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日常恋愛オムニバス  作者: 陽ノ下 咲


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12/42

case12.頬が赤くなった訳は

高校二年生の如月(きさらぎ)隼人(はやと)と香坂(こうさか)奈津美(なつみ)は、文化祭の打ち上げでクラス皆でカラオケに行く事になり……。


ピュアな高校生カップルの、カラオケでの一幕のお話です。

ぜひお読みください。

 秋の風が、文化祭の熱気をふっと冷ますように校庭を撫でていた。


 如月隼人と香坂奈津美のクラスのカフェは、文化祭の模擬店部門で見事優勝を果たした。

 店の内装からメニュー、接客に至るまで全員が一丸となった結果だった。

 案内係としてずっと店先に立っていた奈津美は、歓声と拍手の中、誰よりも晴れやかな笑顔を浮かべていた。


 そんな奈津美のそばに手を上げながら近づいてきたのは、恋人の如月隼人だった。


「奈津美、みんなでカラオケ行くって。お前も来るよな?」


「うん、もちろん行くよ」


 控えめに笑った奈津美に、隼人は小さく「よかった」とつぶやいた。その顔が少しだけほころんで見えたのは、夕焼けのせいだろうか。



 カラオケルームはまるで別世界のようだった。天井から吊り下がった紫と青のライトが揺れて、壁に反射して万華鏡のように踊る。

 十数人がぎゅっと入ったパーティールームには、ジュースのグラスとフライドポテトの香り、そしてテンションの高い笑い声が充満していた。


 順番にマイクが回り、盛り上がる歌声が部屋を満たしていく。みんな思い思いに歌い、声を上げ、時折テーブルを叩いて笑った。そんな中、隼人は端っこのソファに背を預け、静かに様子を見ていた。


「奈津美、そろそろ歌ってよ!」


 誰かの声に背中を押され、奈津美はちょっとだけためらってから、手元のリモコンに指を走らせた。

 選んだのは、バラード寄りの有名な恋愛ソング。決して陽気な選曲ではないけれど、今の気持ちには、なぜかしっくり来た。


 イントロが流れる。静かなピアノの旋律が部屋を満たし、空気が一瞬、澄んだ。


(こんなに緊張するものだったっけ……)


 マイクを持つ指が少しだけ震えた。

 軽く唇を湿らせると、奈津美は目を伏せて歌い始めた。心の中で何度も聴いた、大好きな一曲。

 だけど今夜は、その歌詞が自分自身のことのように胸に染み込んできた。


「ねえ、好きって言ってもいいのかな……」


 歌詞が優しく流れる。自分の声がこんなにも真剣に誰かの心に届くとは、思ってもみなかった。


 ふと、視線をそらしたくなって、奈津美はちらっとソファのほうを見た。 


 目が合った――わけではない。

 でも、隼人の視線がまっすぐこちらを向いているのが、はっきりわかった。


(……見てる)


 彼は、まるで画面の歌詞に吸い込まれるように目を細め、時折瞬きをしながら聴いていた。

 誰とも話さず、グラスにも手をつけず、ただ静かに奈津美の歌を聴いている。


 その顔に照明がふわっと当たった瞬間、彼の頬が赤く見えた。ほんのりとした熱を帯びたその表情は、奈津美の心をまた別のリズムで跳ねさせる。


(……赤い、よね。隼人、今……)


 胸の奥が、ゆっくりとあたたかくなっていく。

 歌詞がちょうど「ふたりでいたいと願うことが こんなに怖いなんて」という部分に差し掛かった。


 自分の声が、微かに震えていた。けれど止めたくなかった。まっすぐに歌い切りたい、彼の目を見た今は、そう強く思った。


ーーー


 曲が終わると、部屋は自然と拍手に包まれた。


「奈津美、うまっ!」


「選曲えぐいって~!」


 そんな声が飛ぶ中、奈津美は小さく会釈しながらソファに戻った。


 心臓が早鐘のように鳴っている。


 そのとき、隼人がそっと自分の隣に移動してきた。ふたり分のグラスの間に、彼の低い声がこぼれる。


「……めっちゃ、よかった」


 それだけだった。たった一言、でもその声がやけに近くて、余韻が体の芯に残った。


 奈津美は笑うことも、目を見ることもできず、つい言い訳のように言った。


「……照明のせいじゃないからね」


「え?」


「私の頬……赤くなってるの、照明のせいじゃなくて……」


 言い切る前に、隼人の手がそっと奈津美の手に重なった。唐突だけど、静かだった。


「……俺の頬が赤いのも、照明のせいじゃないから」


 たぶん、頬の赤さも、目の熱も、胸の高鳴りも。


 ぜんぶ、照明のせいじゃない。



 深夜、帰り道。電車の中は文化祭の打ち上げの興奮がまだ尾を引いていた。


 駅の改札前、ふたりきりになった瞬間、隼人が急に立ち止まった。


「なあ……奈津美」


「うん?」


「文化祭、頑張ってくれてありがとう。あと、あの歌……マジでやばかった」


 奈津美はちょっとだけ照れくさそうに笑った。


「隼人が見てたから、頑張ったんだよ?」


 そう言うと、隼人が小さく「あー……」と唸って、ちょっと困ったように頭をかいた。


「じゃあ俺も、次、奈津美の前で歌う番だな」


「期待してる。絶対見てるから」


 顔を見合わせて笑った。


 その笑顔の中に、きっと二人だけにしかわからない温度があった。


 もう照明なんて関係ない。


 頬の赤さも、心の揺れも、すべて本物だ。


見つけてくださり、お読みいただき、ありがとうございました!


本作は、case2.初デートのお祭り のカップルの話です。


隼人×奈津美の話のバックナンバー

case2.初デートのお祭り

case5.凍える冬の恋人繋ぎ


こちらも合わせてお読みくださると嬉しいです。

ぜひご一読ください。


陽ノ下 咲


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