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1章 魔法大学入学 蜜月

大仕事のあとなので、

まったりと自宅で休暇をすごす

ダンジョンの扉を抜け、ミルディアスがギルドの玄関に倒れ込んだ瞬間、彼の意識はプツリと途切れた。次に目覚めた時、見慣れた自宅の天井が目に飛び込んできた。全身の痛みはいくらか和らいでいるものの、疲労と倦怠感がまだ色濃く残っている。


彼の帰還は、屋敷に慌ただしい騒動を巻き起こした。血と土にまみれた傷だらけの彼の姿に、メイドたちは皆、顔面蒼白になり、パニックに陥った。


「ミルディアス様!一体、何がございましたのですか!?」

フローラが、普段の穏やかな表情をかなぐり捨て、悲鳴のような声を上げた。

「坊ちゃま…っ!ひどいお怪我ですわ…!」

エステルも、目を見開き、震える声でミルディアスの無残な姿を見つめる。

「坊ちゃま、坊ちゃまぁ!」

リーネは、今にも泣き出しそうな顔で、ミルディアスの傍らに駆け寄ろうとした。


「落ち着け、お前たち!ポーションをありったけ持ってこい!」

執事のクラウスが、普段の冷静さを保ちつつも、緊迫した声で指示を飛ばす。メイドたちは彼の言葉に我に返り、慌ててポーションを取りに走った。


ミルディアスは、すぐに風呂場へと連れて行かれた。温かい湯で体を丁寧に拭かれ、血と泥が洗い流されていく。フローラは彼の傷に触れるたびに痛ましげな表情を浮かべ、エステルは手際よく薬草の準備を進める。そして、用意されたのは、彼の体に合わせて特別に作られた、小さめのバスタブ。その浴槽には、惜しみなく注がれたポーションが満たされていた。


「坊ちゃま、ゆっくりと…お疲れでございましょう」

クラウスの優しい声に促され、ミルディアスは浴槽に体を沈める。全身の傷口がポーションの効能でピリピリと痺れ、急速に修復されていくのがわかる。疲弊しきった筋肉が弛緩し、意識が遠のいていく。


次に気がつくと、彼は既にベッドに寝かされていた。柔らかいシーツと羽毛の感触が、極限まで疲弊した体にじんわりと染み渡る。そして、ふと視線を向けると、なぜかベッドの端っこに、小さな黒猫が丸まって寝ていた。ダンジョンで出会った、あの猫だ。彼は意識が途切れる直前、この猫を懐にしまっていたことを、朦朧とした記憶の中で思い出した。


その日から、自宅はミルディアスの回復を巡るドタバタに包まれた。メイドたちは、用もないのに彼の部屋をうろちょろと出入りし、安否を確かめようとする。


「坊ちゃま、何か不都合はございませんか?毛布は…もう少し厚い方がよろしいでしょうか?」

フローラが心配そうに尋ね、エステルは黙って部屋の温度を測る。

「坊ちゃま!お加減はいかがですか!?」

リーネは、真っ直ぐにミルディアスを見つめ、大声で問いかける。


落ち着かない様子のメイドが3人、入れ替わり立ち替わり顔を出すたびに、クラウスは眉間にしわを寄せ、彼らを廊下へと押し戻すのが常だった。

「お前たち!ミルディアス様がお休みになられているのだ。静かにしなさい!」


丸二日ほど経った頃、ミルディアスは完全に意識を取り戻した。体がまだ重く、自由には動かせないが、思考ははっきりしている。そして、視線を動かすと、やはりベッドのすぐ近くで、あの黒猫が丸まって眠っていた。


「…お前も、無事だったか」

彼は、動かない体を無理やり起こし、そっと手を伸ばして黒猫の頭を優しく撫でた。だが、猫の反応は薄く、ただ小さく体を震わせただけだった。ミルディアスは、ごく微量の魔力を黒猫の体に送ってやる。すると、猫は僅かにピクッと反応したが、目を覚ますことはなかった。


その時、部屋を訪れたリーネが、意識を取り戻し、体を起こしているミルディアスに気が付き、大声で叫んだ。

「ミルディアス様がお目覚めに…!大変です、皆様!坊ちゃまがお目覚めになられましたぁ!」

その声に、わらわらと家の者たちが部屋に集まってくる。クラウスを筆頭に、全員が安堵の表情を浮かべていた。


「坊ちゃま!もう…本当にご心配いたしました…」

フローラは、目に涙を浮かべながら、安堵の表情で彼の顔を見つめる。

「ご無事で、何よりでございます」

エステルも、控えめに、しかし確かな喜びを滲ませて言った。


「心配をかけたな…礼を言う」

ミルディアスは、集まった皆に感謝を述べた。そして、今回の無謀な行動を省みて、深々と頭を下げた。

「今度からは、もっと慎重に振る舞うことを誓う」


その日、ミルディアスはほとんどの時間をベッドで過ごし、ずっと黒猫を抱いて撫でていた。時折、気まぐれに魔力を少し送ってやることもあった。彼の魔力が、黒猫の生命力に良い影響を与えているのか、猫の呼吸が少しずつ穏やかになっていくように感じられた。


翌日、黒猫はついに目を覚ました。まだ少しダルそうな様子で、すぐに眠ってしまう。ミルディアスもまだ完全に自由には動けなかったため、その日はベッドで黒猫を抱いたまま過ごした。全身を隈なく撫で回してやったが、黒猫は嫌がるそぶりを見せず、彼の腕の中で心地よさそうに丸まっていた。


午後の日差しが差し込む頃、ミルディアスはフローラを呼んだ。

「すまないが、シルバーのチョーカーを買ってきてくれないか。装飾はシンプルなもので構わない」

フローラは、てっきり自分たちへの何かかと思ったのか、一瞬、戸惑いの表情を浮かべた。

「…かしこまりました。どちらのメイドに…?」

彼女が尋ねると、ミルディアスは黒猫を見つめて微笑んだ。

「いや、この猫につけてやりたいんだ」

フローラは、彼女の顔が少しだけ残念そうな色を帯びたのは、ミルディアスには知る由もなかった。


帰宅してから6日目。ミルディアスの体はほぼ回復し、黒猫も大分元気になっていた。猫は部屋の中を跳ね回ったり、彼の腕の中で喉を鳴らしたりと、すっかり懐いた様子だ。ミルディアスもまた、その小さな命との交流に癒やされ、一日を穏やかに過ごした。


(明日あたり、ギルドに寄るか)

彼は考える。自身の体はまだ万全ではないが、これ以上引き延ばすことはできない。王女の行方が依然として気になるし、ダンジョンで救助した女性冒険者たちがどうなったのかも聞いておきたかった。


そんなことを考えていると、ふいに彼の腕に抱かれていた黒猫が、しゃんと座り直した。そして、まるで人間がお辞儀をするかのように、ミルディアスにちょこんと頭を下げた。その賢い仕草に、ミルディアスは驚きに目を見張る。


黒猫は、そのままミルディアスの頬を軽く舐めると、ベッドの脇の窓から、まるで重力など存在しないかのように、音もなく外へと飛び出していった。

「あ、リリィー!」

とっさに、彼が勝手に名付けた黒猫の名前を呼ぶ。ここは3階なのに、と思ったが、黒猫はそのまま何事もなく、屋敷の庭にある森の闇へと消えていった。


窓から見える夜空には、煌々と輝く美しい満月が浮かんでいた。

まぁなんだろね。

俺が猫好きなんだよね。

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