1章 魔法大学入学 護衛依頼3 アース領
ゴブリン襲撃の顛末
四日目:夜明けの尋問と新たな旅路
夜の闇がまだ色濃く残る街道に、青い魔力の光が消え、ミルディアスの姿が元の形に戻った。彼の足元には、恐怖に引きつった顔の男が、魔力網に絡め取られたまま横たわっている。万を超えるゴブリンの群れが消え去った後には、ただ静寂と、無数のゴブリンの残骸だけが残されていた。
遠くで停止していた他の商隊の御者や護衛たちが、恐る恐るミルディアスの方へと近づいてくる。彼らの顔には、驚愕と畏怖の念が入り混じっていた。中には、膝から崩れ落ちる者や、十字を切って祈りを捧げる者までいた。彼らにとって、ミルディアスが繰り広げた光景は、まさに神話の一幕だったのだ。
ベンガル商隊の馬車も、やがてミルディアスの元へと戻ってきた。ハインツが馬車から飛び降り、ミルディアスに駆け寄る。その顔には、安堵と、そして今まで見たことのないほどの驚きが浮かんでいた。
「ミルズ殿!ご無事でしたか!そして、これは一体……」
ハインツは、ミルディアスが引きずってきた男と、その周囲に広がるゴブリンの亡骸の山を見て、言葉を失った。
「はい、ご心配おかけしました。この男が今回の首謀者です」
ミルディアスは、魔力網に絡まった男をハインツの前に突き出した。男は震えながら、必死に何かを訴えようとしているが、恐怖で声にならない。
「首謀者、だと?ゴブリンは自然発生したものではないと?」
ハインツの問いに、ミルディアスは頷いた。
「今回のゴブリンたちは単なるモンスター災害ではなく、この男が人為的に召喚し、飼いならしていたゴブリンが肥大化して制御できなくなった、ある意味人災でした」
ミルディアスは、男から聞き出した情報を簡潔に説明した。
「最初はゴブリン数体を召喚し、モンスターの狩りに使っていたようです。テイマーの能力もあったのか、ゴブリンたちはおとなしく従っていました。しかし、ゴブリンは増えに増え、千匹を超えたあたりから制御できなくなってしまった。キングが生まれてしまったからです。もはや力関係は逆転しており、男はキングの言いなりになるほかなかった。今回の襲撃も、キングの命令によるものだったようです」
ハインツは、その話に眉をひそめた。ゴブリンを召喚し、飼いならすなど、正気の沙汰ではない。しかも、それが制御不能になり、街道を襲うとは。
「なんと……愚かなことを。この男はギルドに引き渡しましょう。あるいは、アース侯爵領の衛兵に」
ハインツはそう言い、商会の護衛に男を拘束するよう指示した。男は抵抗する力もなく、ずるずると引きずられていった。
『暁の魔女』の三人、シオン、フレイア、コトネも、ミルディアスの元へとやってきた。
「ミルズさん……本当にすごかったです。まさか、あんな姿に変身するなんて……」
フレイアが興奮冷めやらぬ様子で言った。彼女の瞳は、まるで子供のように輝いている。
「あれは、一体……」
シオンは冷静さを保とうとしているが、その声には動揺が隠せない。
「僕の魔力応用です」
ミルディアスは簡潔に説明した。彼にとって、それはごく自然な発想と技術の応用だった。
「魔力応用……ですか。しかし、あれほどの規模で、しかもあんなに精密な……」
シオンは言葉を失った。通常の魔力応用とはかけ離れた、規格外の技術だ。
コトネは何も言わないが、その視線はミルディアスの全身を観察するように注がれていた。彼女の魔力探知能力は、『暁の魔女』の中でも最も優れている。彼女は、ミルディアスの魔力操作の精妙さに、ただただ驚嘆していた。
夜が明け始め、東の空が白み始める頃、商隊は再び出発した。街道には、ゴブリンの亡骸が散乱しているが、ミルディアスが魔力で浄化したためか、異臭はほとんどしない。他の商隊も、ベンガル商隊に続いて出発した。彼らは、ミルディアスを見るたびに、畏敬の念のこもった視線を送ってくる。中には、ミルディアスに深々と頭を下げる者もいた。
旅路は、昨夜の出来事によって、以前とは全く異なるものになった。他の商隊の護衛たちは、休憩中もミルディアスに近づき、昨夜の戦闘について質問攻めにした。
「ミルズ殿、あの魔力でできた馬の姿は、一体どうやって……」
「あれほどの数のゴブリンを、たった一人で殲滅するとは……」
ミルディアスは、彼らの質問に一つ一つ丁寧に答えた。彼の言葉は簡潔だが、その内容は彼らにとっては驚きの連続だった。
ハインツもまた、ミルディアスへの信頼を一層深めた。
「ミルズ殿、貴方のような方が護衛に就いてくださるとは、ベンガル商会も運が良い。今回の件は、ギルドにも報告し、貴方の功績として記録されるでしょう」
ハインツはそう言い、ミルディアスの肩を叩いた。
『暁の魔女』の三人も、ミルディアスへの接し方が変わった。以前は友人として接していたフレイアも、どこか距離を置くようになった。
「ミルズさんって、やっぱりすごい人だったんだね……」
フレイアはそう呟き、ミルディアスを見る目が、尊敬と、そして少しの畏怖を帯びるようになった。
シオンは、ミルディアスの能力について、より深く知ろうと努めるようになった。休憩中には、魔力応用や魔力探知について、積極的に質問を投げかけてくる。
「ミルズさんの魔力探知は、どのくらいの範囲まで可能なんですか?また、どのような情報を読み取れるのですか?」
ミルディアスは、彼女の質問に、可能な限り丁寧に答えた。彼の知る限り、彼の魔力探知能力は、この世界では類を見ないものだった。
コトネは相変わらず物静かだが、その視線は以前にも増してミルディアスに注がれていた。彼女は、ミルディアスの魔力操作の細部にまで意識を集中させ、何かを学ぼうとしているようだった。
ミルディアス自身も、昨夜の戦闘で新たな発見があった。馬の身体構造を模倣した魔力体は、彼の戦闘能力を飛躍的に向上させた。特に、八本の魔力腕と四本の魔力の足の組み合わせは、広範囲の敵を迅速に制圧するのに非常に有効だった。彼は、この新たな戦闘スタイルを「ケンタウロス形態」と名付け、今後の戦闘に応用していくことを決めた。
アース侯爵領への道
ゴブリンの襲撃から一夜明けた四日目以降の旅路は、比較的平穏だった。あの大規模なゴブリン群を殲滅したことで、この地域の魔物たちは一時的に活動を控えるようになったのだろう。盗賊団も、首謀者が捕らえられ、壊滅的な打撃を受けたことで、しばらくは姿を現さないはずだ。
商隊は、順調にアース侯爵領へと向かって進んだ。街道は以前にも増して整備され、道の両側には時折、農村や小さな集落が見えるようになった。人々は街道を行く商隊に手を振り、子供たちは好奇心旺盛な目で馬車を見つめる。その光景は、ミルディアスにとって新鮮で、この世界の平和な一面を垣間見ることができた。
道中、ミルディアスは、捕らえた男から聞き出した情報を整理し、今後の対策について考えていた。ゴブリンを人為的に召喚し、制御しようとする者がいるということは、この世界にはまだ知られざる危険が潜んでいるということだ。彼は、この情報をギルドだけでなく、魔法大学にも報告する必要があると感じた。
五日目の午後、商隊はついにアース侯爵領の国境を越えた。国境の検問所では、厳重な警備が敷かれていた。衛兵たちは、商隊の荷物を入念に検査し、乗客の身分を確認する。しかし、ベンガル商会のハインツが、昨夜のゴブリン襲撃と、ミルディアスの活躍を説明すると、衛兵たちの態度は一変した。
「なんと!あのゴブリン群を、たった一人で……!これは大変な功績ですな!」
衛兵隊長は驚きに目を見開き、ミルディアスに深々と頭を下げた。
「ミルズ殿、この度はアース侯爵領の安全をお守りいただき、誠にありがとうございます。この功績は、必ずや侯爵様にも報告させていただきます」
衛兵隊長はそう言い、商隊の通過を許可した。
アース侯爵領に入ると、街道はさらに広くなり、舗装もより完璧になった。街道の両側には、広大な農地が広がり、豊かな実りが約束されている。遠くには、巨大な城壁に囲まれた都市が見えてきた。それが、今回の目的地の一つであるジェット都市だ。
ジェット都市は、アース侯爵領の中心都市であり、商業と農業が盛んな場所だった。都市の門をくぐると、そこには活気に満ちた光景が広がっていた。石畳の道には、多くの人々が行き交い、露店からは様々な商品の声が響き渡る。馬車や荷車がひっきりなしに行き交い、都市全体が巨大な生命体のように脈動している。
ベンガル商隊は、都市の中心にある商会支店へと向かった。支店に到着すると、ハインツはすぐに捕らえた男を衛兵に引き渡し、昨夜の事件の詳細を報告した。衛兵たちは、男の尋問と、ゴブリンの残骸の調査に乗り出した。
商隊の護衛任務は、ジェット都市で一旦区切りとなる。ここで積荷の一部を降ろし、新たな積荷を積むのだ。ミルディアスたちは、この都市で数日間の休息を取ることになった。
アース領で数日滞在します。
アース侯爵領では獣人出す予定です。




