記一年、立花(たちばな)果穂(果穂)視点】


 文化祭当日、生徒会室は朝からざわついていた。


 提出物の最終確認、呼び出し対応、控室の鍵の受け渡しーーいつも通り、九条会長と桐生副会長は、静かに、でも確実に全体を回していた。


 果穂は、その横でいつも通り議事録アプリを立ち上げ、見えないところで何が起きてるかを記録しつつ、タイミングを見計らって動く係をしていた。


 どちらかといえば、書記は空気を読むのが仕事みたいなポジションだと果穂は思っていた。


 それでも、気づいてしまうことがある。


 たとえば、九条会長が失敗したことに気づいた瞬間の沈黙。


 音響トラブルの裏側で、申請書類の不備が発覚したとき、会長は一瞬、ほんの一瞬だけ息を呑んだ。


 あれは、一番近くに居た果穂にしかわからないくらい一瞬だった。


 そのあとすぐに、生徒会メンバーに明るく指示を出して導いていく姿は、まさに理想の生徒会長だった。



 終礼後、みんなで「お疲れ様」と笑い合う中、九条会長は静かに生徒会室を出て行った。


 特別なことじゃないように見えたけどーー数十秒後に桐生先輩も黙って立ち上がって、同じ方向へ歩いていった。


(ああ、気づいてたんだ)


 桐生先輩だけは、九条会長が限界まで無理していたことに、気づいてた。


 どんなに完璧に振る舞っていても、桐生先輩は「その奥」をちゃんと見てた。



 しばらくして、二人が戻ってきたのは、日が暮れた頃だった。


 会長は、いつもより少し柔らかい顔で、控えめに笑っていた。


 その隣で歩く桐生先輩の表情は、いつも通りだったけれど、ほんの少しだけ、安心したように見えた。


(あれは、きっと何も言わないままの“好き”なんだ)


 わかる。ああいう形もあるんだと思う。


 誰かに好意を向けるって、別に告白して両想いになることだけじゃない。


 誰よりもその人を見て、その人の全部を肯定して、

 必要なときだけ、そっと手を差し出せること。


(私は、まだそんなふうにはなれないけれど……)


 果穂はそう考えた。


(生徒会って、不思議とそういう人が集まる場所なのかもね。……会長が一人で泣かなくてすんで、本当によかった)


    

 片付けを終えて帰るとき、果穂はふと、桐生先輩にだけ聞こえるような声で言った。


「桐生先輩、ナイスフォローでした」


 桐生先輩はきょとんとした顔をしてから、少しだけ照れたように笑った。


「見てたんだ?」


「はい、書記なので」


 果穂はにっこり笑って、さっさと帰り道を歩き始めた。


 これからも二人は、あの距離のままでい続けるんだろうか。


 どうするのかを決めるのは2人だけれど、果穂は尊敬する2人の幸せを願わずには居られなかった。



本作は

case3.後輩からの告白 の生徒会メンバーの話です。


里香×拓哉の話のバックナンバー

case3.後輩からの告白

case8.苦手な先輩のはずだった

case10.言えなかった本音


こちらも合わせてお読みくださると嬉しいです。

ぜひご一読ください。


陽ノ下 咲

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