1章 魔法大学入学 護衛依頼4 コーナー公爵領2
ちょっとした依頼をこなしつつ、またちょっと成長しそうな。
謎の魔物調査
単身、リーバー都市周辺の森へと足を踏み入れたミルディアスは、ギルドマスターからの情報と、出発前にシオンが共有してくれた詳細な報告を頭に入れ、奇妙な魔物の目撃情報が多い地域を重点的に調査することにした。
森の入り口は穏やかで、小鳥のさえずりが響き渡る。しかし、奥へと進むにつれて、空気は徐々に重くなり、木々の間からは不穏な気配が漂い始めた。足元の草木は不自然に枯れ、動物の気配も途絶えている。
「この辺りから魔力の波動が不安定になっているな。通常の森とは少し違うようだ」
ミルディアスは警戒を強め、周囲の状況に意識を集中させる。ただの魔物の気配とは異なる何か、以前に感じたことのない種類の異質な力がこの森に満ちている。それはまるで、世界の理が歪められているかのような、神経を逆撫でする不快な感覚だった。
さらに森の奥へ進むと、彼は異様な光景を目にした。地面には、奇妙な模様が刻まれた石が点々と置かれ、それらが微かに発光している。その中心には、枯れた木々が不自然に集まり、そこから薄紫色の霧が濃く立ち上っていた。
「これは……魔物の巣というよりは、何らかの魔術的な仕掛けか」
霧の中からは、奇妙な羽音と、うめき声のようなものが聞こえてくる。ミルディアスは、警戒しながらも一歩足を踏み出す。
「この霧、魔力を帯びている。吸い込むと、何らかの悪影響があるかもしれない」
ミルディアスはすぐに自身の魔力を体の周囲に濃密に展開し、その身を護る結界とした。
彼は霧の中へと足を踏み入れた。視界は遮られ、一寸先も見えない。その中で、周囲の木々の葉がざわめくように揺れ、一斉に飛び立つ気配があった。その瞬間、森中が生命を得たかのように蠢き、無数の蝶が擬態を解いて飛び出した。それらは、葉や枝に完璧に溶け込んでいた奇妙な蝶の魔物たちだった。見る者の心を乱す幻惑的な光を放ちながら、ミルディアス目掛けて殺到してくる。
「なるほど、擬態か。そして、これほどの大群とは……厄介だな」
ミルディアスは反射的に目を閉じ、視覚からの情報を遮断した。代わりに、超強化された嗅覚と聴覚に意識を集中させる。 魔物の羽音や鱗粉の匂い、風の流れ、僅かな魔力の揺らぎまでもが、彼の脳内で立体的な地図を描き出した。幻惑の光は意味をなさず、無数の蝶が彼を取り囲む。
その時、蝶の大群が飛び回り、大量の鱗粉を撒き散らし始めた。その鱗粉はただの粉ではない。皮膚に触れると、ピリピリとした痺れと猛烈な痒みが襲い、吸い込めば呼吸が苦しくなる。ミルディアスの体に濃密にまとわりついた魔力は、この鱗粉を完璧に防いでくれていた。
さらに奥へ進むと、遠くから剣戟と魔法の衝突する音、そして男たちの錯乱した叫び声が聞こえてきた。
「くそっ、見えねえ!どこにいるんだ、化け物ども!」
「痒い!体が、体が痺れる……っ!」
「後ろだ、後ろから来るぞ!頼む、誰かこの幻覚を……!」
聞き覚えのある荒々しい声に、ミルディアスは足を止めた。これは、ギルドで出会った「赤き牙」のパーティの声だ。彼らもこの場所で、例の魔物と遭遇し、そして完全に手詰まりになっている。ミルディアスが音のする方へ近づくと、薄い霧の向こうに、幻惑と鱗粉にまみれて苦悶する「赤き牙」の姿が見えた。リーダーの剣士は、幻覚に惑わされながらも虚空に剣を振るい、皮膚は鱗粉によるかぶれで赤く腫れ上がっている。魔法使いは膝を抱えてうずくまり、弓使いはほとんど的を絞れていないどころか、呼吸困難に陥っているようだった。彼らの周囲は、ミルディアスが踏み入れた場所よりもさらに濃密な霧に覆われ、幻惑の光が飛び交っていた。
「やはり、この霧と鱗粉が原因か……」
ミルディアスは、彼らを助けるでもなく、冷静に状況を観察した。彼らが苦戦しているのは、根本原因を理解していないからだ。
蝶の魔物が、ミルディアスの存在に気づき、彼に向かって一斉に襲いかかってきた。無数の蝶が彼の魔力をまとった体にぶつかるが、その魔力の防壁は揺るがない。ミルディアスは杖を構え、襲い来る蝶を打ち落とすが、その数は減るどころか、どこまでも続く。
「数が多すぎる。キリがないな」
その時、幻惑と疲労で朦朧としていた「赤き牙」のリーダー、剣士の男がミルディアスの無傷な姿に気づき、怒鳴りつけた。
「おい、あんた!そこに突っ立って何してやがる!ギルドで偉そうに依頼を横取りしたくせに、見てるだけか!このクソみてえな幻覚と毒の霧、どうにかしろよ、魔法使いの坊や!」
彼の言葉は、幻惑と苦痛に歪んだ焦燥と苛立ちに満ちていた。魔法使いと弓使いも、ミルディアスを睨みつけるような視線を送るが、それもすぐに襲い来る蝶の対処へと戻っていった。
ミルディアスは、彼らの罵倒にも表情一つ変えず、静かに剣士の男を一瞥した。その視線には、侮蔑も怒りもなく、ただ淡々とした観察の色が宿っていた。
「対処法も知らず、根源も探らず、ただ力任せに突っ込むだけでは、この状況は打開できない。君たちでは無理だ」
ミルディアスの言葉は、静かでありながら、有無を言わせぬ絶対的な響きを持っていた。剣士の男は一瞬言葉を失い、顔を赤くしてさらに食ってかかろうとしたが、その隙に蝶の魔物が彼に群がり、再び幻惑と痺れが襲いかかる。
「な、なんだと!?てめえ……っ!」
ミルディアスは、それ以上彼らに構うことなく、視線を枯れた木々が集まる霧の発生源へと向けた。その木々からは、おぞましいほどに凝縮された負の魔力が噴出しており、それがこの奇妙な魔物と霧を生み出している元凶と見て間違いない。
「発生源を叩くのが最善か。だが、安易に触れれば、予期せぬ反動がある可能性も否定できない」
ミルディアスは、枯れ木の根元にたどり着いた。そこには、地面の奇妙な模様がより複雑に絡み合い、おぞましい負の魔力が渦巻いていた。彼は、体に濃密にまとわせた魔力を、ゆっくりと周囲に範囲を広げ始めた。 じんわりと、だが確実に空間を侵食していく魔力の波動。しかし、森全体に満ちる蝶の全てを取り込むのは、さすがにまだ無理がある。ミルディアスは即座に戦術を切り替えた。
腰に差していた魔道具の杖を抜き取った。杖の先端に魔力を集中させると、杖自体が淡い光を放ち始める。その光は次第に強烈さを増し、周囲の霧を一時的に吹き飛ばすほどの輝きを放った。膨大な魔力が彼の身体を巡り、杖へと一点に収束していく。
魔道具の杖を構えたまま、その先端から無数の細い魔力の糸を射出した。 それはまるで、光の蜘蛛の巣のように霧の中を縦横無尽に走り、蝶の魔物たちを次々と貫き、霧散させていく。
魔力の糸で蝶の群れを薙ぎ払いながら、ミルディアスは嗅覚と聴覚、そして魔力の感知能力を最大限に利用して、この異常現象の発生源を探索する。 そして、ついに彼は捉えた。他の蝶とは一線を画す、圧倒的に巨大な魔力の塊。それが、この大群を統率する存在だと直感した。
ひときわ巨大な蝶の影。それが、この現象の「マザーガモス」に違いない。
ミルディアスは、杖の先端に再び魔力を集中させた。今度は、一点に全てを収束させる。杖の先に、漆黒の夜空を切り裂くような純粋な光の粒が生まれ、みるみるうちに膨れ上がっていく。
「これで……終わりだ」
彼は、魔力を込めた魔道具の杖から、閃光のような魔弾を、マザーガモスのいる一点目掛けて射出した。
ズオォォォン!
刹那、轟音と共に、光の柱が天を衝いた。その魔弾は、空間を穿つようにマザーガモスを貫き、周囲に展開されていた全ての魔術的な仕掛けごと、根源から焼き尽くした。濃密だった薄紫色の霧は、まるで嘘のように急速に晴れていき、そこに漂っていた異質な魔物の気配も、跡形もなく消散した。マザーガモスを失った無数の蝶たちも、力を失い、光の粒子となって霧散していった。
森には再び穏やかな光が差し込み、小鳥のさえずりが戻ってきた。異常な魔力の痕跡は完全に消え去り、そこにはただ、清浄な空気が満ちていた。
あまりに突然の出来事に、「赤き牙」のメンバーは呆然と立ち尽くしていた。幻覚が消え、呼吸も楽になったが、体中のかぶれと疲労で動けない。彼らの目の前には、無傷で静かに佇むミルディアスの姿がある。
「な、なんだ……一体何が起こった!?」
「魔物が……消えた……?」
リーダーの剣士が、ミルディアスの方を振り返り、信じられないものを見るような目で見つめた。彼らの顔には、疲労と困惑、そしてかすかな恐怖の色が浮かんでいた。
ミルディアスは、まだ意識が混濁している「赤き牙」のメンバーを一瞥した。このまま放置すれば、彼らの命は助かっても、自力でギルドにたどり着くのは困難だろう。それに、この件はギルドに正確に報告する必要がある。
彼は倒れている蝶の魔物(マザーガモスと普通の蝶)をできる限り収納袋に収めた後、**自身の魔力を凝縮して大きな網状に展開した。そして、その魔力の網で「赤き牙」のメンバー三人をまとめて包み込み、まるで荷物のように軽々と引きずって、ギルドへの道を歩み始めた。**彼らの困惑と驚愕の表情を気にする様子もなく、ミルディアスは淡々とギルドへと帰っていった。
ギルドに戻り、ミルディアスが調査結果を報告すると、ギルドマスターは信じられないといった表情を浮かべた。
「あれほどの異常現象を、たった半日で解決したと!? まさか、あの場所が原因だったとは……。素晴らしい!これほどの成果は、今まで前例がない!」
ギルドマスターはミルディアスの功績を称え、通常の何倍もの報酬を提示した。ミルディアスは報酬を受け取り、引きずられてきた「赤き牙」のメンバーは、呆然としたままギルドの医療班に運ばれていった。彼らはまだ、何が起こったのかを完全に理解できていないようだった。ミルディアスは残りの時間をギルドで休養することにした。
その夜、ミルディアスは宿に戻り、暁の魔女たちに森での調査結果を簡潔に報告した。
「奇妙な魔物の発生源は、負の魔力に満ちたマザーガモスと呼ばれる蝶の魔物と、それに連なる魔術的な仕掛けだった。それを破壊したことで、現象は収まった」
「ミルズさん、一人でそんなに大きなことを…!お怪我はありませんでしたか?」フレイアが心配そうに尋ねた。
「無事だ。魔力で防いだ」ミルディアスは短く答えた。
「やはり、ミルズ殿の力は計り知れませんね。あの現象がそんな短時間で解決するとは……。ギルドも驚いたことでしょう」シオンが感嘆の声を漏らす。
「マザーガモス……そして、負の魔力に満ちた枯れ木、ですか。興味深いですね。今度、その残骸を調べてみたいものです」コトネが静かに呟いた。
夕食までの残り一日、彼らはリーバー都市で穏やかに過ごした。フーは完全に元気を取り戻し、時折、ミルディアスの影から顔を覗かせ、好奇心いっぱいの目で周囲を見回すようになっていた。
「赤き牙」彼らのことは忘れない!
明日まで覚えている自信ないけど。




