case1.突然のバックハグ
高校二年生の本間みくは、幼馴染の月城尚也にスマホで呼び出され、いつもの公園で尚也の事を待っていた。すると尚也が遅れてやって来て……。
幼馴染な二人の、突然のバックハグの話です。
ぜひお読みください。
本間みくはスマホを握りしめ、幼馴染の月城尚也を公園のベンチで待っていた。
『話したい事があるからいつもの公園で待ってて』
尚也から届いたLINEの画面を見ながら、
「まだかなぁ」
と呟く。
「みくちゃん、ごめん、お待たせっ」
遅れて来た尚也の声はいつもよりかすかに震えている。
草食系で大人しい尚也だが、みくの前でこんなにも緊張するなんて珍しい。
みくはにっこりと優しく微笑み返した。
「ううん、全然大丈夫だよ。どうしたの?改まって」
尚也は一歩近づくと、視線を落としたまま続ける。
「みくちゃん、好きな奴が居るって本当!?」
「え……」
今日、学校で友達と話していた話を、尚也も聞いていたらしい。
聞かれていた事が恥ずかしくて、みくはその場から逃げ出そうとしてしまった。
突然尚也に腕を引かれ、背後からぎゅっと抱きしめられた。
背後で彼が両腕を回し、柔らかい息遣いがみくの首筋に触れる。
「ひゃっ」
咄嗟に振り解こうとしたが、強く抱きしめられて振り解く事が出来ない。
(……昔は私の方が強かったのに)
急に見せられた尚也の男らしさに、勝手に顔が熱くなってくる。
「……ずっと大切だった。みくちゃんといると、自分らしくいられるんだ」
ゼロ距離で耳元に囁かれた声に、思わず全身が震える。
「あんな奴、みくちゃんには似合わない。ねえ、僕にしなよ。君のこと、好きだったんだ。ずっと、前から」
その瞬間、みくの胸の奥で止まっていた何かが“パチン”と弾けた。
みくは目を潤ませながらも、やっと言葉を返す。
「尚也、私も……」
言葉を飲み込みそうになり、ほんの数秒の沈黙。
「私だって好きだったんだよ、ずっと前から」
みくの声は震えていたが、確かに届いた。
「え、じゃ、じゃあ、みくちゃんの好きな奴って……」
「うん、尚也だよ!」
途端にみくの身体を尚也がぐるっと反転させた。
「ほんとにっ!?」
少し涙目で、声が裏返ってしまうほどに嬉しそうな尚也。
みくはもう一言もいらないと思った。
返事の代わりに、すっと背伸びをして、そっと尚也の唇にキスを落とす。
触れるか触れないかの、やさしいキス。
尚也の目が大きく見開かれ、その後ぎゅっと閉じられた。
みくはゆっくりと唇を離し、尚也を見つめると、
「えへへ、キス、しちゃった」
頬を赤らめて小さな声で囁いた。
「ねえ……これ、夢じゃないよね?夢だったらどうしよう……」
そう言って尚也は自分のほっぺをつねる。
「あ、痛い……。良かった。夢じゃない……僕、もう……心臓止まりそう……」
安心した様にぼそりとこぼした尚也の言葉に、みくは思わず吹き出した。
さっきまでの緊張が、ふっと溶けていくような気がして、胸が温かくなる。
「大げさだよ、尚也は」
「いやいやいや、大げさじゃないって! 初めてなんだよ、こういうの」
「……私も、だよ」
気恥ずかしさと、でもそれ以上に満たされた幸せな気持ちで心がいっぱいになった。
それから二人は、手をつないだまま、ベンチに並んで座った。夏の終わりを告げる風が火照った頬を優しく撫でる。
今日、確かに“好き”が届いた。
たったそれだけで、世界はこんなにも色鮮やかに見えた。
見つけてくださり、お読みいただき、ありがとうございました!お楽しみいただければ嬉しいです。
陽ノ下 咲