1章 魔法大学入学 アンデットナイト 3
ハロウィンを過ぎてしまった。
ミルディアスは、夜の空気のざわめきで異変を悟った。
窓の外、遠くの街並みから立ち昇る薄い瘴気。
生温い風に混じる、死の気配。
「……厄介なものが来たな」
彼は片手を館の天井へ向けて掲げる。
次の瞬間、青白い魔力が奔流となり、屋敷全体を包み込んだ。
きらめく紋様が空間に走り、館全体が巨大な蒼の卵へと変貌する。
硬質で、澄み切って、揺らぎひとつない結界――絶対防護。
中にいるクラウスも、メイドも、保護した獣人たちも、その変化をただ見上げる事しかできなかった。
ミルディアスは静かに言う。
「外で騒ぎが起きている。――出る。
クラウス、君はここを任せる」
クラウスは即答した。
「お任せください。……ご武運を」
無駄のない頷きのあと、ミルディアスの姿は淡い光に穢れ、影が揺れる。
次の瞬間、貴族の青年の面影はかき消え――
灰銀の髪を持つ男、ミルズがそこにいた。
軽く肩を回すと、彼は夜の街へ音もなく飛び出した。
ギルドは既に戦時体制に入っていた。
地図が広げられ、魔石のランプが乱雑に灯る室内。
血と汗に焦げ臭さが混じり、冒険者たちが慌ただしく走り回る。
ミルズが扉を押し開けると、ギルドマスターが顔を上げた。
「来たか。町中の戦力は配置済みだが……量が多い。外側は頼む」
受付付近には、見慣れない顔の一団が立っていた。
十名、全員が同じ紋章入りの黒い外套。
瞳は研ぎ澄まされ、無駄口ひとつ叩かない。
「この方たちは?」とミルズが尋ねる。
ギルドマスターが紹介する。
「“ブラッドウィンドウ”。
東方の国から来た旅団らしい。リーダーがホウギョク、サブがダクサイ。
腕は確かだ。町中は彼らと既に出ている冒険者に任せる」
ホウギョクと呼ばれた青年が一歩前に出た。
黒髪を束ね、鋭い琥珀色の瞳。
「町の外は、そちらの少年が単独で当たるのか?」
声にはわずかな訝しみ。
ギルマスが即答する。
「若いがAランクだ。心配はいらない」
ホウギョクは一瞬目を細め「ホウ」と小さく頷いた。
「なら任せよう。我らは内部から螺旋状に掃討していく」
隣のダクサイが、薄く笑みを浮かべる。
「死者狩りか、久方ぶりだな」
静かな重圧が空気を押し潰す。
ミルズもわずかに口角を吊り上げ、応じる。
「外は任せろ。街は任せた」
ホウギョクは言葉なく答えたと同時に、彼らは動き出していた。
風のように、音もなく。
ギルマスが叫ぶ。
「行け! 町を守れ!」
すでに町中にミルズの魔力網が展開されており、
アンデットたちは立ち往生していた。
冒険者たちは散り、ブラッドウィンドウは中心から外に向け螺旋の軌跡を描き駆け出す。
黒衣が風を裂き、刃が月光に溶けアンデットたちは簡単に屠られていった。
その光景を背に、ミルズは息を吐いた。
夜空が震える。蹄音が響く。
次の瞬間、彼は神獣のごときケンタウロスの姿へ蒼い魔力の尾が地面を走り、石畳を削る。
「――外は俺が食い止める」
乾いた風の吹き返しを残し、ミルズは闇の郊外へと疾走した。
地を蹴るたび、魔力が星屑のように散り、夜が震えた。
魔力が揺らぎ、空気が震えた。
異変に気付いたミルディアス――いや、冒険者としての名「ミルズ」は、静かに目を閉じた。
瞬間、館全体が淡い蒼光に包まれる。
半透明の巨大な青い殻が周囲を覆い、荘厳な守護の卵が地に降り立つ。
中にいるクラウス、メイドたち、保護された獣人たちすら、何が起きたのか把握できない。
だが不思議と恐怖はない。温かな守りの魔力が全てを包んでいた。
「少し出る。留守を頼む」
ミルズはクラウスに短く告げ、外套を翻す。
ギルドでは既に緊急対応が始まっていた。
冒険者たちが慌ただしく武器を手にし、司令所のように機能する広間ではギルドマスターが指示を飛ばしている。
「遅れて悪い」
血の匂いを纏わせながらミルズが入ると、視線が集まる。
「来てくれたか、ミルズ。君には町の外を任せたい、広範囲になるが君の機動力なら大丈夫だろう?。」
「もちろん」
「では、頼む、中は――」
ギルマスターの視線の先には、東方の装束をまとう十名の戦士集団。
彼らは静かに座し、嵐前の湖面のように気配を沈めている。
「ブラッドウィンドウ……入ったばかりで悪いが、町の中のアンデットを殲滅を頼めるか?」
「わかった、地図を見せてくれ」
リーダー格、黒髪長身の青年――ホウギョクが応じる。鋭い瞳がミルズを計るように見た。
「外は……そちら一人でやるのか?」
ギルドマスターが即答する。
「ミルズなら一人で十分だ、彼はこう見えてAランクだ。任せておけ」
ホウギョクはわずかに眉を動かし静かに頷いた。
Aランクが如何ほどのものか分からないが高ランクのようだ。
「ならば、我らは町の内側を」
踏み出した瞬間、ミルズの身体が形を変える。
青いの魔力を纏い四肢が大地を蹴る。
神獣を思わせるケンタウロスの姿へと――
背から生える六本の魔力の腕には、剣、槍、斧、をそれぞれ二振り握る。
どれも冥府を割るほどの圧力を放っている。
「では、行ってくる」
そして、大地が震えた。
町の外――
腐臭が空を覆い、霧のように漂う瘴気が地を這う。
徒党を成したアンデットが、よだれを垂らし、歪んだ喉からうめき声を漏らす。
数は万を超える。
――だが、逃げ場も動く余地もない。
大地に展開された魔力網が、糸のように地中を這い、無数の脚を絡め取っていた。
踏みしめた地面は、まるで藍色の霧が満ち、呪的な光が縫い付けるように敵を拘束する。
呻き声。歯の軋む音。腕を伸ばし、爪を立てようとも、だが足は一歩も動かない。
いや、たった今動けなくなったのだ
「……捕捉完了」
蒼い眼が細められ、ミルズが駆け出す。
剣が風を割り、槍が貫き、斧が砕く。
青い疾風が丘を駆け抜け、骨が砕け散る音が連なり、血肉の飛沫が地を染める。
六本の腕が描く軌跡は、まるで舞だ。
重撃、突貫、薙ぎ払い、蹂躙――連続する破壊の旋律。
近づくものは踏み砕き、遠くのものは魔力弾で吹き飛ばす。
ただの力ではない、正確に敵のみを屠り、周りへの被害は最小限にしている、
圧倒的な技量と経験が、そこにはあった。
衛兵たちは城壁の上からその光景を見て凍り付いた。
「……あれがミルズ……まるで神獣のようだ」
「町を……守ってくれている……」
町の外壁の上から見える光景は、青い閃光が縦横無尽に駆け回る様は圧巻だった。
恐怖の中に確かな安堵が灯る。
もう大丈夫だと
一時間も経たぬうちに――
地平まで埋め尽くしていたアンデットは、一片の残骸と濁った泥だけを残して消えた。
ミルズは息一つ乱さず、ギルドへ戻る。
魔力網は解除しない。町全体を守る結界として残し、動きを封じたまま、町内の討伐を見守る。
「……すぐ終わる」
その予測通り、ほどなくして街は沈静化した。
ギルド酒場。
ミルズはエールを手に、先に戻ってきた冒険者たちを労った。
歓声と安堵の空気の中、しばらくしてブラッドウィンドウの面々が戻る。
ホウギョクが静かに言う。
「……奇妙だった。敵は動けたが動けなかった。なんというか手足は動かせるようだが、移動できない様だった。まるで大地が奴らを縫い付けていたようだった」
ギルドがざわめく。
「もはや戦いではなく……作業だったよ」
その言葉に、誰かが笑う。
「ミルズのおかげだろうな」
ホウギョクは、ふとミルズを見た。――真剣な眼で。
その場の空気を変えるほどの静かな敬意。
「……認識を改めた」
ミルズは杯を少し掲げるだけだった。
英雄然とした態度は微塵もない。ただ、静かに酒を飲む。
報告を終えたホウギョクもミルズのもとへ向かい一緒に酒をのむのであった。
――そして夜は更けていく。
ミルディアスが酔うところを書きたかった。
最近Mリーグにはまってて、サクラナイツ推しなんだよね。
堀さん2勝目おめでとう!




