1章 魔法大学入学 アルベール領の窮地2
新たな可能性の探求
宿の部屋に着いたミルズは、中央に座し、精神を集中させた。丸一日、魔力網を張り巡らせ、領内を監視し続けたが、怪しい気配は掴めない。男爵の周囲にも、不安を煽るような不穏な動きは見られなかった。
「やはり、ただの隠蔽術や、単に足跡を残さないだけの移動ではないのだろう」
ミルズはそう結論づけた。これだけ広範囲に魔力網を張り巡らせていながら何一つ引っかからないとなると、犯人は特殊な移動方法を用いているか、あるいは魔力網では検知できないような、極めて巧妙な方法で潜伏しているに違いない。
彼は、これまでの自分の能力を改めて思い返してみた。
魔力を使った糸や腕、脳といった部分的な擬態。そこから発展したケンタウロスのような全体的な擬態。そして、今まさに展開している魔力の糸を張り巡らせる魔力網。他に何か、できることはないだろうか?
ふと、頭に浮かんだのは「魔力解放」という言葉だった。
これまで、魔力解放とは、ただ体内の魔力が溢れ出し、周囲にだだ洩れになるだけの現象だと思っていた。開放感は確かにあるが、それ以上の意味はないと。
「いや……それは誰が決めた?」
ミルズの脳裏に、ダンジョンで出会った最弱候補のスケルトンが、自らの常識を打ち破るほどの力を示した光景がよみがえる。常識にとらわれた決めつけはダメだ、可能性を潰すだけだ。溢れ出る魔力を、もし制御できたとしたら……?その途方もない可能性に、ミルズの探究心が強く刺激される。
彼は一度、軽く体を伸ばし、集中を解いた。携行食を軽く口に入れ仮眠をとって入浴しリフレッシュした。そして、改めて部屋の中央に座り直す。
「よし」
ミルズは、そこそこの大きさのある魔力の玉を作りだした。これは魔力で作った疑似脳を魔力でコーティングしたものだ。一つをこれまで通り魔力網の探知に回し、アルベール領に張り巡らせた状態を維持する。そして、もう一つで魔力解放の可能性を模索するに特化させることにした。
夜が更け、領内が静寂に包まれる頃、ミルズは深い集中状態に入った。彼の全身を覆う青い魔力が、ゆっくりと、しかし確実に輝きを増していく。普段彼が纏うわずかなオーラとは比べ物にならないほど、その輝きは強烈だ。まるで蒼いオーロラが地上に舞い降りたかのように、彼の体から放たれる魔力は瞬く間に部屋を満たし、壁をすり抜け、空気中に溶け込むかのように、領内の隅々まで浸透し始めた。
ミルズの意識は、広大な領内を覆い尽くす魔力の波に全集中する。彼はまるで盲目の探り手のように、手探りで、魔力の波長を極限まで微調整した。領内に満ちる空気のわずかな揺らぎ、遠くから聞こえる人々の寝息、建物の木材が軋む微かな音、そのすべてを魔力で感知しようと試みる。同時に、もう一つの魔力脳は、溢れ出す魔力を制御し、精密な索敵網へと変換していく作業に専念している。
広大な情報が、彼の意識に津波のように押し寄せる。それは、まるで自らの神経がアルベール領全体に張り巡らされ、そのすべてを掌中に収めたかのような感覚だ。そして、その膨大な情報の中に、かすかな異質な波動が検出された。それは、領内のあらゆる生き物の気配とも異なる、しかし確かに何らかの意志を持った存在の波動だ。魔力に満たされた空間の中で、その異質な波動は、まるで清らかな水面に一滴の油が落とされたかのように、その存在を明確に顕にした。
「見つけた……」
ミルズの目が鋭く光った。その瞳の奥には、獲物を見定めた捕食者のような冷徹さと、未知の現象を解き明かした探求者の歓喜が宿っている。




