1章 魔法大学入学 アンデットナイト 2
ゾンビ襲来
風が止んだ。
虫の声も死んだように消え、夜の空気がぴたりと凍り付く。
草原の土が、内側から膨らむ。
乾いた地面がぱきぱきとひび割れ、暗闇の下から、
湿った泥と腐敗臭がゆっくり這い出した。
次の瞬間、土の中で何かが蠢いた。
――ずるり。
黄ばんだ指先が土をつかみ、肉の裂けた腕が地上へ迫り出す。
土の中から押し出される腐敗液が、夜気の中で生温く蒸気を上げる。
皮膚のない顎が最初に空気を吸う。
乾いた骨がかたかた震え、
舌がない喉から、空気の擦れる呻きが漏れた。
「……ア……ァア……」
土が裂ける音が、連鎖するようにあちこちで走る。
一体ではない。
二体でもない。
十……二十……百……いやもっと。
まるで地面の下に眠っていた死者の層が、
まとめて引きずり起こされているかのように。
腐肉の塊が、立ち上がる。
片目が落ちかけた女。
うなじの骨だけで頭を支える老人。
内臓が、破れた腹から泥と共に垂れている。
骨だけの兵士が、折れた槍の柄を握ったまま闇に浮かぶ。
歯だけが露出した頭蓋は、光もないのに町の方向を向いていた。
指示を受けている。
声なき囁きに従わされている。
この世のものではない何かが、死者の背骨を引いている。
彼らは歩く。
足首のない者は這い、
脚の折れた者は肉の繊維で引きずり、
骨だけの者は音を立てず滑るように進む。
ただ一つの方向へ。
灯火のつく人の街へ。
郊外の見張り台。
兵士が火に手をかざし、気だるげに外を眺めていた。
「……やけに静かだな」
ふと、草原の黒に、揺れる影が見えた。
最初は獣かと思った。
次に盗賊か。
だが、近づくにつれ、脚が曲がっている者、逆に折れたまま歩く者がいると分かる。
「……なんだ、あれ」
兵士は松明を掲げた。
炎の光が届いた先で、影がゆっくり顔を向ける。
赤黒い穴。
腐った皮膚。
落ちた眼球。
歯だけ剥き出しの笑ってもいない顔。
兵士の足が、石のように固まった。
「……ま、まさか……」
その瞬間、影が駆けた。
折れた腕を振り上げ、爪の欠けた骨手を伸ばし、
肉の腐る匂いとともに襲いかかった。
「やめろっ……来るなァ――!」
叫びはすぐに途切れる。
肉を裂く音、骨を噛む音、血の滴る音が夜を汚す。
焚き火の火は、ひとりでに沈んだ。
そして、死んだ兵士の身体が、ぴくりと震え、
首をぎこちなく持ち上げ――町の方を向いた。
門はまだ閉じられていない。
人々は眠り、家々には温かい灯が灯る。
死者たちは、静かに足を進める。
ぬかるむ草を踏む音、骨が触れ合う乾いた音。
深く、低い、誰かの呼吸のような声が夜に満ちる。
ずる……ぐち……こき、こき……
まるで、地の底で
何かが笑っているかのように。
町はまだ知らない。
死が歩き出したことを。
夜を切り裂くのは、住民たちの悲鳴だった。
崩れかけた戸口の向こうから、甲高い叫びが漏れる。
「いやぁぁぁっ!! 助けて! 誰か、誰かぁっ!」
家の中から家具を引きずる音。
壁越しに響く、木材が割れる乾いた破砕音。
そして、獣が喉を鳴らすような、低く湿った呻き声――いや、死者の声だ。
通りには、震えながら剣を構える兵士たち。
冒険者たちは血と汗にまみれ、歯を食いしばって前線に立つ。
「前へ出ろ! 奴らを家に近づけるな!」
隊長の喉が裂けるような声が飛ぶ。
しかしその後ろで、別の声が掠れる。
「だ……だめだ……押し返せねぇ……!」
ゾンビが塀を乗り越え、腐った腕が庭をまさぐる。
スケルトンの骨の指が、窓枠にカチカチと音を立てる。
中から聞こえる母親の悲鳴、幼い子の泣き声。
「お母さん……こわいよ……!」
「静かに、お願い……静かにして……!」
祈る声は、震え、壊れ、泣きに変わる。
その音が兵士たちの背中を押す。
退くことなど許されない恐怖が、逆に足を縛る。
次の瞬間、戸が破られた。
木片が弾け飛び、黒い影が家へと滑り込む。
中から響く、くぐもった絶叫。
肉を裂く音。器物が倒れる音。
そして、唐突に――静寂。
兵士の手から、汗で滑りそうな剣が震える。
冒険者は唇を噛み、血を滲ませる。
「くそ……絶対に……一歩も通すな!」
だが、死者の群れは止まらない。
腐肉を揺らし、骨を軋ませ、
飢えだけを胸に、町を喰らおうとしていた。
、、、難しいですね。




