case10.言えなかった本音
高校二年生の生徒会副会長の桐生拓哉は、偶然にも、一つ学年が上の生徒会長の九条里香が、女友達から「桐生君と付き合ってるの?」と聞かれている所を見てしまい……。
言えなかった本音が生んだ静かなすれ違いの話です。
ぜひお読みください。
(本作はcase3.後輩からの告白の生徒会ペアの、告白以前、両片思い時期の話です。case3を読んでいなくても問題なく読めます。)
放課後の生徒会室は、窓から差し込む西陽でじんわりと赤く染まっていた。
「副会長、これも確認お願いね」
そう言って生徒会長の九条里香は副会長の桐生拓哉に書類の束を差し出した。
スラリと伸びた指先、整った顔立ち、背筋の伸びた姿勢。
誰が見ても“完璧”の名にふさわしい先輩だ。
でも、拓哉はその“完璧”な姿を里香が必死に頑張って継続している事を知っている。そしてそれが拓哉のやる気の源でもある。
拓哉は彼女が差し出すものを受け取り、素直に頷いた。
「わかりました。今日中に確認しておきます」
「ありがと、桐生くん。ほんと頼りになるね」
里香に名前を呼ばれるたびに、心臓がくすぐったく跳ねる。
けれど、里香の目は書類に向いていて、そこに特別な感情は宿っていないように見えた。
それがいつものことだった。
生徒会室を出て、拓哉は荷物を取りに教室へ戻った。
途中、水筒を忘れたことに気づき、再び生徒会室へ引き返す。
ドアの前で立ち止まり、手をかけようとしたとき、中から聞き慣れない女子の声がした。
どうやら里香に会いに、里香の友達が生徒会室を訪れているようだ。
「ねえねえ、里香ってさ、副会長の桐生くんと付き合ってんの?」
瞬間、心臓がひとつ跳ねた。
反射的に手を止め、そのまま耳をすませてしまう。
「え?」
里香の声が返ってきた。
拓哉は思わずドアに寄りかかる。
「だってさー、いつも一緒だし、雰囲気も凄くいいし。付き合ってないの?」
一拍おいてから、里香は軽やかに笑った。
「えー、違うよ? ただの副会長くんです」
その言葉は、冗談まじりで、照れも戸惑いも一切ない。
だからこそ、拓哉の胸にぐさりと刺さった。
“ただの副会長くん”
たった一言で、自分がどれほど特別ではなかったかを思い知らされる。
足元が急に頼りなく感じて、拓哉はその場から静かに離れた。
帰り道、薄暗くなった校舎を抜けながら、拓哉はひとり心の中で反芻していた。
(やっぱり、意識なんかされてなかったんだな)
一緒に過ごした時間や、些細なやりとりに意味を見出していたのは自分だけだったのかもしれない。
あの笑顔も、あの声も、優しさも、全部“会長”として、ただそれだけのものだったのか。
せめてもう少し、動揺するとかしても良いんじゃ無いか。
そんな風に考えてしまった。
「……俺が、勝手に期待してただけか」
口の中で呟いた言葉が、自分自身に突き刺さった。
その頃、生徒会室の中では、里香がひとりで残された机に向かっていた。
友達が帰ったあと、彼女はじっと窓の外を見つめていた。
赤く染まる空。すれ違う生徒たち。
ふいに胸が苦しくなった。
「……違うよ、なんて言わなきゃよかった」
誰に言うでもなく呟いた声が、静かな部屋に消える。
そうだったら、どんなに良かったか。
そう思っている自分を、認めるのが怖かった。
完璧な会長でいることを望まれ、そうあるべきだと信じてきた自分が、後輩の副会長に本気で心を動かされているなんて、誰にも知られてはならないと思っていた。特に、拓哉本人には、絶対に。
けれど、名前を呼ぶたびに、書類を受け取る指先が少しだけ震えてしまうたびに、
この気持ちは確かに、ゆっくりと育ってしまっていた。
ただそれを、伝えることができなかっただけ。
「……バカだな、私」
里香はため息をつきながらスケジュール帳を閉じ、鞄にしまった。
誰もいない廊下を歩き出す。拓哉の姿は、もうどこにもなかった。
次の日の朝。
生徒会室に入った拓哉に、里香は変わらない笑顔で「おはよう」と言った。
拓哉もまた、いつもと同じように「おはようございます」と返した。
それはまるで何もなかったかのような朝。
だけど、それぞれの胸には、昨日の言葉が確かに残っていた。
そして、何も言わないままの距離が、今日も少しだけ、もどかしかった。
見つけてくださり、お読みいただき、ありがとうございました!
本作は
case3.後輩からの告白 の生徒会二人の話です。
里香×拓哉の話のバックナンバー
case3.後輩からの告白
case8.苦手な先輩のはずだった
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ぜひご一読ください。
陽ノ下 咲




