case14.ゼロ距離の昼休み
高校二年生の天羽陽菜は日直の仕事で、道具の片付けを任された。多過ぎる量の荷物に足がもつれかけたとき、友達以上だけど恋人では決して無い、微妙な関係の五十嵐修斗が助けてくれて……。
昼休み、ひょんな事故でゼロ距離になってしまう、友達以上恋人未満な男女の話です。
ぜひお読みください。
昼休み。天羽陽菜は日直の仕事で、社会科準備室への道具の片付けを任された。
正直、量が多い。重い。しかも今日に限って、机の上に出された資料がいつもの倍くらいある。
「手伝おうか?」と、友達が声をかけてくれたけど、
「いいよ、大丈夫! ありがと!」
と笑って断った。
朝から「購買でパン買わなきゃ!」と焦っていたのを知っていたからだ。この学校の購買はとても人気で、遅れるとすぐに売り切れてしまう。優しい友達だからこそ、陽菜のことより先に、美味しい昼ごはんにありついてほしかった。
だから、一人で運ぶことにした。両腕いっぱいに荷物抱えて、廊下をとぼとぼと進む。
途中、階段の踊り場で重さに足がもつれかけたとき、
「おーい、天羽?」
呼び止める声に顔を上げると、そこには五十嵐修斗がいた。
去年同じクラスで、それなりに仲も良くて、部活の帰りが一緒になったときは、たまに一緒に帰ったりもする。そんな微妙な距離感の相手。
「どうした? それ全部一人で?」
陽菜が困ったように笑ってうなずくと、修斗は何も言わずにスッと荷物の三分の二ほどを奪った。
「持つよ。重いだろ」
「イケメンかよ……」
うっかり本音が口から出た。慌てて手で口元を隠すと、修斗は少しだけ笑ってくれた。
「ありがとう。本当に助かる」
「どういたしまして。天羽もうメシ食ったの?」
「これからだよ。五十嵐は?」
「俺は早弁した。後この後、コンビニで買ったおにぎり食う予定」
「悪いんだー」
そんな会話を交わしながら、二人で準備室に向かう。
社会科準備室の中は倉庫の様で、静かで少しホコリっぽかった。
二人で手分けして荷物を片付けていくうちに、陽菜は一つ、棚の上段に置かなくてはならない備品を手にして立ち止まった。
(高い……)
周りを見渡したが、脚立は無かった。
仕方なく、近くにあった椅子を引き寄せて立ってみたものの、微妙に届かない。背伸びして、なんとか手を伸ばした瞬間ーーバランスを崩して、椅子がガタンと揺れた。
「あっ……!」
倒れる、と思ったその瞬間、ふわっとした感触に包まれた。
「危ねえっ!」
目をぎゅっと閉じたが、痛みはこなかった。目を開けると、修斗が下敷きになっていた。
「ごめん、大丈夫!?」
慌てて体を起こしながら声をかけると、
「全然大丈夫。お前は?」
「私も……大丈夫。本当にごめん!」
もう一度謝ると、修斗は少し苦笑しながら言った。
「謝罪よりここは、お礼の方が嬉しいかな」
にかっと笑うその顔が、やたらと眩しい。
「……ありがとう。本当に」
ようやく立ち上がろうとしたとき、髪の毛が何かに引っぱられた。
「痛っ……」
修斗の胸元を見ると、彼の制服のボタンに、自分の髪の毛ががっちりと絡まっている。
「うそでしょ……」
軽く引っ張ってみたけど、全くほどけそうに無い。
「そんなに多くないし……もう、ちぎっちゃおうか」
焦りながら言うと、修斗が即座に否定した。
「馬鹿!駄目だろ、綺麗な髪なんだから」
その言葉に、思わず顔が熱くなった。
「……ありがと」
少しだけうつむいて、小さく礼を言う。
「すぐ取るから、ちょっと待ってろ」
そう言って、修斗は自分のボタンと絡まった陽菜の髪をほどき始めた。
その距離、ゼロに近い。互いの呼吸がかすかに混じるくらい。
陽菜は息をするのも忘れて、ただただ固まっていた。
指が髪を優しく動かすたび、くすぐったいような、くすぐったくないような、何とも言えない感覚が身体を駆け巡る。
ようやくほどけたとき、
「ふぅっ……」
思わず大きく息を吐いてしまった。
「息止めてたのかよ、お前」
修斗がクスクス笑うのを見て、恥ずかしさで耳まで熱くなった。
「あ、あとは……棚に戻すだけだから!ありがとう、五十嵐!」
取り繕うように笑って、片付けに集中する。
無事に作業が終わったあと、準備室の前で改めてお礼を言った。
「本当にありがとね。おかげで、すごく助かったよ」
「気にすんなって。またなんかあったら呼べよ」
「うん、ありがとう」
そして、修斗と別れて、陽菜はひとり廊下を歩きながら、ようやく肩の力が抜けた。
(かっこよすぎた……)
さっきのゼロ距離が思い出されて、胸がどきどきする。
緊張してたの、バレてなかったらいいな。
でもーー
(……ずっとドキドキしてたのは、絶対秘密)
同時刻、別の廊下の角で。
修斗は、壁に片手をついて深くため息をついていた。
さっきの、陽菜の倒れそうになったときの感触。
細くて柔らかな身体が自分にぶつかった瞬間、思わず受け止めた腕が震えた。
髪が絡まったときの距離は、息を呑むほど近かった。
陽菜の甘い香りが、鼻の奥に残っている。
至近距離にあった、触れてしまいそうな唇にまで意識が行ってしまった自分が恥ずかしい。
この動揺が、陽菜には気づかれていないと、そう信じたい。
(……バレたくねぇな)
胸の高鳴りが、まだ少し残っていた。
それぞれの秘密を抱えて、二人は何気ない日常に戻っていく。
少しだけ、距離が縮まったような。
でも、決定的な一歩は踏み出さない。
友達以上、恋人未満。
そのあいまいな境界線の上で、昼休みは静かに過ぎていった。
見つけてくださり、お読みいただき、ありがとうございました!
本作は
case9.友達以上、恋人未満 の二人の話です。
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陽ノ下 咲




